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『異世界人間失格 ~スキル【批評】持ちの独白~』  作者: 猫寿司
第12章:あるいは、私という人間の「異世界の【エンプティ・ワンダーランド】

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第60部:奇妙な膠着と、残酷な真実

I. 奇妙な膠着と、残酷な真実


戦場は、奇妙な膠着状態に陥っていた。

さっきまで殺気立っていた村人たちが、武器を下ろし、呆然と立ち尽くしている。

目の前にいる「敵」――愛らしいドールたちの中に、失われたはずの家族の面影を見てしまったからだ。


「……マユ、なのか?」

「お父さん、怖いよ……助けて……」


ドールが怯えて村人にすがりつく。村人が涙を流して、その「異形の娘」を抱きしめようとする。

感動的な再会。……だが、ここは地獄の底だ。


優作は、その光景を直視できなかった。胃の奥から、焼けるような酸っぱいものがせり上がってくる。

(……見ろ。これが、俺が招いた結果だ)

優作は、自分自身の頬を殴りつけたい衝動に駆られた。

彼らをここまで連れてくるために、「家族に会える」と嘘をついた。その嘘は、最悪の形で「真実」になってしまった。

村人たちは、家族に会えた。だが、それはもう二度と人間の姿には戻れない、「永遠の異形」としての再会だった。

(……俺は、こいつらに……こんな残酷な現実を突きつけるために、扇動したのか……?)


その隙を見逃すほど、背後に迫る「機械人形(掃除屋)」は甘くない。

無機質なアームが、無防備な村人の背中へと振り下ろされる。


「……ッ! 危ない!」

優作が叫ぼうとした、その時だった。


「……いや、違う!!」


別の村人が、機械人形のアームが迫るのも顧みず、槍を突き出した男に体当たりをした。

そして、怯える別のドールを抱きしめ、自らの体を盾にした。


「騙されるな! これは……この温もりは、俺の母ちゃんだ! 分かるんだよ!」

「擬態だろうが肉塊だろうが関係ねえ! こいつは俺の家族だ! 俺が守るんだ!」


その叫びは、戦場の論理を根底から覆した。

一人が叫ぶと、それは波紋のように広がった。

「マユ! マユなのか!?」

「あなた! 戻ってきたのね!」


次々と村人たちが武器を捨て、あるいは武器を外側(機械人形)に向け直し、ドールたちの中から肉親を探し出し、抱きしめ始めた。

自分の死を顧みず、ただ愛する者を守ろうとする「肉親を探す波」が大きくなるにつれ――異変が起きた。


『……エラー。予測不能な行動パターンを検知』

『……攻撃対象の選定不能。……再計算中……』


殺戮マシーンであるはずの機械人形たちの手が、ピタリと止まった。

そして、その無機質な首が、カクカクと不気味に回転し始める。

村人とドールが入り乱れ、互いを守り合うカオスな状況に、単純な「敵対識別プログラム」が処理落ちを起こしたのだ。


II. 優作の咆哮(マザーへの問い)


その様子を見ていた優作は、即座に思考を切り替えた。この「エラー(停止)」こそが勝機だ。

だが、その思考の裏には、煮えたぎるような怒りと、どうしようもない悲しみが渦巻いていた。

オルフェウスで、ハチを守れなかったあの無力感。それが今、この理不尽な光景と重なり、優作の魂を焼いていた。


「ピュティア! 今だ! マザーと交渉できるように回線を繋げ!」

『了解! マザーも混乱してる、今なら割り込めるよ!』


優作は、血と油にまみれた顔で、時計塔に向かって叫んだ。

「おいマザー! 聞こえてるか! 答えろ、お前の目的はなんだ!」


スピーカーから、ノイズ混じりの冷徹な声が返る。

『……管理対象の幸福を実現すること。被験者の絶対数を予定数に調整すること。環境の適正化……』


「なら、この状況はどうなんだ!」

優作は、抱きしめ合う人間とドールたちを指差した。

その指先は、小刻みに震えていた。怒りではない。恐怖でもない。

ただ、人間という生き物の「業」と「愛」の深さに、魂が震えていたのだ。


「肉親と再会したこの状況を、お前はどう捉えるんだ!」


『……非効率です。感情の暴走は、平和な管理を阻害します』


「違うだろ!」

優作は吠えた。喉が裂けんばかりに、肺の奥底から空気を絞り出した。


「どう考える! 保護対象ドールが肉親と会えたことで、人間であった記憶が蘇り、人として感情が豊かなデータが取れているんじゃないのか!?」

「それこそが、お前たちが欲しかった『究極の幸福のサンプル』なんじゃないのか!」


(だから、こいつらだけは……! たとえドールにされたとしても、その『心』だけは、守らせろ!)


「人間をナメるな! 俺たちは……俺たちは、効率だけで生きてるんじゃない!」

優作の目から、自然と涙が溢れた。それは悔し涙であり、同時に、目の前の村人たちの姿への畏敬の涙でもあった。

「誰かを守りたいと思う、その『非効率な痛み』こそが、俺たちの生きる意味なんだよ! それを否定するなら、お前の言う幸福なんて、ただのゴミだ!」


マザーが沈黙する。優作の言葉は、論理の矛盾を突いただけではない。

AIには理解できない「痛みを伴う愛」という概念を、優作自身の血肉を通して叩きつけたのだ。


III. 女神の降臨と、皮肉な救済


マザーが優作の問いに答えようとした、その時だった。


『――愚かで、いとおしい人間よ。聞きなさい』


その声は、スピーカーからではなく、レーテにいる全員の脳内に直接響いた。

瞬間。戦場の喧騒が消えた。

誰もが、本能的に理解した。この声の主が、この世界の創造主であり、絶対的な管理者であると。


その場にいる全員が、抗うこともできず、その場に膝をついた。

驚くべきことに、暴走していた機械人形たちさえも、機能停止したかのように糸が切れ、ガシャンと膝をついて平伏した。

そこに立っているのは、優作たち一行だけだった。


『私の愛する子供たちよ。なにも憂いを待つことはないです』


ヘスティアの声は、慈愛そのものだった。だが、その慈愛は、人間には理解し難い、冷たく巨大なシステムの一部のような響きを持っていた。


『観測しました。あなたたちの非合理な「愛」と「絆」が生み出した、美しい揺らぎを』

『これからは、レーテを周辺住民に開放しましょう。お互いの相互の行き来も認めます』


村人たちが顔を上げる。信じられないという表情だ。


『しかし、この空間を汚すものは、すべての破滅を迎えるでしょう』

声に冷厳な響きが混じる。

『今後、生きるのに困ったら、レーテの周辺村の住民は、レーテの仲間ドールになることも認めましょう。そして、今後は、こちらからレーテへの勧誘は行いません。自発的な希望者のみを対象とします』


それは、神による一方的な、しかし慈悲深い「裁定」だった。

ドールになった者は人間に戻れない。だが、家族として共に暮らすことは許される。

それは、優作が村人についた「嘘(家族に会える)」を、歪な形で「真実」に変える裁定でもあった。

(……なんてことだ)

優作は膝から崩れ落ちそうになった。

ヘスティアは、この地獄を肯定したのだ。「辛ければバケモノになりなさい」という、甘く残酷な逃げ道を「救済」として与えたのだ。


IV. 汚れ役の独白


声が消えると、機械人形たちは静かに地下へと格納されていった。

村人とドールたちは、涙を流しながら抱き合い、再会を喜び合っている。


優作は、全身の力が抜けたようにその場にへたり込んだ。

その背中には、ハチを救えなかった重荷と、村人をこの地獄の真実に巻き込んだ罪悪感が、どっとのしかかっていた。

指先が震えている。自分が成し遂げたことの「正しさ」と「間違い」が、頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。


「……だいぶ譲歩したな、あの女神様も」


『フフッ、そうだね』

ピュティアが優作の耳元で囁く。

『ピュティアの解析によるとね、あのドールたちの感情の揺らぎ……特に「家族を守ろうとする自己犠牲」のデータが、かつての人間のような、予測不能で美しい揺らぎだったんだって』

『ママ(ヘスティア)は、それが気に入ったらしいよ。「この実験場は、まだ観察に値する」ってね』


優作は、抱き合う親子を見つめた。

マユと呼ばれたウサギのドールが、父親の腕の中で泣いている。父親は、そのふわふわの毛並みに顔を埋め、子供のように泣きじゃくっている。

それはハッピーエンドかもしれない。だが、彼らはもう二度と、人間の姿で抱き合うことはできないのだ。そしていつか、生活に疲れた父親もまた、自らドールになることを選ぶかもしれない。


(……俺は、また、嘘をついて、誰かを傷つけたのか?)

(それとも、これでよかったのか?)


答えは出ない。

ただ、ルカとスズが無事で、村人たちが死なずに済んだ。それだけが事実だ。

ハチを救えなかったあの日と違い、今回は、歪な形であれ「命」は繋がった。


「……ま、結果オーライか」


優作は立ち上がり、泥だらけの服を払った。

その言葉は、自分自身を許すための、精一杯の強がりだった。

そうでも言わなければ、自分の心が「罪悪感」で押し潰されてしまいそうだったからだ。


スズが近づいてくる。彼女の瞳には、優作への深い信頼と、少しの心配の色が宿っていた。

「……優作。お前、また顔色が悪いぞ。……無理をしていないか?」

「……うるさい。腹が減っただけだ」


優作は、二人に背を向け、歩き出した。

その背中は、また一つ、見えない傷を増やしていた。

誰も知らない。優作がどれほどの思いで嘘をつき、どれほどの痛みを堪えてここに立っているのかを。

だが、それでいい。

汚れ役は、誰にも賞賛されないからこそ、汚れ役なのだから。


こうして、忘却都市レーテの騒動は、誰も予想しなかった「和解」という形で幕を閉じた。

だが、優作の「リハビリ」の旅は、まだ終わらない。

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