第59話:帰還、そして反撃の狼煙
I. 尋問と糾弾
意識を取り戻した優作は、荒涼とした岩場で数人の武装した村人(狩人)たちに取り囲まれていた。
彼らは優作を見るなり、敵意を剥き出しにする。
「てめぇ、あの時の!」
一人の男が優作の胸ぐらを掴む。以前、ポコを助けるためにルカが弓で射抜いた狩人の仲間だったのだ。
「よくも俺たちの仲間を! あの奇妙な化け物ポコとグルか!」
殺気立つ村人たち。優作は弁解しようとするが、喉が渇いて声が出ない。
しかし、彼らの会話の端々から、重要な事実が浮かび上がる。
II. 村の事情(神隠し)
「待て」
リーダー格の男が制止する。
「殺すのは話を聞いてからだ。こいつは『霧の向こう』から生きて戻ってきた」
村人たちの話によれば、この地域の村では、数年前から「女や子供の神隠し」が多発していた。
足取りは常にこの「霧の湖」付近で途絶えており、村人は湖の向こうに元凶があると睨んでいた。
何度も「先遣隊」を送り出したが、霧の結界に阻まれ、誰一人として辿り着けず、また戻ってこなかったという。
「俺たちが追っていたあの『化け物ポコ』は、この霧から出てきた。だから捕らえようとしたんだ。それを邪魔したのが、お前たちだ」
III. 悪魔の交渉
優作の脳内は、かつてない速度で回転していた。 目の前にいるのは、怒りに燃える武装した村人たち。一言間違えれば、即座に殺される。 ここで「お前たちの家族は人形にされた」などという残酷な真実を告げれば、彼らは絶望のあまり錯乱するか、「そんな馬鹿な話があるか」と優作を嘘つき呼ばわりして処刑するだろう。
必要なのは「真実」ではない。 彼らを生かし、そして自分も生き残るための、「利害の一致」だ。
「……誤解だ! 俺たちも被害者なんだ!」
優作は悲痛な面持ちで叫んだ。 「あの化け物ポコに『いい所がある』と騙されて、連れて行かれたんだ。俺たちは、奴らの罠に嵌められたんだよ!」
「なんだと……?」 村人たちの殺気が、わずかに揺らぐ。
「霧の向こうには『街』がある。そこには……お前たちが探している『行方不明者』たちが捕らえられている!」
その言葉に、村人たちの顔色が変わった。 「本当か!? 俺の娘も、そこにいるのか!?」
「ああ、見た。間違いない」 優作は嘘を重ねる。心臓が早鐘を打つが、表情には出さない。 「俺はそこから命からがら逃げてきたんだ。……だが、まだ中に仲間ルカとスズが残ってる。俺はあいつらを助けたい!」
優作は村人たちを見回し、覚悟を決めたような目で告げた。
「俺は霧を抜けるルートを知っている。あの『鐘』の合図も、船の呼び方もだ。……俺を生かして案内させれば、お前たちは家族を取り戻せるかもしれない」
村人たちの間に、動揺と希望が走る。 リーダー格の男が、優作を値踏みするように睨みつけた。 「……信じられるか。お前は、俺たちの仲間を射抜いた男の連れだぞ」
「だからこそだ! 俺も仲間を取り戻すのに必死なんだよ!」 優作は一歩も引かずに吠えた。 「ここで俺を殺せば、お前たちは一生、この霧の前で指をくわえて待つことになる。……それでもいいのか!」
沈黙が場を支配する。 やがて、リーダー格の男が剣を下ろした。
V. レーテへの再侵攻
優作の案内で、村人たちは岩陰に隠していた数隻の小舟を出し、霧の湖へと漕ぎ出した。 オールが水をかく水音だけが響く静寂の中、村人たちの殺気立った視線が常に優作の背中に突き刺さっていた。
やがて、霧が薄れ始めた。 「……見ろ、あれだ」
霧を抜けた先に現れたのは、湖の中央に浮かぶ島――ファンシーな色彩に彩られた『忘却都市レーテ』だった。 そこは、無骨な鉄屑や殺伐とした暴力が支配する地底世界とは隔絶された、お伽話のような空間だった。
「こんな場所が……」 村人の一人が息を呑む。彼らの知る荒涼とした世界とはあまりに違う光景に、一瞬だけ警戒心が揺らぐ。
だが、感傷に浸る間もなく、異変が起きた。 優作の脱走と外部からの侵入者を感知したマザーが、防衛システムを最大出力で起動したのだ。
ウウウウウウッ! けたたましいサイレンが鳴り響く。 お菓子の家のような建物の影から、マンホールから、無数の無骨な影が現れる。 ファンシーな街並みに似つかわしくない、冷徹な殺戮者――「旧式機械人形オートマタ」の大群だ。
「敵襲だ! 構えろ!」 リーダーの男が叫ぶ。 村人たちは狩猟用の弓や、研ぎ澄まされた槍を構え、上陸と同時に応戦を開始した。
ヒュンッ! ガキン! 矢が機械人形の装甲に弾かれ、槍が駆動部を貫く。 機械人形のアームが風を切り、村人が吹き飛ばされる。 ファンシーな街並みで繰り広げられる、鉄屑と土埃、そして血の匂いが混じり合う泥臭い市街戦が始まった。
V. 救出と再会
「俺は仲間を助けに行く! 援護を頼む!」 優作は混乱に乗じて叫ぶと、村人たちの返事も待たずに駆け出した。
行く手を阻むように、一体の機械人形が立ち塞がる。 無機質なレンズが優作を捉え、鋭利なカッターアームを振り上げた。
「……舐めるなよ」
優作は、腰に差していた錆びついた蛮刀ショートソードを、震える手で引き抜いた。 村人から借りた、鉄屑を打ち直しただけの粗末な剣だ。バランスも切れ味も悪い。だが、今の優作にはこれしかなかった。
(……動きは単調だ。よほど読みやすい)
優作は恐怖をねじ伏せ、高校時代に道場で叩き込まれた空手の体捌きで、アームの一撃を紙一重で回避する。 風切り音が耳元を掠める。
踏み込み。 重心を低く保ったまま、すれ違いざまに機械人形の懐へ潜り込む。 逆手さかてに持った剣を、装甲の隙間――関節部の駆動ケーブルが露出している一点へ、渾身の力で叩き込んだ。
ガギッ! 硬い金属音と共に、強烈な反動が手首に走る。 火花が散り、熱い油が顔に噴き出す。
「ぐぅっ……!」
優作は怯まず、さらに体重を乗せて刃を押し込み、無理やり駆動系をねじ切った。 機械人形が痙攣し、火花を撒き散らしながら崩れ落ちる。
「……ふぅ、ふぅ……」
優作は肩で息をしながら、顔にかかった油を乱暴に拭い、剣を構え直した。 手のひらの皮が剥け、筋肉が悲鳴を上げている。 だが、その目は死んでいなかった。 今の彼は、ただ守られるだけの「客」ではない。地底の修羅場を這いずり回り、生きるために足掻いてきた一人だった。
優作は、乱戦状態の広場を駆け抜け、街の中央にそびえる時計塔(マザーの中枢)を目指す。 息を切らして螺旋階段を駆け上がり、最上階の扉を蹴破る。
そこでは、まさに「洗礼の儀(魂の抽出)」が始まろうとしていた。
部屋の中央、無機質なカプセル型の装置に、ルカとスズが座らされている。 その瞳は虚ろで、焦点が合っていない。 頭上には、無数のケーブルが繋がれた不気味なヘッドギアのようなものがかぶされていた。
【優作の無限蘇生ループと、精神世界】
優作は剣を握り締め、捨て身で突入した。 目的は、ルカとスズを装置から解放すること。
しかし、優作の突入を邪魔するように、一体の大型機械人形(護衛役)が立ちはだかる。
優作は剣を向け、腰を落とし、突進した。
ガキンッ!
機械人形の分厚い装甲に剣が弾かれ、優作の体が跳ね返る。
その隙を逃さず、機械人形の鋭利な爪が優作の心臓を貫いた。
「グッ……!」
優作の意識が、ブツリと途切れる。
『――デバッグ。心臓機能停止。強制再生プロトコル、実行。』
優作の脳内で、ピュティアの冷徹な声が響く。青白い光と共に、肉体が瞬時に修復される。
(蘇生ループ開始)
優作は床に崩れ落ちる。意識が戻る間もなく、機械人形が優作の首をへし折った。
優作の視界が暗転する。
『――デバッグ。頸椎破壊。強制再生プロトコル、実行。』
再び蘇生。機械人形は優作の脇腹を貫き、優作は再び絶命する。
(精神世界への没入)
繰り返される「死」と「再生」。肉体が物理的に修復されても、魂(精神)は疲弊し、優作の意識は白い空間へと没入していった。
そこは、時間も痛みもない白い空間。 優作が前を向くと、もう一人の優作が立っていた。しかし、その姿は、かつて万引き事件で捨てた「ヒーローに憧れた、純粋な少年」の面影を宿していた。
「……もういい。やめろ」 優作(本体)は、疲弊しきった声で、その少年(魂の核)に語りかける。
「魂を傷つけないでくれ。俺は、もう戦う意味が分からない」 (生きたいだけだ。でも、戦い続ける理由は、もうどこにも見当たらない)
少年(魂)は、その青白い顔で、優作を見つめ返した。
「傷ついているのは、僕の方だ、優作」
少年は、優作の過去の罪――嘘、自己欺瞞、友人を死に追いやった行為――を、鏡のように静かに映し出す。
「君は、何度も嘘をつき、弱い自分を隠すために、僕(魂)を足蹴にした。生きるために、何度も僕を裏切った」
少年(魂)の瞳には、優作に向けられた憎しみも責める気持ちもない。ただ、深い悲哀だけが宿っていた。
「でもね、優作。君の核は、ちっぽけで弱い、ただのヒーローなんだ」
「君が剣を振り下ろす時、その奥で震えているのは、誰かを助けたいと願う『僕の痛み』だ。生きるため、仲間を守るために、君は僕(魂)をすり減らしている」
少年は静かに、優作の胸に手を置いた。
「もう一度、思い出して。君が今、この命を懸けているのは、ルカやスズという**『仲間を守る』ためだ。それは、君がこれまで追い求めてきた『生存』よりも、もっと重要なものなんじゃないのか?」
「生きるか、死ぬか」ではない。 「魂を傷つけながら、何のために生きるか」という問い。
もう一人の優作(魂)の言葉が、優作の精神を突き破る。 「このループを止めたいか? なら、君の『優しさ』が何よりも強い『勝機』だと信じろ」
(現実への帰還)
その言葉が、優作を現実に引き戻した。
ハッ、と優作は息を吐き、額に冷や汗が流れる。
優作が床から立ち上がろうとする寸前、黒い影が優作と機械人形の間に割って入った。
スズだった。
彼女は装置から抜け出していた。瞳の虚ろさは消え、以前にも増して鋭い、戦士の光を宿している。
「……優作?」
スズは振り向き、静かに優作に告げた。
「よくもこんなグロいもの、私になんどもなんども目せつけてくれたな」
優作はまだ事態を把握できていない。
スズは、機械人形に向き直ると、静かに腰を落とす。
「人型でよかった。構造が同じだと、やりやすい」
彼女は、機械人形の関節に流れるオイルの匂いを嗅ぎ分けるように、鋭く懐に潜り込んだ。
(スズの戦闘)
スズは拳や足ではなく、腕や指先を使い、機械人形の関節部、駆動系へ緻密な攻撃を繰り出す。
機械人形に「痛み」はない。関節を決められても、プログラムの命令に従い、無理な体勢から優作たちを攻撃しようと腕を動かす。
その過剰な負荷が、関節に集中する。
バキッ! ギュイイイン!
スズの狙い通り、抵抗した機械人形は、自らの力で関節を破壊し、モゲた腕が空を舞う。足がへし折れ、首が変な方向へ曲がる。
スズは一切の無駄な動きなく、次々と機械人形の駆動系を分解していった。
優作は、その戦闘を見て現実に完全に戻る。
「……ルカ!」
優作はルカを装置から完全に外し、立たせる。ルカはまだ眠たげで、事態を把握できていない。
優作が窓の外を確認すると――
【窓の外の状況】
広場では、村人たちが機械人形の物量に押され始めていた。
そして、逃げ惑う「ドール」たちの中に、彼らは見てしまったのだ。
「……おい、あれ……」
一人の村人が、震える手で逃げるウサギ型のドールを指差していた。
そのドールは、怯えながらも、独特の癖――右足を庇うような歩き方――をしていた。それは、数年前に行方不明になった、彼の娘の歩き方そのものだった。
「……マユ、か……?」
残酷な真実の片鱗が、戦場に冷たい影を落とし始めていた。




