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『異世界人間失格 ~スキル【批評】持ちの独白~』  作者: 猫寿司
第11章:あるいは、私という人間の「異世界の【夢喰いの歌う骸(むくろ)】

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第53部:歪む鏡像と、忍び寄る狂気

I. 追走開始と仲間の温度差アジト


「……クソッ!」


優作は、窓を蹴破って飛び出したハチの後を追い、体を起こした。

部屋に残されたスズとルカが、呆気に取られたように優作を見ている。


「優作! 追うのか?」

スズが声をかける。


「ああ! 俺の甘さが招いたことだ。俺が止める!」

優作は窓枠に手をかけ、二人を振り返った。

「お前たちは来るな! これは俺の問題だ!」


スズはため息をつき、呆れたように肩をすくめた。

「……分かった。お前がそこまで言うなら好きにしろ」


ルカも、興味なさそうに伸びをする。

「じゃあ、アタシたちは宿でご飯食べてるね」


「ああ。……夜、宿で落ち合おう」


優作はそう言い残すと、ハチが消えた街の雑踏の中へと身を躍らせた。

背後で、二人の気配が遠ざかっていくのを感じながら。


(……すまない、二人とも)

(だが、あいつの狂気は……過去の俺そのものだ。俺がケリをつけなきゃいけないんだ)


優作は、暴走するハチの背中を追いかけ、マエストロの屋敷がある高級住宅街へと駆けていく。


優作が喧騒の中へと姿を消した後も、部屋に残されたスズとルカには、その緊迫感は伝わっていなかった。むしろ、ハチという男に対する二人の態度は、静かに冷ややかであった。


スズは、優作が言っていた「腐敗」という言葉の根拠を、自らの体験によって知っていた。この街に来てから、彼女は広場で出会った太鼓叩きの男の元へ、半ば強引に弟子入りしていた。


その男、タオは、見た目とは裏腹の精密さを持っていた。タオは細身でありながら研ぎ澄まされた筋肉をまとい、端正な顔立ちで、周囲の喧騒を遮断したかのようにリズムを刻み続ける。彼の演奏は、筋肉質な体に頼るのではなく、重心移動のみで打音の深さを変え、骨伝導を意識した繊細な打撃が特徴だった。


スズは、その身体操作の**「精密さ」と、タオのストイックな在り方に深く感銘を受けていた。彼女にとって、タオの存在は、武人としての「理想的な静けさ」を体現しており、その技術を貪欲に吸収し、自身の剣術に取り込む**というストイックな鍛錬に、生きる上での揺るぎない充実感を得ていた。


タオもまた、スズの武人としての真摯な姿勢と、彼女の動きの機敏さに強く惹かれていた。稽古中、タオの視線は常にスズを追い、彼女の成長と存在を熱い眼差しで大きく意識している様子であった。スズ自身も、タオの静かな熱量と才能を悪く思っておらず、彼と共に過ごす時間が、武術とは別の意味でも心地よいと感じ始めていた。


彼女にとって、指の皮一つ剥けていないハチの口先だけの主張は、タオの鍛錬の厳しさと比較し、まさに**「腐った果実」でしかなかった。「関わると腐敗が伝染るぞ」という警告は、武人としての本心からの、優作への最後の忠告だったのだ。


ルカの拒絶は、より直感的で、純粋だった。彼女は毎日、街の広場で自作の歌を披露し、着実にファンを増やしていた。


広場での演奏中、ルカの顔には、ただ生きるための労働ではない、純粋な「表現の充実感」が溢れていた。歌いながら、彼女は聴衆一人ひとりの顔を見る。錆びついた生活に疲れた人々の顔が、彼女の歌声によってわずかに緩み、希望の光を灯す瞬間を、ルカは何よりも愛していた。


優作が追うハチの狂気とは対極にある、**「それでも生きる」**という命の宣言が、ルカの歌声となって響き渡る。


「錆びた鉄の森で 見上げた空は


誰かの涙みたいに 濁ってた……」


ルカの荒々しくも力強い歌声が響くと、立ち止まっていた人々の間に、自然と小さな「輪」ができる。彼女の歌詞は、資源戦争後のこの過酷な世界を生き抜く聴衆の胸に、深く突き刺さる。


「星屑スターダスト 拾い集めても


お腹はいっぱいにならないけど……」


ある老人は、ルカの歌に合わせて手拍子を打ち、その隣に立つ少女にそっと微笑みかける。疲弊した労働者は、ルカの歌声によって一瞬だけ厳しい現実から解放され、静かに涙を拭う。彼らが投げ銭を渡すのは、単なる施しではなく、ルカの歌がもたらした「一瞬の救い」への対価だった。


そして、ルカはクライマックスへと畳み掛ける。


「偉い人たちが作った 立派なルールも


飢えた獣の前じゃ 紙切れだ


泥んこの靴で 蹴飛ばして進もう


道がないなら 作ればいい!」


この地底世界の経験から生まれた、荒々しくも力強いメロディは、聴衆の心に確かな火を灯す。


音楽を通じて街の人々と交流し、歌う喜び、表現の充実感を得ていた彼女の耳には、ハチの楽器の手入れ不足からくる**「死んだ音」が、耐えがたいノイズとして響いていた。そんな純粋な情熱を持つルカにとって、「楽しくなさそう」**に音を殺すハチの演奏は、音楽を愛する者としての許しがたい冒涜であり、直感的な拒絶の根拠だった。


ルカの歌は、優作が追うハチの狂気とは対極にある、「それでも生きる」という命の宣言だった。


そんな純粋な情熱を持つルカにとって、「楽しくなさそう」に音を殺すハチの演奏は、音楽を愛する者としての許しがたい冒涜であり、直感的な拒絶の根拠だった。


二人は、優作とは対照的な温度差を抱えたまま、ハチの狂気には一切関わろうとせず、自分たちの充実した時間をすごしていた。


III. 屋敷での決裂(追走の結末)


優作がたどり着いた時、マエストロの屋敷は、ハチの襲撃により地獄絵図と化していた。

警備の衛兵たちが、なぎ倒され、呻き声を上げている。

その奥、練習室の扉が蹴破られた。


「マエストロオオオオオッ!」

ハチが、ナイフを振りかざして練習室に踏み込む。


バイオリンを弾いていたマエストロが、不快そうに弓を止めた。

「なんだ、騒がしい」


「俺だ! ハチだ! 俺の曲を盗んだ報いを受けさせてやる!」

ハチが叫ぶ。だが、マエストロは心底不思議そうに首を傾げた。


「……誰だ、貴様は?」


その一言は、ハチのプライドを粉々に粉砕した。

ハチが絶叫し、ナイフを突き出して突進する。


優作は、ハチの懐に滑り込んだ。

(……俺が、止めなきゃいけない! 俺の甘さが招いたことだ!)

優作は、高校時代に磨いた、体重を乗せた後ろ回し蹴りをハチの鳩尾みぞおちに叩き込んだ。


「ガハッ……!?」

強化された肉体を持つハチですら、急所への的確な打撃には耐えられなかった。

ハチの体がくの字に折れ、床を転がる。


「……優作……テメエ……!」

ハチは、口から血を吐きながら、憎悪に満ちた目で優作を睨みつけた。

「裏切り者が……!」


「もうやめろ、ハチ。これ以上は……」


「まだだ……まだ終わらねえ!」

ハチはふらつく足で窓枠に足をかけた。

**「次のコンサートだ……! そこで、俺の『正義』を証明してやる! 全員、道連れにしてな!」**と叫び、夜の闇へと逃走する。


残された優作は、自分の甘さが取り返しのつかない「悪意」を育ててしまったことに、ただ愕然としていた。

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