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『異世界人間失格 ~スキル【批評】持ちの独白~』  作者: 猫寿司
第10章:あるいは、私という人間の「異世界の【素晴らしき「野蛮」な世界】」

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第50部:拳で語る王

決戦の場所は、王宮前広場。


優作たちが身構える中、ペコが一歩前に出た。

「……下がっていてくださいまし。ここからは、わたくし一人の『けじめ』です」


優作は心の中で即座にツッコミを入れた。

(最初っからそうすればよかったじゃん……!)

だが、ペコの背中は、今まで見たどの瞬間よりも大きく、王としての威厳に満ちていた。


前方では、宮殿の入り口を守護する精鋭兵士たちが槍を構えている。

「止まれ! 此処より先は……」

「退きなさい」


ペコは武器を持たず、徒手空拳で突き進んだ。

兵士たちが殺到する。

だが、ペコの動きは舞うようだった。

一撃。二撃。

拳が甲冑を砕き、蹴りが巨体を宙に浮かせる。

殺しはしない。だが、二度と立ち上がれないように的確に急所を打つ。


10人ほどの兵士が、瞬く間になぎ倒された。

静寂が戻る。

すると、倒された兵士の一人が、痛みに耐えながら片膝をつき、ペコに向かって首こうべを垂れた。


「……お見事です」

それに続き、他の兵士たちも、次々と武器を置き、跪ひざまずいていく。

「失礼いたしました……王女様。おかえりなさいませ」


彼らは知っていたのだ。この圧倒的な「個」の強さこそが、かつてこの国を支え、外敵から守り抜いた「王の証」であることを。

彼らの本能が、真の王の帰還を歓迎していた。


ペコは兵士たちに頷くと、宮殿のバルコニーを見上げ、腹の底から叫んだ。


「降りてきなさい! ヴォルフガングッ!!」

「こそこそ隠れていないで、わたくしと拳で語り合いなさいッ!!」


その声に応えるように、バルコニーから影が躍った。

老齢とは思えない身軽さで、ヴォルフガングが宮殿の入り口に飛び降りる。

着地の衝撃で石畳がひび割れる。

彼は、軍服を脱ぎ捨て、鍛え上げられた肉体を晒していた。


「……よかろう。ペコよ」

ヴォルフガングが構える。

「『システム』も『法』も関係ない。ただの師として、そして父として……貴様のその『王の覚悟』、試させてもらう!」


「望むところですわ、爺じい!」


二人が激突した。

魔法も、小細工もない。純粋な殴り合い。

拳と拳がぶつかり合い、衝撃波が周囲の空気を震わせる。


ドゴッ! バキッ!


一発殴るごとに、言葉が交わされる。


「重くなったな、拳が!」

ヴォルフガングの拳がペコの頬を捉える。

「貴様が幼い頃、私が武術を教えた時は、ただの軽い小石だったがな!」

そう、ヴォルフガングはペコの教育係だった。幼い頃から彼女を見守り、誰よりもその成長を期待していた男だった。


「貴様こそ! 衰えましたわね!」

ペコがクロスカウンターを叩き込む。

「あの日……息子の処刑の日から、貴様の時間は止まったままですもの!」


「黙れェッ!!」

ヴォルフガングの拳に、悲痛な力が籠る。

「あの日、息子は……確かに愚かだった! だが……!」


ヴォルフガングの渾身の拳が、ペコの顔面を捉える――直前。


バシィッ!!


ペコは、その重い拳を額ではなく、左手の手のひらでガッシリと受け止めた。

衝撃波が周囲に拡散し、地面がひび割れる。


「だが、奴が復讐のために殺した一族の中には、何も知らない赤子も、無関係な人間も含まれていたのですぞ!」

ペコは叫び、受け止めた拳を握り潰さんばかりに力を込める。

「知っていますわ! あいつは一線を越えた! 個人の感情で、無関係な民まで巻き添えにして焼き殺した! それを『王』であるわたくしが、黙認できるはずがないでしょうッ!!」


「ならば……! なぜ私に相談しなかった!?」

ヴォルフガングが慟哭する。腕を引こうとするが、ペコの怪力に封じられ動かない。

「私なら……息子を説得できたかもしれない! あるいは、もっと穏便な裁きを……!」


「できるはずがないでしょう!」

ペコの一撃が、ガラ空きになったヴォルフガングの腹部に深々と突き刺さる。

「貴様は身内だ! 関係者に相談すれば、『情』が絡む! 癒着が生まれる! 示しがつかなくなる!」

「王は……孤独でなければならない! 誰よりも公平で、非情でなければ、国など守れないのですッ!!」


ペコの目から、涙が溢れ出していた。

彼女とて、慕っていた師の息子を殺したくなどなかった。

だが、国の秩序を守るために、自らの心を殺して「処刑」を選んだのだ。

その苦しみを、痛みを、誰よりも知っていたのはペコ自身だった。


「……ぐ、ぁ……」


ヴォルフガングが、よろめいた。

肉体のダメージではない。ペコの拳に込められた「王としての苦悩と覚悟」が、彼の復讐心を打ち砕いたのだ。


ドサッ。

ヴォルフガングが片膝をついた。

もう、立ち上がろうとはしなかった。


広場に静寂が落ちる。

勝負あった。誰もがそう思った。

だが、ペコは勝利の雄叫びを上げなかった。

彼女は、膝をついた師を見下ろし、静かに言った。


「……痛み分け、ですわね」

「……なに?」

ヴォルフガングが顔を上げる。


「力ではわたくしが勝ちました。ですが……人の心の痛み、喪失の悲しみ。それを誰よりも知っているのは、貴様の方ですわ」

ペコは、自分の拳を見つめた。

「わたくしには、まだそれが足りません。……今のわたくしよりも、痛みを知る貴様の方が、『王』に相応しいのかもしれませんわね」


「ペコ……」


ペコは踵を返すと、広場の瓦礫の上に佇むスズの方へと歩み寄った。

そして、ビシッと指を突きつけた。


「スズ様!」

「……あ?」

スズが嫌な予感に眉をひそめる。


ペコは、凛とした表情で、宣言した。


「わたくしは、まだ未熟です。ですから……賭けをしましょう」

「賭け?」


「今から、わたくしと勝負してくださいませ! もし、わたくしがスズ様に勝つことができれば……この国に留まり、わたくしと夫婦めおとになってください!」


「……はぁ?」

優作とルカが口をあんぐりと開ける。


「ですが……もしわたくしが負ければ」

ペコの瞳に、悲壮な覚悟が宿る。

「わたくしは一人旅の修行に出ます。人の痛みを知り、真の王となるための経験が、わたくしにはまだ足りませんもの」


スズは、深いため息をついた。

「……面倒くさい奴だな、お前は」

だが、その口元は微かに笑っていた。

「いいだろう。その勝負、受けてやる」


スズが刀を置き、素手で構える。

ペコも構える。

「剛」のペコと、「柔」のスズ。

二人の影が交錯する。


「はあああああっ!!」

ペコが、大地をも砕く渾身の突きを放つ。

それは、ヴォルフガングさえも沈めた必殺の一撃。


だが。


スズは動じなかった。

ペコの拳が届く寸前、スズの体が水のように揺らぐ。

力を受け流し、懐へと滑り込む。


「……遅い」


スズの掌底が、ペコの顎の先端を、軽く、しかし的確に打ち抜いた。


トン。


衝撃音は小さかった。

だが、脳を揺らされたペコの意識は一瞬で断ち切られ、その巨体は独楽こまのように回転し、地面に叩きつけられた。


ドサッ。


「……勝負あり、だな」

スズは、倒れたペコを見下ろし、静かに告げた。

あまりにもあっけない、瞬殺だった。


***


その夜。

一行は、最初で最後の「王宮での夜」を過ごすことになった。


王女の寝室。

豪奢な天蓋付きのベッドで、スズとペコは肌を重ねていた。

それは、今までの貪るような交わりとは違う、互いの体温と存在を確かめ合うような、静かで濃密な時間だった。


「……強かったですわ、スズ様」

ペコが、スズの胸に顔を埋めて呟く。

「手も足も出ませんでした……」


「当たり前だ。お前ごときに負ける私じゃない」

スズは、ペコの獣耳を優しく撫でた。

「……行ってこい、ペコ。広い世界を見て、もっと強くなれ」


「はい……」

ペコは、涙をこらえてスズを見上げた。

「約束してくださいませ。一年後の今日……またこの場所で、勝負することを」

「ああ。その時は、もう少しマシな喧嘩ができるようになっておけよ」


二人は、言葉の代わりに、深く口付けを交わした。

これが、別れの儀式だった。


***


翌朝。

まだ薄暗い早朝、優作たちは王宮を後にした。

ペコは旅装束に身を包み、一人、逆の方角へと歩き出していた。

ヴォルフガングに国を託し、自らの未熟さを知るための旅へ。


馬車の中で、ルカが地図を広げた。

「ねえ、次はどこ行くの?」

優作が欠伸を噛み殺しながら答える。

「さあな。あてもない旅だ」


「あのね、ペコちゃんが言ってたんだ」

ルカが目を輝かせる。

「この国のずっと西に、『音楽の都』があるんだって! 毎日音楽祭をやってて、美味しいものもいっぱいあるらしいよ!」


「音楽の都か……」

優作は、窓の外の朝焼けを見た。

殺伐とした戦いの日々。少しは、文化的な休息も悪くないかもしれない。


「……悪くないな。行ってみるか」

「賛成! アタシ、新しいギターの弦が欲しいし!」


馬車は、西へと進路を取った。

後ろ髪を引かれるような思いを断ち切り、新たな目的地へ。

「素晴らしき野蛮な世界」の旅は、まだ終わらない。


(第50部・完)

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