第48部:真の王とは
王都の地下水道。 湿った空気と汚臭が充満するその場所で、優作たちは地図を広げ、重苦しい沈黙に包まれていた。 「……手配書が回っている。宿も、関所も、全て封鎖された」 優作が淡々と現状を告げる。 「正面から王宮に乗り込めば、即座に衛兵隊に囲まれて終わりだ。ペコがどれだけ強くても、数千の兵士相手じゃジリ貧だ」
ペコが悔しげに唇を噛む。 「……では、どうすれば! このまま指をくわえて、あの簒奪者がのさばるのを見ているだけですの!?」
「いいや」 優作は、暗い灯りの中で、冷徹な光を目に宿した。 「逆転の発想だ、ペコ。お前は今、民衆から何と呼ばれている?」
「……『狂犬』。……『逃げ出した恥さらし』ですわ」
「そうだ。民衆は今の『秩序』を愛し、お前を『秩序を乱す異物』として嫌っている」 優作は、地図上の「宰相の支配の象徴(役所、衛兵の詰め所)」を指でなぞった。 「なら、正義の味方ごっこは終わりだ。……期待通りにやってやれ」
「え?」
「徹底的に『悪役』になるんだよ」 優作は、悪魔のように囁いた。 「民衆を傷つけるな。だが、宰相が築き上げた『秩序』のシンボルを、片っ端から破壊しろ。役所を瓦礫にし、衛兵の詰め所を粉砕する」 「そうすれば、民衆は思い出す。『秩序』なんてものは、圧倒的な『暴力』の前では紙切れ同然だと」 「そして、それを守れない宰相への不信感が爆発する」
ペコの瞳が、怪しく輝き始めた。 「……つまり、わたくしの『力』で、奴らの『虚構の平和』を粉砕して見せろと?」
「ああ。お前が得意な『暴力』で、この国をパニックに陥れろ。……宰相を引きずり出すには、それしかない」
優作の提案は、卑怯で、過激で、しかしペコの鬱憤を晴らすにはこれ以上ない劇薬だった。 「……ふふ。ふふふ! 面白いですわね!」、狂気的な笑みを浮かべた。 「そうですわ! 奴らの施設を破壊し、力の差を見せつければ、民も思い出しますわ! 誰が真の強者であるかを!」
だが、その熱気に水を差すように、スズが冷ややかな声を上げた。
「……なあ、ペコ。お前の国の『強さ』の評価軸ってのは、結局『腕力』だけなのか?」
「え……? 当然ですわ。個の強さこそが……」
「違うな」
スズは、ペコの言葉を遮った。
「大衆を動かし、兵士を組織し、国を回す。……今の宰相がやっているそれもまた、一種の『力』なんじゃないのか?」
「なっ……あれは、弱者の徒党です!」
「徒党を組ませるのも、カリスマだろ」
スズは刀の柄を指で叩いた。
「お前は『個人の武力』以外を認めない。だから、負けたんじゃないのか? いつしか、お前の国は『腕力』だけが評価軸になって腐っていたんじゃないのか?」
ペコが反論しようと口を開くが、今度はルカが言葉を被せた。
「アタシも、スズに同調するよ」
ルカは、膝を抱えて、遠い故郷を思い出すような目をした。
「アタシたちの村のリーダー……アトラス様は、違ったもん」
「……アトラス?」
「うん。あの人は、誰よりも強くて怖かったけど……誰よりも働いてた。トイレ掃除みたいな『汚れ役』も自分でやったし、危険な労働の先頭にも立った」
ルカは、ペコを真っ直ぐに見つめた。
「アトラスは、公平だったよ。どんな罪人でも、言い分はしっかり聞いた。……ルールを破った奴を処刑する時だって、あの人は泣いてたんだ」
「……泣いて……?」
「そうだよ。この世界より過酷な環境だから、殺さなきゃ村が全滅する。だから『殺さざるを得なかった』。……その『痛み』を、あの人は全部背負ってた」
ルカは、ペコに厳しい言葉を突きつける。
「ペコちゃんには、それがない。ただ『ルールだから』って切り捨てて、自分が傷つくのを避けてるだけに見える」
「っ……!」
スズが、トドメとばかりに言った。
「落ち着け、ペコ。お前は確かに強い。私とやり合えるくらいにな」
スズは、動揺するペコの肩に手を置く。
「……なのに、なんでそんなに『余裕』がないんだ?」
「……」
「アトラスには、慈愛があった。余裕があった。だから、弱者もついていった。……お前には、何がある? 『腕力』以外に、民がお前に従う理由が、何か一つでもあるのか?」
ペコは、何も言い返せなかった。
「力こそ正義」という自分の信条が、アトラスという「本物のリーダー」の実例を前にして、ひどく薄っぺらいものに感じられたからだ。
優作は、黙ってそのやり取りを聞いていた。
(……なるほどな。これは、ただのテロじゃない)
「……議論は終わりだ」
優作は立ち上がった。
「答えが出ないなら、動くしかない。……行くぞ、ペコ。お前の『強さ』が、この国にどう響くか……試してこい」




