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『異世界人間失格 ~スキル【批評】持ちの独白~』  作者: 猫寿司
第9章:あるいは、私という人間の『異世界の責務』

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第46部:首輪の重さと、優しい嘘

地底世界のさらに深層。文明の光が届かぬ岩盤の底に、その国はある。 『犬の国』。 鋭敏な鼻と耳、そして感情を隠せない尻尾を持つ「犬族」たちが支配する、弱肉強食の狩猟国家である。


彼らの掟はシンプルだ。「強い者が偉い」。 彼らの愛もまたシンプルだ。「好きなら力ずくで守れ(娶れ)」。


そんな、現代人の常識など1ミリも通用しない野蛮で熱苦しい国へ向けて、一台の馬車が荒野を疾走していた。 セントラルシティを脱出し、帰郷を目指す一行。 だが、険しい山岳地帯を抜ける旅路の中、車内の空気は、ある種「濃密」すぎるものとなっていた。

「あぁん、スズ様ぁ……♡ もっと、もっと撫でてくださいませ……!」 ペコは、スズの手を自分の胸元へと導きながら、熱っぽい吐息を漏らす。 「そこ、ですわ……耳の裏、もっと強く……!」 スズが指先でペコの獣耳の付け根を愛撫すると、ペコは背中を反らし、恍惚とした表情で喘ぎ声を上げた。 「ふあぁ……っ! 駄目です、そんな……馬車の中で……!」 言葉とは裏腹に、彼女の体はスズに押し付けられ、尻尾は興奮を隠しきれずに激しく揺れている。


「……おい、ペコ。少し離れろ。暑苦しい」 スズは呆れたように言いながらも、その手つきは慣れたもので、ペコの敏感な箇所を的確に刺激していた。 「でもぉ……スズ様の匂いがしないと、わたくし、落ち着きませんの……」 ペコはスズの首筋に鼻先を擦り付け、深々とその匂いを吸い込む。それはもはや人間同士の愛情表現を超えた、所有と依存を確認し合う獣のマーキングに近い行為だった。


優作は、向かいの席でその光景を見ながら、呆れ果てていた。 (……この女、スズの前だと知能指数が下がってないか?) 目の前で繰り広げられる、濃密なフェロモンと獣の匂いが充満する空間。 それは、ペコが「王女」としての仮面をかなぐり捨て、ただの「恋する雌」になり下がっている瞬間だった。


ふと、優作は隣に座るルカに視線を移した。 (……というか、ルカにこの濃厚な光景を見せるのは、教育上どうなんだ?) 目の前で繰り広げられる、倒錯的かつ濃密なラブシーン。多感な時期の少女には刺激が強すぎるのではないか。


だが、ルカは心得たものだった。

彼女は愛用のギターを抱えると、ジャカジャカと、あえて大きめの音で適当な旋律を弾き始めていた。

視線は窓の外の景色に固定し、意識を指先と音だけに集中させている。

「(アタシは何も見てない、何も聞いてない……)」

それは、この個性の強すぎるパーティで生き抜くために彼女が身につけた、独自の処世術スルースキルだった。


そんな「恋する乙女モード」と「現実逃避演奏」の合間に、ペコは時折、驚くほど鋭い眼光を見せることがあった。


「ご安心あそばせ、皆さま」

ペコは、スズに撫でられながら、ふと真面目な顔で言った。

「国に戻れば、すぐにケリがつきますわ。あの大臣風情、わたくしの拳で沈めてみせます」

「……拳で?」

「ええ。わたくしは、ただ血筋だけで王女になったわけではございませんの」

ペコは誇らしげに胸を張った。

「『犬の国』の王位は、聖地闘技場コロシアムでの全土トーナメントを勝ち抜いた『最強の個体』にのみ与えられます。わたくしは、前回の覇者。実力で玉座を掴み取ったのですわ」


彼女の言葉に嘘はなかった。

ペコは、スズの威光を借りて国を支配しようなどとは微塵も思っていない。

彼女もまた、スズやルカと同じく、己の肉体と強さを信じる「武闘派」なのだ。

ただ、スズへの愛が重すぎて、スズの前ではその「強者」としての顔が溶けてなくなってしまうだけで。


「スズ様は、ただ見ていてくださいませ! わたくしが、華麗に国を取り戻す様を!」

ペコは目を輝かせてスズを見上げる。

「そして、王に戻ったあかつきには……毎晩、朝まで可愛がってくださいませね♡」

「……」


スズは、ペコの頭を撫でながら、無言でため息をついた。


(……うざったい)


スズの本音が、冷たく囁く。

スズは、ペコのことを嫌いではない。夜の相性もいいし、その直情的な性格も悪くはない。

だが、この種族特有の、底なしの従属性とスキンシップ欲求には、正直、胃もたれしていた。

四六時中、全身全霊で「好き好き大好き」オーラを出され続けるのは、スズのような淡白な性格には重荷なのだ。


(……ここらで、少し突き放すか)


スズは一瞬、ペコに冷たい言葉を浴びせそうになった。

だが、スズはペコの潤んだ瞳を見て、その言葉を飲み込んだ。


(……いや、ダメだ。こいつ、私が目を離したら何をしでかすか分からん)


ゲオルグの時と同じだ。

愛憎や執着で暴走するタイプは、無下に扱えば逆に危険だ。

それに、ペコのこの純粋な好意を、ただ「重い」という理由だけで切り捨てるのは、あまりにも不誠実だという思いもあった。

「男(女)の振り方は考えないとな」という自戒が、スズを踏みとどまらせた。


「……ペコ」

スズは、膝の上のペコの耳を、少し強めに引っ張った。

「あぁん♡」

「いいか、よく聞け。国に入ったら、そのデレデレした顔をやめろ」


「……はひ?」

「お前は『王』に戻るんだろ? 私の愛人じゃなくて、一国の主として振る舞え」

スズは、ペコの顎をクイっと持ち上げた。

「私はな、他人の威光を借りたり、男(女)に媚びて玉座に座るような奴は嫌いなんだ」


ペコの顔色がサッと変わる。

「き、嫌い……!? そ、それだけは……!」


「だから、証明しろ」

スズは、あえて冷たく言い放つ。

「私たちがついては行くが、手出しはしない。大臣を倒すのも、民を従えるのも、全部お前一人でやれ。……私の助けを期待するようなら、その瞬間に見捨てるぞ」


これは、別行動はさせないが、「精神的な自立」を強制する通告だった。

「私の隣にいたければ、私に寄りかかるな。自分の足で立て」という、スズなりの妥協案だ。


ペコの瞳に、緊張と、それ以上の「闘志」が宿る。

「……承知いたしましたわ」

ペコはスズの膝から離れ、居住まいを正した。

王族としての威厳と、獰猛な戦士の気配が戻ってくる。

「わたくしが、ただ愛されるだけの存在ではないこと……スズ様の隣に立つにふさわしい『覇王』であることを、この戦いで証明してみせますわ!」


「……フン。口だけなら何とでも言える」

スズはそっけなく返したが、内心では(とりあえず、ベタベタされるのは回避できたか)と安堵していた。


「さて、国境だ」

優作が窓の外を見て言った。

「ペコが『主役』で、俺たちはただの『付き添い』だ。……頼むから、変な騒ぎだけは起こすなよ」


「失礼な。わたくしの凱旋ですのよ? 盛大に、かつ華麗に決めてみせますわ!」


一行を乗せた馬車は、そのまま全員で「犬の国」の国境ゲートへと進んでいった。

ペコの重すぎる愛と、スズの憂鬱、そして優作の不安を乗せて。

波乱の幕開けである。

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