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『異世界人間失格 ~スキル【批評】持ちの独白~』  作者: 猫寿司
第9章:あるいは、私という人間の『異世界の責務』

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第40部:『洗脳』と『爆発』の指輪



(優作視点)


セントラルシティに潜入すること自体は、意外なほどあっさり成功した。しかし、問題はその『成功』の後にあった。


「優作、どうしよう。ここ、宿屋もないよ……」


ルカが、不安げな目で私を見上げる。その通りだった。セントラルシティは、行政機構の集約地であると同時に、貴族や神官といった特権階級の住まいに特化していた。整備された石畳の道を歩くのは、全員が高級そうな装いの住民ばかり。村のボロ服に身を包んだ私たちに投げかけられる奇異の視線は、まるで皮膚を刺すようだった。


このまま道を歩いていたら、すぐに『不審者』として通報されるのは火を見るより明らかだ。隠れ場のない場所で、どこに滞在するのか。絶望的な状況を打破する方法が見つからないでいた。


本当に、その時だった。


「優作ッ!!」


後ろから、男の声が響いた。私は、心臓が跳ね上がるのを感じた。(見つかったか。……万事休すだ)思わずルカを庇い、振り返る。そこにいたのは、リンボの衛兵長、ゲオルグだった。


しかし、驚いたことに、彼の声には一切の敵意が含まれていなかった。振り返った私に向かって、ゲオルグは無防備な笑顔を見せて駆け寄ってくる。


ゲオルグは、私たちの状況を理解し、敵意がないことを告げると、優作をかくまい、衛兵宿舎内の、「特別室」として立ち入り禁止にされた区画に滞在させるという、驚くべき提案をしてきた。そこからの話は、早かった。ゲオルグは、スズを助けるため、全財産を処分したという。そして、**『アーティファクトの指輪』**を闇市で購入したらしい。


「これさえあれば、あいつを助け出せる……!」


ゲオルグは、そう呟き、その後の優作の滞在中のほとんどの日数は、指輪の調達が完了するまでの待機時間となった。優作の部屋は窓のない狭い倉庫であったが、ゲオルグの権限で管理されているため、実質的には安全な軟禁状態だ。


その中でも、最も深刻な問題は、ルカの精神状態だった。見知らぬ場所で、ただ待機させられているという状況が、彼女を極度の不安に陥れていた。


優作は、ゲオルグから、施設の攻略計画を聞くことになった。


「施設を正面突破する。邪魔をする奴らは、すべて排除する」


あまりにも無策だ。優作は、全力で反対した。


「馬鹿げている! あの施設には精鋭の衛兵が何百人もいる! 正面から突っ込んでどうするつもりだ!」


優作が止めようとするが、ゲオルグは聞く耳を持たなかった。「もう待てねえんだ! 俺一人でも、必ず計画を実行する!」その時、ゲオルグの目は完全に飛んでいた。それは、理性を失った狂人の光だった。


「ねぇ、優作。ゲオルグはもう『破綻』しているよ」ピュティアが、私にしか聞こえない声で囁く。


ゲオルグ自身、指輪の使用方法はよくわからないらしい。「当たり外れがあるし、使ってみないとわからない」と、彼はテーブルの上に二つの指輪を放り出した。


「どっちか好きな方を取れ。俺は残った方を使う」


私は、反射的に二つのうちの一つを手に取った。


『ピュティアが、私の手の中の指輪を覗き込む』


「それはね、『爆発の指輪エクスプロージョン』だよ」


「……爆発?」


「うん。空気中の分子に働きかけ、反応させるイメージができれば使える。……キミの『科学知識』なら、簡単に起動できるね」


そして、ピュティアはもう一方、ゲオルグが手に取ろうとしている指輪に目を向け、小さく囁いた。


「ゲオルグのは、『洗脳の指輪マインドコントロール』だよ。……使わないほうがいい。あれは……」


優作は、ゲオルグに指輪の使用を止めるように訴えた。ピュティアの言葉が、私の脳内で警告音を鳴らしていたからだ。


「やめろ、ゲオルグ! それを使うのは危険だ!」


しかし、ゲオルグは優作の忠告を一顧だにせず、嘲笑と共に指輪を自身の薬指にはめようとする。「チッ、お前、こっちの指輪の方が強そうだから、そういうんだろ? やだね!」


ゲオルグは、指輪をはめる直前で優作に押し止められた。


「待て! ゲオルグ! せめて、突入するまでの武器の用意や逃走経路の確保の準備が必要だ! スズの居場所――どの部屋に監禁されているか――特定ができないうちは危険だ!」


ゲオルグは、その論理的な指摘に足を止める。「……なら、まかせろ。どんなことしてでも、部屋を突き止める」ゲオルグはそう言い残し、単身、調査に出かけていった。


優作は、部屋に残されたルカを見つめ、思う。


(何日かかる? もしかしたら数週間後には帰ってくるかもしれない。下手すれば、あの厳重な施設を相手に真っ向から突撃しかねない。そんなことされたら、隠密調査も意味はなくなる……)


(あの場所の守りの固さを考えると、指輪を使えるようにしておきたい。ちょっとは時間ができた)


優作は、テーブルに残された指輪を握りしめた。ピュティアの講義がすぐに始まった。


優作は、続く数週間、ピュティアの講義を3時間で3回転聞いたが、優作は苦労した。ピュティアは、優作が理解できる科学的知識(分子の圧縮、断熱圧縮、プラズマ化)で、優しく丁寧に原理を教えようとした。


だが、いくら優しく教えられても、優作の目には、目の前の空間に窒素と酸素の分子の海が溶け合い充満しているようには思えないのだ。


「そもそも、真空ってなんだ? 分子ってなんだ? そんな小さいものから、こんな大きいものが成り立っているならば、分子を集めてなんでも好きなもの作れるじゃないか? なんでも無から科学現象を起こせるではないか!」優作は、半ば抗議するようにピュティアに問いかけた。【ピュティアの応答案:質量保存の法則】


「ふふ、優作。それはキミの『論理、最高の『抗議バグ』だね。」


ピュティアは、その小さな体を揺らした。「キミが指摘した通り、もし『無から現象を起こせる』なら、それはキミたちの言う『質量保存の法則』と『エネルギー保存の法則』が破綻していることになる。そして、それはできない。この指輪は『分子を創り出す装置』ではないからだ。」


「では、なぜキミは『爆発』を起こせるのか?それは、キミの『科学的イメージ』が、『分子に働きかけるための局所的なエネルギー(この世界の魔法力)』に変換される『特異点』になっているからだよ。」


「キミがやろうとしているのは、『物質の創造』ではない。空気中を漂う既存の分子(窒素、酸素)を、キミの意志で極限まで加速・圧縮し、『プラズマ状態へ移行させる』という『状態変化』の操作に過ぎない。エネルギー源も、分子も、すべて『既にあるもの』を使っているんだよ。」


「そしてその疑問こそが、この世界の『魔法の核心』だ。そして、キミの『旧世界の論理』が、ここで限界を迎える場所だよ。」


ピュティアは宙でくるりと一回転し、無邪気な顔で優作を真っ直ぐに見据えた。「原理的に言えば、キミが指摘した通り、原子を分解し、組み替えて新しい物質を作る——例えば、空気中の窒素と酸素から金を生成する『錬金術』——は、この世界における『究極の魔法』の定義だ。」


「だが、なぜ『なんでも作れない』のか?それは指輪の『機能』と、キミの『意識の解像度』に絶対的な『壁』があるからだ。」


「キミが今やろうとしている『爆発エクスプロージョン』は、あくまで『窒素分子 と酸素分子 の状態変化』に過ぎない。分子の共有結合を切る必要はなく、ただ、極限まで『加速・圧縮』して、プラズマという熱と圧力の極限状態に叩き込むだけ。指輪は『分子の加速装置』なんだ。エネルギー源も、分子も、全て『既にあるもの』を使っている。これは、キミの『科学的イメージ』が、指輪の力でどうにか賄える『分子運動の制御』の範囲だ。」


「しかし、キミが言う『新しい物質の生成』、つまり『原子の組み換え』は、操作の次元が全く違う。それは『分子の加速』ではなく、『原子核』そのものを制御する行為だ。」


「考えてみて。分子の結合を切る『エネルギーの壁』も高いが、『複雑性の壁』はもっと高い。原子核には陽子と中性子、その周りの電子軌道という、キミの意識が『イメージという解像度』で同時に制御しなければならない莫大な情報量が存在する。」


「指輪はキミの意志を『局所的なエネルギー』に変換するが、キミの脳は『原子核の一つ一つ、その電子軌道一つ一つ』を同時に完全にコントロールする『意識の処理能力』を持っていない。もし試みれば、指輪が暴走する前に、キミの意識が『情報過多オーバーロード』で完全に破綻するだろう。キミの科学知識をもってしても、操作できるのは、あくまで『分子』という『塊』まで。『原子核』という『宇宙』の創造主になることは、この指輪とキミの『演算能力の限界』によって、絶対に禁じられているんだよ。」


優作は、その説明に納得する一方で、やはり「非物理的な操作」の映像が脳内で繋がらないことに絶望した。


それを横で聞いていたルカが、そっと優作のシャツの袖を引いた。


「ねぇ、優作。難しいことは、詩ポエムに置き換えて、窒素や酸素を別のものに置き換えて考えればいいじゃん。それでイメージしたことにならないかな?」


ルカの言葉が、優作に閃きを与えた。論理と映像を結ぶ、感情の『回路』。それが、詩とメロディだった。


「……詩か! ピュティア、この操作の10段階のプロセスを、詩ポエムに変換してくれ。ルカ、頼む。その詩に、メロディをつけてくれ。キミの歌が、俺の『回路』の『足場』になる!」


「わかった!」ルカは力強く頷いた。


【優作のイメージ回路図:『爆発の指輪』発動の詩】


ピュティアは、優作のその発想を評価するように、静かにマニュアルを**「力の詩」として変換し、優作の脳内に送り込んだ。優作は、続く数週間、ルカの掠れたギターの音色に乗せて、その詩を必死に記憶していった。


ルカのメロディと優作の歌


大いなる母の海に漂う分子(子供)のなかの N2 と O2

(静かに、低い和音)

 我が示す場所へ集え、光を巻きこみ、空虚の中へ

(少しずつ、音程が上昇する)

 世界よ、外側から嘆け。『無』へ、圧力を注げ

(リズムに緊張感が加わる)

 超音速の矢となって、一点の闇を目指し、崩れ落ちろ

(最も高い音程、激しいリズム)

 摩擦の炎を喰らい、熱の檻の底で、我慢の時を待て

(メロディが一旦落ち着き、熱がこもる)

 バネは軋み、限界の悲鳴を上げ、沈黙の刻を知る

(長く、不協和音の手前で止まる)

 今、主権イメージを放つ。その錠は砕かれ、解放される

(再びメロディが高揚し、一気に解き放たれる)

 蓄積された絶望よ、全方向に『暴力』となって吹き荒れろ

(力強く、打楽器的なリズム)

 一瞬のプラズマと化し、全てを『無』に帰す、熱の審判

(音が拡散し、残響が残る)

 カオスは収まり、痕跡だけが、静かに『結果』を語る

(静かに、母の歌のような和音へ)


優作が詩の習得を終える頃。その時だった。


宿舎の本館から、大きな爆発音と、その後を追う衝撃的な震動が伝わってきた。


「まさかね」――乾いた笑いを、ルカとピュティアと優作は浮かべていた。しかし、外はすでに大騒ぎであった。


その頃、ゲオルグが帰ってきた。ゲオルグは、何やら「敵の軍隊がこの宿舎を狙って、未知の兵器で攻めてきた」と話す。彼は慌ててはいない。


数週間ぶりに会ったゲオルグは、興奮した様子で言った。


「やっと、スズさんの居場所を突き止めた! これからすぐ行こう!」


優作は尋ねた。「他に武器と逃走経路は用意したのか?」


ゲオルグは鼻で笑う。「そんなもの、いらん!」彼は左手の薬指を突き出した。そこには、例の指輪がはまっていた。


優作は、ゲオルグの警告を一顧だにせず、嘲笑と共に指輪を自身の薬指にはめようとするのを止めるよう訴えた、あの時を思い出す。


しかし、もはやゲオルグは優作の言葉に耳を貸さない。彼は左手の指輪をきつく握りしめ、力を込めてその能力を強制的に起動させた。


その直後、ゲオルグは突如として「ぐぅ、がああああああ!」と獣のような叫びを上げ、頭を抱えてその場に崩れ落ち、ひざまずいた。


身体が制御を失い、異変に耐えているかのようだ。彼は苦痛に顔を歪ませ、しばらくの間、低く唸り続けていた。


そして、その唸り声がぴたりと止まったかと思うと、ゲオルグはスッと立ち上がった。


その瞬間、ゲオルグの身体中の筋肉が異様に隆起し始めた。血管が浮き出て、その表情は苦痛と陶酔の混じったものに変わり、目つきは、まるでこの世界の『生き物ではない』ような、異様な光を放ち始めた。


その変貌ぶりは、あまりにもおぞましく、部屋の隅でその様子を見ていたルカは、今でもトラウマとして夜の夢に出てくるほど怖かったという。


「ヘスティア様から授かった、この指輪があれば、なんでも乗り越えらる!」


もはや、人の言葉が理解できないのか。ゲオルグの言葉は支離滅裂だ。


「それと、指輪だ! これはスズさんとの結婚指輪だ! おまえ、なんで持っている!」


もはや話の脈絡も組み立て、一切できなくなっているゲオルグ。


優作は慌てて話をそらそうとする。「スズはどうした!? 今から助けに行くぞ!」


そうけしかけると、ゲオルグは思い出したかのように、スズのいる収容施設のある方向へ走り出した。部下たち――宿舎本館の建物が半分吹き飛び、パニックになっている衛兵たち――をよそに、スズの元へ走り去っていった。

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