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『異世界人間失格 ~スキル【批評】持ちの独白~』  作者: 猫寿司
第9章:あるいは、私という人間の『異世界の責務』

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第38部:『商品』と『狂気』

スズの、物語へ…


『境界都市きょうかいとしリンボ』で悪徳商人に身柄を預けてから、半日が経過しただろうか。私は今、窓のない荷馬車の中にいた。牽引しているのは馬ではなく、訓練された『二足歩行の小型竜』二頭らしい。その不規則な足音が、鉄板越しながらも伝わってくる。


「……うう……おかあさん……」

「……いや、いやぁ……!」


馬車の荷台には、私を含めて五名の若い女性が詰め込まれていた。私以外の四名は、皆、他の村から『誘拐』されてきた者たちで、絶望に打ちひしがれ、馬車の隅で身を寄せ合い、ただ泣いている。


(……うるさい、なぁ)


私は、その泣き声に意識を向けるのをやめ、目を閉じていた。この『輸送』が私の『計画』の第一段階だ。泣き声は、ただのノイズに過ぎない。


だが、この『ノイズ』はいつまで続くんだ?


私は、隣で泣きじゃくる娘――まだ十代半ばだろう――に、苛立ち紛れに静かに話しかけた。


「(……泣いても、無駄だ。……それより、私たちはどこへ行く? 貴族? そいつは『強い』のか?)」

「(ひっ……!? わ、わからない……でも、セントラルシティの『貴族』様に……ひどいこと、されるって……)」


娘は、私の冷たい目に怯えながらも、途切れ途切れに情報を話し始めた。


(……セントラルシティ)

(……貴族)

(……『商品』?)


彼女たちの断片的な単語を、ただ頭の中に放り込む。


(……よくわからない。……だが、『貴族』というのが一番『強い』奴らなら、そいつらに会えばいい。……会って、私が『強い』ことを示せばいいだけだ)


馬車は『セントラルシティ』の、厳重に警備された特定の地区――『商品管理施設』と呼ばれる場所に到着した。


衛兵たち(リンボの衛兵とは比べ物にならない、統制の取れた兵士)が、私たちを荷台から降ろす。その手つきに、乱暴さはなかった。衛兵たちは、私たちを施設内部に引き渡すと、すぐに立ち去った。


代わりに、私たちの前に現れたのは、質素だが清潔な『メイド服』を着た一人の女性だった。顔は人間だったが、その頭からは、毛並みの良い『犬の耳』がぴんと立っていた。そして、メイド服の腰のあたりからは、その耳と同じ毛並みの良い『ふわふわの尻尾』が揺れていた。


「……皆様、ようこそお越しくださいました。『商品』の皆様のお世話をさせていただきます、ペコと申します」


ペコと名乗った『犬の亜人種』の女性は、私たち(辺境の奴隷候補)とは明らかに違う、流暢な言葉遣いと、感情を読み取らせない無表情な顔で、深々とお辞儀をした。


(……なんだ、こいつ)


私は、初めて見る『亜人種』を、じっと観察した。ペコは、この施設に『登用』されている使用人らしかった。おそらく『読み書き』や『計算』ができるため、消耗品の奴隷とは違い、この施設の管理業務において『重宝』されているのだろう。


ペコは、私たちの恐怖や戸惑いを意にも介さず、淡々と説明を始めた。


「皆様は、約一ヶ月後に開かれます『オークション』まで、こちらで『最高の品質』を保っていただきます。皆様の健康状態を万全に管理することも、私どもの重要な仕事ですので。……こちらへどうぞ」


辺境の村では考えられないような『厚遇』が始まった。


まず、ペコに案内され、一人一人に、個別の豪華な『寝室』が与えられた。コンテナツリーの鉄の箱とも、辺境の村の土壁とも違う。床には、足を乗せると沈み込むほど柔らかい『絨毯』が敷き詰められ、埃一つない。


次に、清潔な『浴場』へ通された。コンテナツリーの水浴びや、村の泥水とは比べ物にならない。湯気が立ち上る、清潔で『熱い湯』が、大理石(のような磨かれた石)の湯船に満たされていた。


そして、柔らかい『ベッド』と、栄養価の高い『食事』。食事は、辺境の『赤い実』や『涙茸』のスープではない。柔らかく調理された『肉』(おそらく竜ではない、上質な家畜のもの)と、蜜のように甘い『果実』だった。


他の女性たちは、この厚遇に逆に恐怖し、「(……これから、どんな酷いことを……)」と怯え、食事にも手をつけられずにいた。


私は、構わなかった。むしろ、この状況を『楽しんで』いた。


(……飯が美味い)


私は、出された『肉』を一口食べ、その柔らかさに(コンテナツリーの甲虫の硬さを思い出しながら)満足げに頷く。


(……風呂も悪くない)


私は、『熱い湯』に肩まで浸かり、戦い(あるいは『境界都市リンボ』の衛兵隊長との駆け引き)でこわばった筋肉がほぐれていく快感に、ふぅ、と息を吐いた。


私は、提供された食事をすべて平らげ、温かい浴場で存分に筋肉をほぐした。そして、寝室に戻ると、あの『柔らかいベッド』――スプリングというものが入っているのか、体が心地よく沈み込む感覚――に倒れ込み、コンテナツリー以来の、最も深く、快適な眠りについた。


それから、数週間が過ぎた。他の女性たちは未だに怯え続けていたが、私はこの『厚遇』にすっかり馴染んでいた。


そして、あの犬の亜人種『ペコ』との間に、奇妙な『交流』が生まれ始めていた。


ペコは、感情移入を避けるため、私たち『商品』を固有名詞で呼ぶことはせず、常に「商品様」と呼んだ。だが、私が(他の女性たちとは違い)物怖じせず、彼女の『犬耳』や『ふわふわの尻尾』を純粋な好奇心で見つめていることに気づいてからか、彼女は食事を運んでくるたび、少しずつ口数が増えていった。


ある日、ペコが食事を運んできた時。私は、無言で彼女の『犬の耳』をじっと見つめていた。


「……(なんでしょうか、商品様)」


ペコは、無表情のまま問い返す。


「(……触らせろ)」

「(……! ……おやめください、商品様。そのようなことは……)」

「(……なぜだ?)」


私が手を伸ばし、その『耳』に触れた瞬間、ペコの体がビクリと跳ねた。 「(……あっ……!)」 ペコの口から、熱っぽい吐息が漏れる。彼女は、初めてその無表情を崩し、顔を赤くして身をよじった。 「(……耳は、私たちにとってとても敏感な場所なんです。……くすぐったくて、恥ずかしいですし……もしかしたら、変な声が出てしまいます)」 「(……それに、他の商品様も珍しがって触りたがるので、困っているんです。……私は奴隷ですから、強く拒むこともできなくて……)」


ペコは、私が自分を『恐怖』や『侮蔑』ではなく、純粋な『興味』の対象として見ていることを感じ取ったのか、ぽつりぽつりと、自分の『身の上話』を始めた。


彼女は、遥か遠くにある『いぬ国』の王女だったこと。

だが、その『いぬ国』は、本来『国で一番強い者』が王として統治するシステムであり、たとえ王子や王女であっても『弱ければ』平民に落ちる、実力主義の世界だったこと。

そして、ペコ自身は、その『王位争奪トーナメント』で勝ち進み、優勝した『強い』王女であったこと。


「(……だったら、なぜお前がここにいる?)」


私が尋ねると、ペコの『ふわふわの尻尾』が、悔しそうにピンと逆立った。


「(……父である王が、『他国』との争いに勝つため、古いシステムを変えようとしました)」


近年、国は『単純な武力』より『科学』や『集団戦の統率』、『内政』を重視するシステム(王・大臣・神官による統治)を導入しようとしていたらしい。


「(……その矢先、『大臣』が国を乗っ取り始めたのです)」


ペコは、クーデターによって国を追われ、逃げ落ちたところを奴隷商人に捕まり、ここに流れ着いたのだという。


「(……私は、自分より劣る(弱い)者に従う、今の国のシステムが納得いかない!)」


ペコは、声を荒げた。


「(……『いぬ国』の民は、本来、一番『強い』者に従うシステムだった。……私は、相手が『強い』のなら、たとえ敵でも従う! ……しかし、あの大臣は、私より『弱い』!)」


「(……『トーナメント』で、優勝……)」


私は、ペコのその言葉に、初めて『興味』を持った。


「(……ペコ。……手合わせ(・・・)しろ)」

「(……え? ……て、手合わせ、ですか? 商品様と……? ですが、武器が……)」

「(……それでいい)」


私は、部屋の隅にあった『掃除用の柔らかい木の棒』を一本手に取り、ペコに投げ渡した。ペコは、戸惑いながらも、その棒を構える。その構えは、素人のそれではない。


二人は、豪華な寝室の『絨毯』の上で、静かに向き合った。


先に動いたのは、ペコだった。


「(……いきます!)」


『いぬ国』の王女の動きは、獣そのものだった。床を蹴る瞬発力で一気に間合いを詰め、木の棒を振り下ろしてくる。それは、持久力と身体能力に任せた、野性的な一撃だった。


かたや、私の動きは『水』だった。私は、その一撃を、最小限の動きで受け流す。合理的で、流れるような、父に叩き込まれた身体の理ことわりを突き詰めた動き。


ペコが二撃目、三撃目と打ち込んでくる。お互い、数回の『剣(棒)』を交わしただけだった。


カン、バシィ、と木の棒同士がぶつかり合い、二人の動きが止まる。ペコは、息を弾ませながら、信じられないという目で私を見ていた。


「(……すごい……。商品様……あなたは、なんて『動き』を……)」


私も、ペコを見返していた。


「(……お前も、悪くない。……その『速さ』は、本物だ)」


お互いが、相手の『強さ』を認め合った、一瞬の静寂。その夜の手合わせは、一度きりでは終わらなかった。


それが、オークションまでの約一ヶ月間続くことになる、二人だけの『秘密の習慣』の始まりだった。


それは、言葉を交わすよりも、遥かに雄弁な『対話』だった。


私たちは、手合わせを繰り返すうちに、互いの『強さ』の質を理解し、尊敬し始めた。ペコは私の『技術』に師事し、私は彼女の『野性』に学ぶ。


お互いを名前で呼び合うようになった頃、この関係は、単なる『師弟』や『強者への尊敬』を超越した。


(……私が求めていたのは、これか)

(……力に裏打ちされた、確固たる『忠誠心』と『熱』)


それは、やがて、誰にも邪魔されない夜の寝室で、より『深い』関係へと変わっていった。


……『恋人関係』と、呼ぶべきものに。


(……『雌(亜人種)』と『女(人間)』。……我ながら、異質な関係だとは思う。だが、ペコのあの『強さ』と、私に向ける『忠誠心(あるいは好意)』は、今まで味わったことない感覚だ)


ある夜の手合わせの後。互いに汗だくになり、乱れた呼吸を整える静寂の中、私は、ペコの手を取った。


「(……スズ様)」


ペコが、熱を帯びた瞳で私を見つめる。そこには、かつての『商品様』を見る使用人の目はなく、ただ一人の『女(あるいは雌)』としての眼差しがあった。


私は、彼女の乱れた銀髪から覗く、ピンと立った『犬の耳』に手を伸ばした。


「(……柔らかい)」


私が指先でその先端をくすぐるように撫でると、ペコの体がビクリと震え、小さな吐息が漏れた。


「(……あっ……)」


私は手を止めなかった。耳の付け根を優しく揉み解し、指を滑らせて、その奥の柔らかな毛並みを堪能する。ペコは、抵抗するどころか、私の手に頭を擦り付け、心地よさそうに目を細めた。その仕草は、誇り高き『いぬ国の王女』であることを忘れさせるほど、無防備で、愛らしかった。


「(……お前は、強いな。ペコ)」


私が囁くと、ペコの頬が朱に染まる。


「(……スズ様こそ……。私の『全て』を……受け止めてくださる……)」


私の手は、さらに下へと滑り落ちる。メイド服の腰のあたりで揺れる、あの『ふわふわの尻尾』へ。私がその付け根を掴み、ゆっくりと撫で上げると、ペコは耐えきれず、私の胸に崩れ落ちた。


「(……んんっ……!)」


彼女の口から漏れる甘い声と、早鐘を打つ心臓の鼓動が、私の肌に直に伝わってくる。私は、ペコの体を強く抱きしめ返し、その温もりと匂い、そして確かな『生命力』を、全身で感じ取っていた。


「(……『いぬ国』か)」


私は、腕の中のペコの耳元で、もう一度囁いた。


「(……そこには、私より『強い』やつはいるのか?)」


ペコは、熱い息を吐きながら、私の首筋に顔を埋め、小さく首を横に振った。


「(……いいえ。……今は……あなただけです、スズ様……)」


(……目的は、オークションで最も『価値』があるとみめられ、この世界で一番『強い』『貴族』とやらに落札され、その中枢に『潜入』することだ。……あのペコの言っていた『いぬ国』とやらに行くのは、その後でもいい)


その時だった。


突如、施設の遠くから、大きな『物音』――金属が破壊されるような甲高い音と、衛兵たちの『怒号』が聞こえ始めた。


(……侵入者? この要塞に?)


私は、ベッドから飛び起き、警戒して部屋のドアに耳をつけた。


剣戟の音が、響いている。複数の足音。


そして、あの『声』が聞こえた。


「スズ! スズ! どこだ! 俺だ! ゲオルグだ! 助けに来たぞ!!」


(……は?)


私は、自分の耳を疑った。『境界都市リンボ』の、あの『衛兵隊長』――ゲオルグの声だった。


「どこだ、スズ! 俺の女に手を出す奴は、皆殺しだァァァ!!」


その声は、私が知る『横柄な男ゲオルグ』の声ではなく、全てを失った者の『狂気』じみた執着に満ちていた。剣戟の音と共に、その『声』がだんだんと近くなってくる。


その瞬間、私の顔から、初めて血の気が引いた。


(……あの、馬鹿……!!)


込み上げてきたのは、二つの感情。


一つは、『計画の破綻』への、冷たい怒りだ。この『襲撃(騒ぎ)』により、私は『商品(訳アリ)』として価値が下がり、最悪の場合『処分』される。私の『潜入計画』が、今、台無しにされようとしていた。


そして、もう一つは。


あの男ゲオルグが、自分の『地位』も『名誉』も『金(悪徳商人との繋がり)』も全て捨てて、(彼にとっては本気の『恋人』だったのかもしれない)女(私)のために、命がけでこの要塞に突入してきた、という言動への、純粋な『恐怖』と『嫌悪感』だった。


(……あの、馬鹿……!!)


私は、武器(日本刀)が手元にないことを、初めて後悔した。


施設の廊下は、地獄と化していた。ゲオルグを止める為、多くの衛兵が集まるが、全て返り討ちにされている。ゲオルグの体には、すでに数本の矢が突き刺さっていたが、彼はそれを意に介する様子もない。


「……邪魔だァァァ!!」


ゲオルグが腕を振るうだけで、重武装の衛兵が、まるで紙切れのように私の部屋の間近まで飛ばされてきた。


(……なんだ、こいつ……?)


私は、戦慄した。この数を一人で、しかも素手(あるいは剣一本)で捌くのは、並大抵の実力ではない。以前、リンボで試しに手合わせした時は、たいした実力ではなかったはずだ。あまりにも不自然な『強さ』だった。


そして何より、表情がおかしい。矢が何本も刺さっているのに、痛みを感じていないのか、平然と歩いてくる。そして、私の顔を確認すると、狂気じみた形相のまま、ニチャリと『笑顔』を作ったのだ。


「……見つけたぞ……スズ……俺の、愛しい……」


その笑顔は、生理的な嫌悪感を催すほど、なおさら気持ち悪かった。


「(……スズ様)」


私の背後で、ペコが囁いた。


「(……落ち着いてください。……あれは、おそらく『指輪』の力です)」

「(指輪?)」

「(はい。……古代の遺物アーティファクトの中には、使用者の生命力を代償に、一時的に『身体強化』を行う呪いの指輪が存在します。……耐性のない者が使うと、精神が『暴走』することがよくあります)」


ペコの冷静な分析を聞き、私は合点がいった。あの異常な筋肉の膨れ上がり方。痛みを感じない狂乱。ゲオルグは、私を奪還するためだけに、破滅的な『力』に手を出したのだ。


(……まともな武器がない状態では、勝つ見込みはない)


私は、ペコに目配せをした。


「(……ペコ。落ち着け。この一件が収まれば、一緒に『いぬ国』に行こう)」

「(……はい、スズ様)」


今は、あの様子のおかしいゲオルグに従うフリをして、隙を見て無力化するしかない。


そう判断し、私がゲオルグに声をかけようとした、その時だった。


ズドン!!


この建物の『浴場』の方角から、建物全体を揺らすほどの、大きな爆発音が轟いた。


「(……は?)」


私は、その音に聞き覚えがあった。決戦で聞いた、あの『火薬』の爆発音にちがいない。


(……まさか、優作か?)


ゲオルグの狂気と、優作(と思われる)爆破テロ。


私は、この地獄めいた二重のノイズに、ただ戦慄するしかなかった。

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