第36部:『祝宴の後』と『次なる選択』
あの阿鼻叫喚の乱戦が終わった後。
生き残った10名の竜族は、武器を取り上げられ、荒縄で縛り上げられた。彼らは、つい今しがたまで仲間だった者たちの死体が転がる広場を、ぞろぞろと列をなして引きずられ、教会の地下室へと収容されていった。
神官は、その光景に深くうんざりしていた。
神をまつる神聖な場所が、優作の『実験(拷問)』に使われたことに続き、今度は血なまぐさい『捕虜収容所』になってしまった。
彼は、村人たちの歓声を聞きながら、静かに神に問いかけた。
「(……これもまた、あの日『啓示』をくださった、神の意志なのですか……?)」
優作は、休む間もなく、その地下室で『汚れ役』を再開していた。
最後の『尋問』。目的は、この地域の残存脅威の確認だ。
「……これが最後だ。お前たちの『拠点』はどこだ。まだ仲間がいるのか」
優作の冷たい声に、生き残った竜族たちは、もはや反抗する気力も失っていた。
「(……もう、いない……。この地域にいたのは、これで全てだ……)」
「(……我らの本当の『拠点』は、こんな辺境ではない……。『セントラルシティ』の、さらに先だ……)」
尋問によって、この『地底世界』の、恐るべき姿が明らかになっていった。
彼らの本当の拠点は、この村から遥か遠く、『セントラルシティ』と呼ばれる都市の、さらに先にある『辺境の地』であること。
彼らは、地底人を『狩り』と称して襲撃し、奪った物資を拠点に持ち帰ることで生計を立てていたこと。
そして、衝撃の事実。
「(……さらった女子供は、どうしている)」
「(……『セントラルシティ』の……『貴族』様がたに、売っている……)」
『貴族』。
優作は、その単語に戦慄した。
この『地底世界』は、単なるサバイバルの場ではない。すでに『貴族』と『奴隷(地底人)』という階層化が進み、複雑な文化(あるいは退廃)が始まっている社会なのだ。
優作から全ての情報を聞いた神官は、翌日、村人たちの前で、捕虜10名に対する儀式的な『裁判』を執り行った。 蹂躙と略奪の限りを尽くした竜族に対し、神官は『啓示』に基づき、厳かに『処刑』を宣言した。
竜族の脅威が完全に去った後、村は、総勢52名からなる竜族の軍勢が遺した所持金、武具、そして『小型竜(騎乗生物)』といった所有物を回収した。
村は、一時的ではあるが、経済的に大きな『潤い』を見せた。
戦いが終わった広場には、竜族の夥おびただしい死体と共に、槍に貫かれ、あるいは剣に切り裂かれた村人たちの亡骸もまた、転がっていた。第35部で矢に倒れた者、乱戦で命を落とした者……その数は、決して少なくはなかった。
優作も、スズも、ルカも、生き残った者たちは皆、その熱狂が冷めた広場で、黙々と『仲間』の死体を回収した。 翌日、神官の執り行う厳かな『合同葬儀』が執り行われ、村は深い悲しみと、それでも生き残ったという静かな決意に包まれた。
悲しみに浸る間もなく、村の『再構築』が始まった。 激戦の爪痕である『落とし穴』は埋め戻され、張り巡らされた『ワイヤー』は撤去された。 そして、村人たちは、竜族から得た『潤い(資源)』と鹵獲した武具を使い、二度とあのような蹂躙を許さぬよう、村の周囲をより強固な**『塀』で囲み、二つの入り口には頑丈な『門』**を設置する作業に、一丸となって取り組んでいた。
竜族の襲来から、3ヶ月が経とうとしていた。
村には、本当の『平和』が訪れていた。
優作は、戦いの緊張から解放され、のんびりと「睡眠」と「宿(自室)」と「食堂」を往復するだけの、怠惰な日々を繰り返していた。
あの『汚れ役』の緊張感も、背中に突き刺さっていたはずの『和樹の亡霊』の視線も、この平和な日常の中で、少しずつ薄れていく気がした。
だが、どれだけ待っても、AIヘスティアからの『メッセージ』は一切ない。
しびれを切らせた優作がピュティアに問うた。
「(……おい。ヘスティア(神)は、俺が生き延びたのを知ってるはずだ。なぜ何も言ってこない?)」
「(さあね?)」
ピュティアは、ひょうきんな顔で答える。
「(……もしかしたら、優作がこうして『生き延びて』『平和に満足している』こと自体が、ヘスティアの『意図』と、ちょっと『ずれてる』かもね?)」
「(……どういう意味だ)」
ピュティアは、それ以上答えなかった。
優作は、食堂の窓から、広場を眺めた。
スズが、村の青年(見張り塔で目撃した、彼女の恋人だ)と、楽しそうに笑い合っている。彼女は、地底の素材(光る苔の繊維か何か)で作った、簡素だが美しい『服』を身につけ、すっかり『おしゃれ』を楽しんでいる。
鍛冶場の方からは、妙なる『音色』が聞こえてくる。
ルカだった。彼女もまた、この地底の環境を謳歌していた。最近ではピュティアとすっかり仲良くなり、ピュティアの持つ『知識(設計図)』を元に、二人で夢中になって『弦楽器』を製作している。
スズもルカも、この平和な生活を楽しんでいる。
あえて『次どうするか』という話を切り出すのを、ためらっているようだった。
優作も、このまま『心のつっかえ(和樹やクロウたちへの罪)』が残ったまま、この村で『余生』を暮らすというイメージを、ぼんやりと思い描いていた。
(……このまま、ここで……朽ちるのも、悪くないかもしれない……)
そう思った、ある日のことだった。
スズが「最後の作戦会議を開きたい」と、優作とルカを食堂に集めた。
「(……最後の?)」
三人がテーブルに着くと、スズは、決心した様子で切り出した。
「神官は、あの時『どう生きるか』と問うた。……今までは、生きるために生きてきた。ここは、生きることはある程度、保証されている」
「その上で『どう生きるか』を、私たちは試されている気がする」
スズは、自身の過去を、初めて具体的に語り始めた。
「私は、幼少の頃より軍人であり武道家の父に、技術(対人格闘術)を叩き込まれていた。……コンテナツリーでは、その技術は、理不尽に凶悪な砂漠の甲虫や巨鳥との生存競争の前では、役に立たなかった」
彼女は、自分の『剣(日本刀)』の柄を、愛おしそうに握りしめる。
「……だが、この地底で、竜族と戦い、確信した。……私は、この『対人格闘技術』を、もっと磨きたい」
「アタシも!」
ルカが、完成しかけた『弦楽器』を抱きしめて叫んだ。
「アタシも、アタシの『音楽』と『歌』を、この村だけじゃなく、もっと多くの人に聞いてほしい!」
優作は、スズのその決意に、一つの疑問を口にした。 「(……スズ。……あんた、村の彼氏は、どうするんだ?)」 見張り塔から目撃した、あの青年のことだ。あれから3ヶ月、二人は順調そうに見えた。
すると、スズは、きょとんとした顔で首を傾げ、あっさりと答えた。 「(ん? ……ああ、彼のこと?)」 「(……もう、飽きた。充分楽しんだから、別れた)」
「(……は……?)」
スズは、悪びれる様子も、冗談を言うそぶりもなく、続けた。 「(『セントラルシティ』……。……次の町の『男』も、楽しみだ)」
その口調は、冗談には聞こえなかった。 優作は、彼女のその、あまりにもドライな(あるいは、コンテナツリー時代からの生存本能が色濃く残る)価値観に、あっけにとられていた。
二人の、真っ直ぐに『前』を見据える目。
優作は、その眩しさに、自問する。
「(……俺は?)」
「(……俺は、このまま、自分が何をしたいのかも分からないまま、ここで朽ちるのか?)」
(……違う)
優作の脳裏に、あの『白い空間』の光景が蘇る。
仲間たちが『宣言』によって虐殺された、あの地獄。
そして、AIヘスティアの、慈愛に満ちた、あの『声』。
(……ヘスティア(神)に『会いに行く』という『目的』が、リナを『人質』に取られたという『現実』が、まだ残っている……!)
優作は、顔を上げた。
「……『セントラルシティ』だな」
スズとルカが、息を呑む。
「竜族の拠点があり、貴族が住み、人身売買が横行しているという、この『地底世界』の中心」
優作は、二人の目を見返した。
「……そこへ行けば、お前たち(スズ)が求める『強さ』も、お前が求める『聴衆』も、……そして、俺が求める『答え』も、見つかるかもしれん」
三人の『選択』は、決まった。
数日後。 三人は、村人たちに別れを告げていた。 神官が厳かに旅の安全を祈り、鍛冶屋の親父や食堂の親父バーニィ、アニーにも改まって挨拶を交わす。 ひとしきり挨拶を終えると、竜族から鹵獲した『小型の竜(騎乗生物)』におのおのがまたがり、彼らは、平和な村を後にして、『セントラルシティ』を目指す、新たな旅へと出発しようとしていた。
その時、一人だけ、この別れを最後まで受け入れられない男がいた。 見張り塔から目撃された、あのスズの『恋人』だった青年だ。
「スズさーーーーん! 行かないでくれェ!」 青年は、文字通り『慟哭』し、スズがまたがっている『小型の竜(騎乗生物)』の足にすがりついていた。「俺たちの愛は永遠じゃなかったのか!? 俺は、君の『最後』の男になるんじゃなかったのか!?」
(……いや、お前は『前』の男だ……) 優作は、その青年の盛大な勘違い(あるいは、スズが彼もも『最後』と伝えていた可能性)に、心の中で冷静にツッコミを入れた。
スズは、足元ですがりつく青年の頭を、無感情に見下ろした。 「(……危ない。……その竜は気性が荒い。蹴られるぞ)」
「俺たちの関係を終わらせないでくれ、スズさーん! 蹴られても本望だ!」 青年の悲痛な叫びにも、スズは表情を変えない。
「(……行くぞ)」 優作が、小型竜の腹を軽く蹴る。 ルカが、村人たちに、涙を見せずに大きく手を振った。
三頭の『小型竜(騎乗生物)』が、新しく再建された村の『門』をくぐり抜ける。 彼らは、平和な村を後にして、『セントラルシティ』を目指す、新たな旅へと出発した。 その姿は、地底の荒野を、一陣の風のように颯爽と駆け抜けていった。
(第36部・了)




