第34部:『泥沼』と『火薬』
教会の地下室は、湿った土と、鉄錆の匂いがした。
そして、ここ数日ですっかり染み付いた、生臭い『血』の匂い。
優作は、柱に拘束された『手斧の竜』の前に立っていた。
『汚れ役』。それが、この決戦における彼の役割だった。
「(……ピュティア。治癒は、まだか)」 「(もう終わってるよ。バイタル安定。……優作、キミ、ここ数日の『加害』ストレスで、自分の精神パラメータがヤバいことになってる自覚ある? 『和樹イベント』のトラウマと共鳴し始めてる。このままじゃ……)」 「(……うるさい)」
優作は、ピュティアの警告を遮断した。
『覚悟』を決めたはずだった。これは『蹂躙』ではない。『戦争』のための『実験』だ、と。
だが、殴り、傷つけ、ピュティアに治癒させ、また殴る、という行為を繰り返すたび、あの『中学時代』の『加害』の記憶が、鮮明に蘇る。
(……俺は、あの時(和樹)と、何も変わっていないじゃないか……)
背後には、常に『和樹の亡霊』の哀しい視線が突き刺さっている気がした。
この泥沼(自己嫌悪)に引きずり込まれまいと、優作は『実験』に没頭した。
(……ダメだ。やはり、鱗が硬すぎる)
優作が、空手の知識でどれほど的確に『急所』とされる箇所を殴りつけても、分厚い鱗がその衝撃のほとんどを殺してしまう。
(……俺の筋力(空手)ですら、この程度だ。……村の連中(地底人)の、非力な筋力では……槍や剣で貫通させることなど、絶望的に不可能だ……!)
優作は、捕虜の竜に問い詰める。
「……本隊の『居場所』は、どこだ」
竜は、拷問で衰弱しながらも、その目だけは侮蔑の色を失っていなかった。
「(……知らん。……俺たちは、常に、移動している……)」
「(……チッ)」
(……こいつは本当に知らないのか? それとも、隠し通しているのか?)
焦りが募る。
「(『知らない』に90%だね)」とピュティアが冷静に分析する。「(下っ端みたいだし、本隊は移動型(略奪)なんだから、固定の『アジト』なんて無いんじゃない?)」
(……そうか。なら、もう『尋問』の価値は無い)
優作は、この『実験台』から得るべき、最後の結論を導き出していた。
(……我々の筋力では、鱗は貫けない。……ならば、戦術は一つ。……あの『火薬矢』だ)
(……あれで『鱗』そのものを『破壊』し、剥き出しになった『皮膚』を、村人たちの『槍』で突くしか……!)
決戦まで、残り約10日。
あの酒場での襲撃から1週間で、村の入り口を見下ろす『見張り台』は完成していた。
運用が始まって三日目の夜。優作は、4時間の『見張り当番』として、冷たい夜風が吹き抜ける台の上に一人で立っていた。
教会の地下室でよどんだ精神が、この孤独な時間でわずかに冷却されていく。
村は静まり返り、荒野の闇が広がっているだけだった。
その時。
優作は、村の暗がりで、二つの人影がこっそり抜け出すのを目撃した。
(……あれは)
一人はスズ。もう一人は、村の若い男性――槍部隊の訓練で、スズから熱心に指導を受けていた男だった。
二人は、暗闇に溶け込むようにして、村の外縁(井戸の近く)の物陰へと消えていく。……夜の『逢い引き』だった。
優作は、その光景に気づかないフリをした。 (……本人には黙っていよう。……若いって、いいな) 自分(40歳)と、スズとの、決定的な年齢差と立場の違いを痛感する。 (……俺は、あいつらにとって『恋愛対象』どころか、ただの『汚れ役』のおっさんだ) かすかな寂しさが、胸をよぎった。
優作の『批評癖』が、スズという存在の考察を始める。 (……この戦いが終わったら、スズはどうするんだろうか?) 訓練中のスズの姿を思い返す。村人に『剣』や『弓』を教えている時の彼女は、無表情ながらも、どこか『生き生き』としていた。 (……あの動きは、ただのサバイバル技術じゃない。幼少の頃から、徹底的な『対人訓練』を受けていた動きだ。……居合、剣道、古武術……明らかに『型』がある) 優作は、スズの『剣』の形状を思い出した。 (……あの細く、波がそった形状……一目見て分かった。あれは、まぎれもなく『日本刀』だ。……なぜあんなものを? ) (……コンテナツリーは『生きること』が目的だった。だが、この『地底』は、衣食住が(比較的)確保されている。……神官の言った『どう生きるか』……か) (……スズは、この世界なら『選択』できる。……その『力』で、人の上に立つこともできるだろうな……)
優作は、そんな『批評』を打ち切り、再び荒野の闇へと視線を戻す。
自分には、目の前の『索敵』と『汚れ役』しかないのだと、自嘲するように。
決戦まで、残り約15日。
教会の作戦室で、第三回・作戦会議が開かれた。出席者は、優作、スズ、ルカ、神官、鍛冶屋の親父、牧場主といった主要メンバーだ。
「まず、私から報告する!」 ルカが、誇らしげに手を挙げた。 「鍛冶屋の親父と協力し、洞窟から『硝石』の採取に成功した。木炭との調合により、『火薬』の生産にめどが立った!」 ルカが、試作品の『火薬矢』をテーブルに置く。 「ピュティア(優作)の案に基づき、鍛冶屋の技術で『圧縮点火方式』を採用した。着弾時の衝撃で、矢尻内部の火薬が圧縮・発火する精密構造だ。……ただし」 ルカは、そこで表情を曇らせた。 「この矢尻の精密加工が、想像以上に困難だ。鍛冶屋の親父が不眠不休でやっても、決戦までに用意できるのは……最大でも『100本』程度だ」
「……100本か。……敵は30人。……十分だ」
優作が、よどんだ声で引き取った。彼は、拷問(実験)の結果を報告した。
「結論から言う。我々(地底人)の筋力では、奴らの鱗を槍や剣で貫通できるような**『弱点』は、事実上存在しない**」
作戦室が、静まり返った。
「だが、唯一の希望がルカたちの『火薬矢』だ。実験で試したところ、あれなら分厚い鱗(胸部や背中)であっても、着弾時の爆発で『粉砕』し、鱗を吹き飛ばして下の皮膚に『深刻な損傷』を与えることが可能だと分かった」
優作は、全員の顔を見回した。
「我々の戦術は、弱点を『狙う』のではない。火薬で『作る』んだ」
スズが、優作の報告(装甲破壊)と、火薬矢の『弾数制限(100本)』を受け、戦術を最終決定した。
「……ならば、戦術は一つだ」
スズは、村の地図を広げる。
「村の戦闘員を、役割に応じて**『弓専門部隊』と『槍部隊(集団戦)』**に明確に分ける」
スズの指が、ルカを指す。
「『弓専門部隊』は、ルカ、お前を中心とした少数精鋭だ。『火薬矢(100本)』を集中運用し、遠距離から確実に敵の『装甲破壊』を行う」
「そして『槍部隊』。残りの動ける村人全員で編成する。『剣』は習熟に時間がかかりすぎる。弓部隊が作った『傷口(剥き出しの皮膚)』に対し、我々が訓練した『槍』の集団戦術で突撃し、仕留める」
「待て」と優作が口を挟んだ。「指揮系統はどうする」
優作は、自らの『汚れ役』の経験から、最も効率的な提案をした。
「敵は30人だ。統率が乱れれば、個別に殲滅される。……『太鼓』を使おう」
「(太鼓?)」
「ああ。教会の鐘でも、大型の太鼓でもいい。『音』のリズムで、全軍に指示を伝達するんだ」
優作は、戦術の全貌を語り始めた。
「まず、目標は敵の殲滅。一体たりとも逃がさない」
「フェーズ1:索敵・警報。見張り台が敵を発見次第、『発煙筒』を上げ、同時に『太鼓』を**(ドドド!)と激しく連打。全部隊を配置につかせる」
「フェーズ2:誘引・挑発。敵が第一の罠に到達したら、弓部隊(通常矢)が一斉射撃。挑発し、隊列を乱す。太鼓の合図は(ドン! ドン! ドン! ドン!)」
「フェーズ3:装甲破壊。敵が火薬矢の有効射程に入った瞬間、太鼓の合図を(ドン! ドドドド! ドン!)に変更。『弓専門部隊』が『火薬矢(100本)』を一斉に放ち、装甲を破壊する」
「フェーズ4:足止め。敵が村の入り口(第二の罠)に到達したら、太鼓の合図を(ドドド! ドドド!)に変更。槍部隊が待機する、その目前に掘った『落とし穴』に、あらかじめ撒いておいた『油』を(弓兵が)火矢で着火。炎の壁で敵の突撃を阻止する。炎を突破、あるいは迂回しようとした敵兵の足を『ワイヤー(罠)』**で引っかける」
「フェーズ5:殲滅。火薬矢で装甲を破壊され、炎とワイヤーで隊列を崩された敵に対し、スズの号令と共に『槍部隊』(戦闘可能な男女全員)が集団で突撃(刺突)する」
優作の『卑怯』で『合理的』な戦術案に、全員が息を呑んだ。
「……決定だ」と神官が呟いた。「1週間後(決戦の約1週間前)に、各部隊のリーダー(弓・槍)を集めた『合同演習』を開催し、この**『太鼓と罠の連携』**を徹底的に訓練する」
決戦まで、残り7日。
村の訓練場(広場)に、各部隊のリーダーたちが集められた。
彼らの目の前に、教会の地下室から、拷問でボロボロになった捕虜の竜が引きずり出され、柱に拘束された。
「これより、合同演習を開始する!」
スズが、冷徹に宣言した。
「まず、『槍部隊』代表、構え!」
槍部隊のリーダー(牧場主)が、訓練した通りの鋭い突きを放つ。
だが、「カキン!」と甲高い音を立て、槍の穂先は竜の鱗に力なく弾かれ、傷一つ付けられなかった。
村人たちの間に「(……嘘だろ……あんなに鍛えたのに……)」と動揺が走る。彼らの『非力さ』が露呈した瞬間だった。
「次、『弓専門部隊』代表、ルカ! 『火薬矢』、用意!」
ルカが、試作品の『火薬矢(圧縮点火式)』を構える。
「目標、敵の『胸部』! 射程!」
スズの号令と共に、ルカが矢を放った。
矢は、竜の最も分厚い『胸部』の鱗に吸い込まれる。
次の瞬間、甲高い爆発音と共に、竜の胸部で火花が散った!
直撃を受けた箇所は、鱗が皿のように『粉々』に吹き飛び、黒焦げになった『皮膚』が剥き出しになっていた。
竜が、鱗を貫通されたのとは違う、内側から響くような『衝撃』と『熱』に、激しく苦しみ悶えた。
「今だ!」
スズの号令と共に、作戦室で打ち合わせた『太鼓』の合図(ドドド!)が鳴り響く。
待機していた『槍部隊』が、その剥き出しになった『傷口』めがけて、集団で『槍』を突き込む訓練(寸止め)を行った。
「「「おおおおお!!」」」 村人たちは、「自分たちの槍だけでは無力であること」と、「弓(火薬矢)と槍(集団)の連携」こそが唯一の勝利の道であることを再認識し、その士気は最高潮に達した。
「もう一度だ!」 スズの冷徹な号令が飛ぶ。 士気が最高潮に達した村人たちは、太鼓のリズム(ドドド!)に合わせ、次々と隊列を組み替え、その『槍』を突き込む訓練(寸止め)を、目の前の『生きた的』に対して、何度も、何度も繰り返した。
歓声の中、柱に拘束されたままの竜が、ガクッと頭を垂れた。 胸に開いた黒焦げの『穴』と、槍部隊の訓練(寸止め)の衝撃が、最後の一撃となったらしい。 優作が地下室で続けてきた度重なる『実験(拷問)』と、この最後の公開『実演』の末、捕虜の竜は、ついに絶命した。
「(……ピュティア。……死んだか)」 優作が、脳内で冷静に問いかける。 「(うん。バイタル停止。……まあ、いいんじゃない? 『生体サンプル』としてのデータは、もう十分すぎるほど取れたし。むしろ『死体サンプル』として、鍛冶屋の親父に解剖させた方が、最後の最後まで『合理的』だよ)」
優作は、その熱狂の輪から一歩離れた場所で、絶命した竜の亡骸と、歓喜する村人たちを、ただ冷徹に(あるいは、よどんだ目で)見つめていた。 (……これが、俺の『選択』だ) 背後の『和樹の亡霊』の視線が、また強くなった気がした。
(第34部・了)




