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『異世界人間失格 ~スキル【批評】持ちの独白~』  作者: 猫寿司
第八章:あるいは、私という人間の『異世界のはじまり』

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第33部:『選択』と『代償』

開いた口が、塞がらなかった。

酒場は、水を打ったような静寂に包まれていた。

スズによって首を刎ねられた鞭使いの竜が、胴体から血を噴き出しながら床に崩れ落ち、ピクピクと痙攣している。ゴトリ、と転がったその首は、信じられないものを見たかのように、目を見開いたままだった。


誰も動けない。

誰も、話すことができない。


重傷の手斧の竜は、優作に脇腹を刺されたまま、血の海に沈んで呻いている。

優作自身も、鞭で蹂躙され、カウンターに叩きつけられた背中と脇腹の激痛に、かろうじて意識を保っているのがやっとだった。

ルカも、バーニィも、神官も、他の客たちも。全員が、スズの常軌を逸した「力」と、竜族のあっけない「死」という現実を、処理できずにいた。


この静寂を破ったのは、優作の耳元でだけ響く、ピュティアの『ひょうきん』な声だった。

「(……うわぁ。スズちゃん、強すぎ。これじゃボクの『観測』、スズちゃんがメインになっちゃうじゃん!)」

「(……うるさい……)」


だが、ピュティアの本当の『介入』は、別の場所で始まっていた。

ピュティアは、姿を見せないまま、この酒場で最も『権威』を持つ男――神官の頭の中にだけ、直接『声』を響かせた。


(……聴こえるか? ……我が『観測対象』よ)


「(……!?)」

神官は、突如として頭の中に響いた、荘厳そうごんで、冷徹な『声』に、その場で膝から崩れ落ちた。


『――聴け。汝らの『恐怖』も『抵抗』も、全ては我が『論理』の掌の上。だが、良かろう。その『揺らぎ(生存意志)』に免じ、最後の『問い』を与えん』

『――この『蹂躙』の次に、汝らは『何』を捧げ、どう生きる?』


「(……あ……ああ……! なんと……!)」

神官は、ピュティアの『啓示』を受け、ガタガタと震え始めた。


その間、優作は、スズの力に一瞬怯みながらも、『覚悟』した、ピュティアに指示を飛ばしていた。 「(ピュティア! あの動けない竜(手斧の竜)を殺すな! 死なない程度に『治療』しろ! こいつは『サンプル』だ!)」 「(……了解! 優作、キミも『合理的』になってきたね! 最高の『実験サンプル』、確保するよ!)」 ピュティアは快諾し、重傷の手斧の竜の延命(応急処置)を、誰にも気づかれず実行した。


『啓示』と、優作たちの『抵抗(結果的な勝利)』を目の当たりにした神官が、震える客たちに向かって、ゆっくりと立ち上がった。 「(神は、我らを見ている……!)」 彼は、恐怖を『歓喜』に、声を張り上げた。 「今夜! この食堂で『宴』を開く! 竜族を撃退した『祝宴』であり、我らが『どう生きるか』を神に示す、重要な『集会』だ!」


「(……ふーん。よく言うよ)」 神官の宣言を聞きながら、ピュティアが『ひょうきん』な声で、しかし明確な皮肉を込めて悪態をついた。 「(ちょっと前まで、優作キミのこと『腐った果実』か何かみたいに言って、村から追い出そうとしてたくせに。神サマ(ボク)の声ひとつで、手のひらクルックルだ。……人間って、ほんと『合理的』で面白いよね!)」


その夜、食堂(酒場)は、この日のために隠されていたのであろう、貴重な(おそらくは芋から作った)蒸留酒が振る舞われ、男たちが乾いた喉を潤しながら声を張り上げている。死の恐怖が裏返った、一種の野蛮な熱狂が、狭い食堂(酒場)を満たしていた。


恐怖の残滓と、それを振り払おうとする者たちの熱気に包まれた。

神官は『啓示』を説き、村の『団結』と、竜族への『徹底抗戦』を村人たちに訴えた。

「神は、我らに『どう生きるか』と問うておられる! 蹂躙に屈するのではない、『選択』しろと!」


その言葉に応えるように、ルカがテーブルの上に飛び乗った。 「(アタシの出番だね!)」 彼女は、恐怖を振り払うように、そして、この勝利に自分も(ボーガンを構えることで)貢献したのだと(実際は優作が刺し、スズが仕留めたのだが)言わんばかりに胸を張り、村人たちを鼓舞するために、あの『生命の歌』を力強く歌い始めた。


その力強い歌声に合わせ、スズが、ふらりと食堂の中央に立った。 その踊りは、戦場で見せた無慈悲な動きとは異なっていた。 『優雅』で、『繊細』で、しかし核には『大胆』さを秘めた、見る者を惹きつける不可思議な舞だった。 村人たちは、スズのそのあまりにも人間的な、美しい側面に驚き、絶望的な状況の中での一筋の『希望』として見入る。


舞が終わり、スズがはにかんだまま一礼すると、それまで息を呑んで見入っていた村の若い女たちが、キャア、と甲高い歓声を上げて彼女を取り囲んだ。 「スズさん、すごい! 今のどうやったの!?」 「まるで鳥みたいだった!」 彼女たちは、先ほどまでの竜族への恐怖を忘れたかのように、この『救世主』に群がった。 「ねえ、あの剣ってどこで手に入れたの? 重くない?」 「っていうか、あなた、本当に『地底人』? もしかして、神官様の言う『神の使い』なんじゃ……」 興奮した『女子談義』は、スズの人間離れした強さと美しさへの『神格化』の色を帯びていく。 スズは、その熱狂に少し戸惑いながらも、どこか嬉しそうに、その質問の渦に包まれていた。


だが、その『祝宴』の喧騒の裏側。

教会の、冷たく湿った一室で、優作は一人、『現実』と向き合っていた。


ピュティアによって延命された『手斧の竜』は、鎖で柱に拘束されている。

竜は、脇腹の痛みと恐怖で顔を歪めていたが、その目に宿る『地底人(人間)』への侮蔑の色は消えていなかった。


「……言え。仲間は、あと何人いる」

優作の冷たい問いに、竜は、血が混じった唾を床に吐き捨て、あざ笑うように口を閉ざした。


「……そうか」 優作は、何も言わなかった。 ただ、無言で竜の前に立つと、これから始まる『戦争』のために、竜族という『生物』の『弱点』を探るように、冷徹な『拷問(実験)』を開始した。


彼は、拘束された竜の体を、まるで解剖対象でも見るかのように観察する。 (……鱗の重なりは、どうだ) (……関節の可動域は)


優作は、まず竜の分厚い胸板や肩口を、空手の『正拳』で殴りつけた。 ゴッ!と鈍い音が響くが、拳が硬い『鱗』に阻まれ、滑るだけだ。 「(……無駄だ。鱗の上からの打撃は、ほとんど通らん)」 竜が、苦痛に顔を歪めながらも、侮蔑の笑みを浮かべた。 「(……無駄だ、地底人め……!)」


優作は、竜の嘲笑を無視し、今度は標的を変えた。脇腹の、まだ血が滲む『傷口』の縁。そこから『鱗』の端を、指で掴む。 「(……こいつは、どうだ)」 彼は、まるでナマズの皮を剥ぐように、その一枚の鱗を、体重をかけて引き剥がそうと試みた。


「グ……アアアアッ!?」 今までにない激痛に、竜が絶叫する。 鱗は、皮膚に強固に癒着していた。だが、優作は容赦なく指に力を込め、メリメリ、と肉を引きちぎる音と共に、鱗を一枚、強引に引き剥がした。 そこには、生々しい肉が剥き出しになっていた。


「(……なるほど。剥がされることには、これほどの『痛み』があるのか)」 優作は、冷徹に『観察』し、さらに『実験』を続けた。 今度は、その剥き出しになった肉ではなく、その『隣』。まだ鱗が残っているが、傷口に近く、防御が薄くなっているであろう箇所――人間でいう『肝臓』の位置を、狙いを定め、容赦なく拳で殴りつけた。


「ガッ……!?」 今度こそ、的確な衝撃が『内側』に響き、竜が息を詰まらせる。

優作は、殴った拳の感触を確かめるように、冷たく続けた。

「(……和樹(B君)を殴った、この手で……)」

脳裏に『和樹の亡霊』の哀しい視線が浮かぶが、優作はそれを振り払う。

「(……これは『蹂躙』じゃない。『実験』だ)」

優作は、再び拳を振り上げ、今度は竜の関節部(膝)を狙った。

「喋るまで、お前の『壊れ方』を研究させてもらう。……次だ。本隊の規模と、次の襲撃はいつだ」


竜は、優作の目が『本気』であること、そしてその暴力が『合理的』な『実験』であることを悟り、あの『死(スズの一閃)』の光景を思い出し、ついに堰を切ったように喋り始めた。


判明した事実は、絶望的だった。

本隊は『30人』の軍勢で、各地を移動しながら略奪行為を繰り返していること。

数週間前、斥候として村の近く(森)に来ていた仲間『3人』が、何者か(ザイアス?)に惨殺されているのが発見され、その調査のために今回2人(鞭使い・手斧)が来たこと。

そして、この襲撃(2名)が失敗し、連絡が途絶えれば、本隊は必ず『報復』のために動くこと。


「……おそらく、『1ヶ月後』だ」

竜は、苦し紛れに言った。

「連絡が途絶えれば、本隊は全軍勢(30人)で、お前たちを殲滅しに来るだろう。……だが、俺を生かせば『人質』になる! 交渉しろ! そうすれば、お前たちも――」


「(ピュティア)」

優作は、竜の命乞いを遮り、脳内で呟いた。

「(おや、優作? 『加害』の記憶(和樹)に苦しんでいたのに、今度は堂々と『拷問』かい? 合理的で素晴らしいね!)」

ピュティアが、楽しそうに茶々を入れる。

優作は、脳裏に浮かぶ『和樹の亡霊』の哀しい視線を、振り払った。

「(……うるさい)」

彼は、拘束された竜に向き直り、静かに告げた。

「……これは『蹂躙』じゃない。『戦争』だ。生き残るための『手段』だ。俺は、もう『選択』から逃げない。この『汚れ役』は、俺が引き受ける」


優作は、竜を『人質』としてではなく、『実験台』として生かすことを決めた。

「こいつは、教会の一室に厳重に拘束し、封印する」

「目的は、ただ一つ。……どうすれば、我々『地底人』の力と武器で、貴様らの『鱗』を確実に貫通できるか。それを、貴様の『生きた体』で、研究させてもらう」


竜の顔が、恐怖に引きつった。 「(ピュティア、こいつが死なないよう、時折『治癒』しろ。……『実験』は、これからだ)」


祝宴の熱が冷めやらぬまま、村に朝が来た。 あの夜、酒場で下された神官の『宣言』と、優作がもたらした『絶望的』な情報(竜の本隊の存在)は、瞬く間に村全体を駆け巡った。


『1ヶ月』というタイムリミットが、生き残った全ての者たちに、等しく突きつけられたのだ。 祝宴の熱気は、一夜にして『決戦』への覚悟へと変わった。 翌日から


役割分担が、即座に決められた。

『汚れ役』は、優作が引き受けた。教会の地下で、捕虜の竜を使った『鱗』貫通実験(非人道的拷問)を主導する。

『訓練教官』は、スズが引き受けた。その万能な戦闘技術で、村人たちに『剣術』と『弓術』の基礎を徹底的に叩き込む。

『開発・調達』は、ルカが引き受けた。鍛冶屋と共に『火薬開発』を担当。および、訓練に必要な武器(矢など)の調達管理を行う。


酒場でスズが殺害した『鞭使いの竜』の死体は、鍛冶屋の親父と牧場主(解体のプロ)の手で、即日『解剖』された。

鱗の構造、関節部の隙間、内臓の配置。あらゆる弱点が、徹底的に研究された。


村の広場では、スズの指導による『剣』と『弓』の集団訓練が始まった。

「(もっと腰を落とせ! そんな構えでは、次の瞬間、首が飛ぶぞ!)」

スズの容赦ない声が飛ぶ。


そして、鍛冶場では、ルカと鍛冶屋、そして『情報提供役』のピュティアによる、秘密裏の『火薬開発』が始まっていた。 ピュティアの情報に基づき、近くの洞窟に『硝石』があることを突き止め、木炭との調合が試みられる。


村の周囲では、男たちが総出で『見張り台』の建設を急ピッチで進めていた。

全ては、『1ヶ月後』に生き残るために。

優作は、彼らの『生』への執着を背負い、教会の地下室の扉を、静かに開けた。

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