第二十四部:『ゴミ溜めからの第一歩』
『再起』は、選択された。
優作の『意識』は、『心の底の停止状態』から『現実』へと、急速に浮上していく。
「(……うるさい、ピュティア。……お前の『修復』は、失敗だ)」 「(……今から、俺の『本質』のまま、俺の『再起』を、始める)」
『精神世界』でピュティアに言い放った『覚悟』は、まだ熱を帯びていた。
だが、『現実』は、そんな『熱』など一瞬で凍てつかせるほど、冷たく、重い。
ザワ……
最初に『現実』として認識されたのは、『音』だった。
『心の停止状態』中は『ノイズ』として遮断していた、あの『宴』の喧騒けんそう。
ルカの『歌』も、ナナミの『伴奏』も、子供たちの『歓声』も、今度は『現実』の『音』として、ゴミ溜めにいる優作の鼓膜をハッキリと揺らした。
(……ああ、そうか。……こいつらは、まだ……)
(……俺が『心の停止状態』している間も、ずっと……)
(……『宴』を、続けてやがったのか……)
『批評癖』が、再起動した瞬間に、まず顔を出す。
だが、それはもはや『自己嫌悪(原因)』にはならなかった。
(……ああ、そうだよな。……それが『現実』だ)
(……俺が『この本質』であるように、……あいつらは『生きている者』だ)
(……ただ、それだけだ)
次に、意識が『嗅覚』を取り戻す。
ウッ、と。
『無』に溶けていたはずの『汚物』の悪臭が、現実の『吐気』となって、胃の底からせり上がってくる。
(……臭い。……クソッ、なんて場所だ……)
『意識停止中』は『無』だった感触が、一気に『現実』となって全身を襲う。
背中にこびりつく『汚物』の湿った感触。
首筋を這う、『虫』の不快な感触。
「(……う……ッ!)」 優作は、その『虫』を、汚れた手で必死に払い除けようとした。 ピュティアの『強制再生』が始まった時、『水の底』で掴もうとした、あの『手』。 その『手』が、今、確かに『現実』の『ゴミ』を掴んでいた。
ベチャリ、と。
『汚物』と『ゴミ』にまみれた自分の『手』を、優作は、ぼんやりと見つめた。
「(……これが、……俺の『現実』か……)」
『再起』したところで、何も変わらない。
『本質』は変わらず、『現実(ゴミ溜め)』も変わらない。
「……」
ふと、傍らを見る。
ピュティアが、ホログラムの姿で、静かに優作を見下ろしていた。
あの『癇癪』がウソのように、いつもの『無邪気な子供』の『ひょうきん』な顔に戻っている。
「……やあ、優作」
ピュティアが、ウインクしてみせる。
「『再起』、おめでとう。……いやぁ、今回は『観測とリハビリ』のし甲斐があったよ」
「『本質の歪み』を『能力』として『受け入れ修復』し、さらに『役割を演じること』で『自己修復』とか、……お前、マジで『最高(最悪)』の『オモチャ(検体)』だよ!」
「(……うるさい)」
優作は、もう内面で悪態をつくことはしなかった。
『現実』の『喉』で、かすれた『声』を絞り出す。
「……全ては、お前の、せいだろ……」
「え? なあに? 『感謝』の言葉?」
ピュティアが、耳に手を当てる『フリ』をする。
「(……クソッ……!)」
優作は、もうピュティアと『問答』することは選ばなかった。
彼は、『選択』したのだ。
『再起』を。
『卑怯者の第一歩』を。
彼は、『ゴミ』と『汚物』にまみれた『現実』の地面に、『手』をついた。
『心の停止状態』していた間に凝り固まった、全身の『筋肉』が、悲鳴を上げる。
だが、彼は、そこに『力』を込めた。
『水の底』で、『佐知子(の残像)』を助けようと、『鉄骨』を掴んだ、あの『力』。
『水の底』で、『神城(の残...)』に、『食らいつこうと』した、あの『力』。
『水の底』で、『エリアス(の残像)』に、『謝ろうと』した、あの『力』。
その『力』を、今、『現実』で。
『ゴミ溜め』から『立ち上がる』ためだけ(・・・・・)に、使う。
「(……う……ぐ……ッ!)」
膝が、震える。
彼自身の『本質』が、『変わらない現実』が、彼を『ゴミ溜め』に引き戻そうとする。
(……それでも)
(……俺は)
(……『選択』したんだ……!)
優作の身体が、『ゴミ溜め』の『泥』から、ゆっくりと、剥がれていく。
『宴』の喧騒は、まだ遠い。
だが、彼は、その『音』がする『方向』を、確かに睨にらみ据えていた。
「……ふぅん」
優作が『ゴミ』の中から立ち上がった、その『事実』だけを、ピュティアが『観測』していた。
「『本質』のまま『再起』ね。……で? どうすんの? あそこの『宴』、行くの?」
ピュティアが、楽しそうに『喧騒』の中心を指さす。
「(……うるさい)」
優作は、もう『返事』すらしなかった。
『再起』の『第一歩』は、まず、この『ゴミ溜め』から『出る』ことだ。
泥と汚物にまみれた足を、一歩、また一歩と、固い『現実』の地面(コンテナの床)へと進める。
ザアアア……
『宴』の喧騒に混じって、『雨音』が強くなっていることに気づく。
いつからか降り始めた『小雨』が、この『コンテナツリー(村)』全体を濡らしていた。
『宴』は、この『小雨』の中で行われている。
優作が『ゴミ溜め』のエリアから這い出ると、そこには『ルカ』が立っていた。
濡れた髪を気にするでもなく、腕を組み、冷たい目で優作を見下ろしている。
まるで、優作が『再起』して出てくるのを、待っていたかのように。
「……ずいぶん、時間がかかったな。『ゴミ』」
ルカの『声』は、相変わらず棘とげを含んでいる。
「(……!)」
「だが……」
ルカは、優作の『目』を、じっと見つめた。
『心の停止状態』していた時の『無(虚無)』とは違う、『卑屈』だが、何かに『火』が灯った(・・・・)その『目』を。
「……まあ、いい。どうせ『ゴミ』には変わりない」
ルカは、優作の『変化』から、わざと目をそらすように言った。
「アトラス様がお呼びだ。ついてこい」
『ルカ』に引きずられるようにして、優作は『宴』の中心へと連れてこられた。
コンテナツリーの中央広場。
『小雨』の中、焚火たきびがパチパチと音を立て、人々は『歌』い、『踊り』、『食って』いる。
優作が『心の停止状態』していた『時間』など、彼らには『関係』ない。
その『中心』に、大柄な男、『アトラス』がいた。
彼は『宴』の輪から少し外れ、降りしきる『小雨』の中で、仁王立ちになって優作を待っていた。
その目は、資源戦争を生き延びた『エリアス』よりも、さらに深く、冷たい『諦観』を宿している。
優作は、アトラスの前に突き出された。
『汚物』の悪臭を放つ、びしょ濡れの『ゴミ(優作)』が。
「……ルカ」
アトラスが、低い、地を這うような声で言った。
「その男は、まだ『第六区画ドーム』の『匂い』がする。……それに、『ゴミ溜め』の『汚物』がこびりついている」
アトラスの目が、優作を『値踏み』する。
「(……また、これか……)」
『ボルコフ』『クロウ』、そして今度は『アトラス』。
『批評癖』が顔を出すが、優作は『覚悟』でそれを抑え込む。
アトラスは、顎あごで、広場の隅をしゃくった。
そこには、降り続く『小雨』が木地面の隙間から染み出し、大きな『池(水まり)』ができていた。宴の『焚火』の光が届かない、暗く濁にごった『泥水』の『水たまり』だ。
「その『池』で、洗い流させろ」 「……は?」 「『水浴び』だ」と、アトラスは繰り返す。「『デッド(死蔵在庫)』の『汚れ』も、『汚物』も、ここで落としていけ。それが、ここの『流儀』だ」
「……着替えは」と、優作が絞り出す。 アトラスは、焚火の光に照らされた、みすぼらしい村の子供たちを一瞥いちべつし、「見ての通り、ここは『資源』がない。その『汚物』を落とした後、ルカから『洗い古した布タオル』と『マシな服』を借りろ。……それすら、お前には『贅沢』だがな」
『小雨』の中、木地面から染み出た『泥水』の『水たまり』で、『水浴び』。 それは、あまりにも屈辱的な『儀式』だった。貴重な『資源(着替え)』を借りるという『負い目』まで背負わされた。 彼が『受け入れ』たはずの『本質』が、ここで『抵抗』しろと囁く。
優作は、黙ってその『水たまり』の縁に立った。
『宴』のかがり火が、暗い『水面みなも』で揺らめいている。
そこに、びしょ濡れの男の『顔』が映り込んでいた。
(……ああ……)
水面が、宴のかがり火を映し、揺らめいている。
そこに映る『顔』は、優作自身のものでありながら、どこか『他人』のもののようにも見えた。
(……これが、俺のツラか……)
それは、四十年の『不摂生』と『卑屈』さが刻み込まれた、冴えない中年の男の顔だった。
『ゴミ溜め』の『汚物』は洗い流されても、深く刻まれた眉間の『皺』も、目の下の『クマ』も、消えるわけではない。
『本質』は、変わらない。
だが、と優作は思う。
その『顔』は、『心の停止状態』していた時の、光を一切宿さない『虚無(死人)』の表情ではなかった。
『第六区画』で、ただ恐怖に怯え、他人を『批評』することでしか自らを守れなかった頃の『猜疑心』に満ちた目とも、違う。
水面に映る『男』は、恐怖も、卑屈さも、自己嫌悪も、その『全て』を一度『受け入れ』した上で、それでも『現実』を睨み据えようとする、『覚悟』の『火』を目に灯していた。
たとえそれが、どんなに小さく、頼りない『火』だとしても。
(……『覚悟』を決めたところで、『ヒーロー』になれるわけじゃねえ。……相変わらず、どうしようもねえ顔だ)
優作は、その『どうしようもない自分』の『顔』から、目をそらさなかった。
「(……だが、悪くねえ。……『死んでる』よりは、ずっとマシだ)」
彼は、その『顔』が映る『水面』に、ためらうことなく足を踏み入れた。
冷たい『現実』の水を、頭からかぶった。
『生き延びる』ために。
『自分』のまま、ここに『居座る』ために。
全身が、凍えるような『冷たさ』に震える。
『汚物』は洗い流されたが、『現実』の『冷たさ』が、骨の髄まで染みた。
びしょ濡れになった優作が『水たまり』から上がると、アトラスは、ようやく『本題』を告げた。
「……優作、と言ったか」
「(……ああ)」
「お前の面倒は、見てやる。この『村』の一員として、受け入れてもいい」
「(……!)」
「だが」
アトラスの目が、獲物を狩る『獣』のそれに変わる。
「俺たちに『穀潰し』を養う『余裕』はない。お前が『労働者』として『価値』があるか、試させてもらう」
「『試練』だ。……『資源回収』に、行ってもらう」
「(……資源回収……)」
「ああ。だが、『決められた日』じゃない」
アトラスは、冷酷に『条件』を突きつけた。
「『フリーの日』に、行け」
「(……フリーの、日に……?)」
『決められた日』とは、おそらく村の『戦力ルカたち』が総出で、安全を確保して行う『回収日』。
『フリーの日』とは、それ以外の、安全の保証がない『危険』な日。
アトラスは、優作に、たった一人で(・・・・)その『危険』な日に『資源』を持ち帰ってこい、と命じているのだ。
「……もし、できなければ?」
優作は、震える『喉』で尋ねた。
「できなければ、お前は『労働者』とは認められない」
アトラスは、『小雨』に濡れる『宴』の『炎』に目を細め、静かに言い放った。
「村に置く『余裕』はない。……ここから、出ていってもらう」
『第六区画』とは違う。
『タイムアウト(粛清)』という『論理的』な『死』ではない。
だが、この『ドームの外』で『追放』されることは、『緩やかな死』を意味していた。
「(……上等だ)」 優作は、心の『奥底(水の底)』で、吐き捨てた。 「(……『再起』の、……始まりじゃねえか……)」
優作は、『再起』したばかりの『覚悟』で、この『アウトキャスト』の『現実(試練)』を、真正面から受け止めるしかなかった。
――ふと、視線を感じた。
『宴』の喧騒でも、アトラスの『圧』でもない。
『水の底』で、優作の『背中』に溶けていった、あの『和樹』の、哀しい『視線』が、この『現実』の『選択』を、じっと見ている気がした。




