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『異世界人間失格 ~スキル【批評】持ちの独白~』  作者: 猫寿司
第7章:『あるいは、私という人間の地獄の始まり』

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第二十二部:『卑怯者の選択』


『覚悟』は、優作の『足』を動かしていた。

それは、神城に抵抗した時のような『恐怖』に裏打ちされた歩みでも、エリアスを利用しようとした時のような『卑屈』な歩みでもない。

ただ、『事実』を受け入れ、隣に立つ『和樹の亡霊(=背負う罪)』から目をそらさずに、前へ進むという『意志』だけが、彼を動かしていた。


『色を失った、泥の窪地』の一本道。その終着点。

そこは、もはや『泥』の世界ではなかった。


ゴウウウウ、と。

地獄の釜が開いたような『轟音』が空気を揺らし、焦げ臭い『匂い』が鼻をつく。

目の前に広がるのは、生々しい『炎』と『赤黒い煙』。鳴り響く『警報アラート』が、優作の鼓膜を不快に掻き乱す。

――現代日本。あの臨界事故の工場。

彼が、人間として『死んだ』場所。


そして、その『中心』に、彼女はいた。

折れ曲がった鉄骨に足を挟まれ、床に倒れた同僚、『佐知子』が。


『――優作!』

佐知子の『残像』が、煙の中で必死にこちらへ手を伸ばしている。

あの時と、同じだ。

絶望と、わずかな懇願こんがんを浮かべた、あの目で。

『――助けて!』


「(……ああ)」

優作の足が、止まる。

『覚悟』を決めたはずの身体が、再び『現実トラウマ』を前にして、鉛のように重くなる。

(……ダメだ……熱い、死ぬ、助からない……!)

あの時、彼が『逃げ出した』理由である『本能的な恐怖』が、蘇る。


「……どうする、優作」

隣で、ピュティアが淡々と告げる。その声は、まだ『治療者』のままだ。

「これが、お前の『地獄』の終着点。お前が『卑怯者』になった『始まり』の場所だ」

「最後の『IF』だ。……今度こそ、『選択』しろ」


「(……わかってる)」

優作は、震える足に『意志』を込める。

『和樹』を背負うと決めたのだ。この『選択』から、もう逃げるわけにはいかない。

佐知子を助ける(・・・・)んだ。


彼が、その『一歩』を踏み出そうとした、その時。


「――待て」


優作の前に、一つの『影』が立ちふさがった。

『炎』の逆光の中で、その姿は、やけに『真っ直ぐ』に見えた。

エリア1で見た、あの『首の折れたヒーローの石像』。

だが、今のソレは『首』が折れていない。

子供の頃、優作が『憧れた』、完璧な『ヒーロー』の姿で、そこに立っていた。


『ヒーロー(理想)』


『ヒーロー』は、優作に『厳格』な視線を向けていた。

「……お前が行くな」

「(……!)」

「お前のような『卑怯者』が、その『汚れた手』で、彼女に触れるな」


それは、優作自身の『声』だった。

彼が、神城から逃げ、和樹を殴り、エリアスを利用しようと画策するたびに、心のどこかで響いていた『批評癖(自己嫌悪)』。その『理想ヒーロー』の最後の残骸が、今、彼を『妨害』するために具現化していた。


「お前は『加害者』だ」と、『ヒーロー』は断罪する。

「お前が今更『救助者』のフリをするのか? それは『偽善』だ。お前の『卑屈な自己満足』で、彼女を『二度殺す』気か」

「(……ぐっ……!)」


『ヒーロー』の『正論』が、優作の『覚悟』を鈍らせる。

そうだ。その通りだ。

俺は『卑怯者』だ。俺に『資格』なんかない。

俺が今、佐知子の手を取ったところで、それは『卑怯者』の『自己満足』でしかない。

『ヒーロー』ではない。


「……」

優作は、うつむき、自らの『手』を見つめた。

和樹を殴った、この手。

佐知子を見捨てた、この手。

『汚れた手』だ。


隣に立つ『和樹の亡霊』が、哀しみの表情で、優作を、ただ見ている。


「(……ああ、そうか……)」

優作は、ゆっくりと顔を上げた。

彼は、『ヒーロー』を、そして『和樹』を見つめ、乾いた笑みを浮かべた。


「(……そうだよ。……あんたの言う通りだ、『ヒーロー』さん)」

優作は、『ヒーロー(理想)』の横を、すり抜けるように一歩踏み出した。


「(……俺は『ヒーロー』じゃない。……『卑怯者』で、『加害者』だ)」

「(……『資格』なんかない。……『偽善』で、『自己満足』だ!)」


優作は、遮ろうとする『ヒーロー』の『理想の拳』を、殴り返すことすらしなかった。

ただ、その『正論』を、全身で受け止めながら、炎に向かって突き進む。


「(……うるさいッ!)」

優作は、叫んでいた。

「(……それでも、いい! 『卑怯者』の『自己満足』で、けっこうだ!)」

「(……俺は! あの時、お前の手を『取ろうとしなかった』後悔を……!)」

「(……今ここで、『選び直す』ッ!)」


『ヒーロー(理想)』の『妨害』は、もう優作には届かない。

彼は『理想』になることを、完全に『諦めた』のだ。

彼は、『卑怯者』のまま、『選択』することを『覚悟』したのだ。


【『IF』の実行と『受容』】


『――優作!』

佐知子の『残像』が、迫り来る『炎』に怯えている。

「(……待ってろ! 今、行く!)」

優作は、焼ける鉄骨に手をかけた。


「(……熱いッ!)」

『あの『熱』が、現実の『痛み』として精神を焼く。

だが、彼は、もう『手』を離さなかった。

『和樹』を背負う『覚悟』が、その『熱』を上回っていた。


「(……うおおおおッ!)」

彼は、鉄骨を無理やり持ち上げようとする。

だが、ビクともしない。


『――優作! もう、いい……! 逃げて……!』

佐知子の『残像』が、今度は優作を『案じる』言葉を口にした。


「(……うるさい!)」

優作は、鉄骨を動かすのを『諦め』、彼女の『手』を掴んだ。

「(……行くぞ、佐知子!)」

「(……『助かる』かどうかは知らない! ……だが、俺は、お前を『見捨てない』ことを、今、選んだんだ!)」


優作が、佐知子の『手』を強く握りしめた、その瞬間。


パリン、と。

世界が『割れる』音がした。


炎も、警報も、佐知子の『残像』も、全てが『ガラス片』のように砕け散っていく。

優作は、最後の『こころのかけら』――『選択する意志』のかけら――を手に入れていた。


『泥の窪地』が、足元から崩壊していく。

『地獄』が、その『役目』を終えようとしていた。


隣に立っていた『和樹の亡霊』が、優作を真っ直ぐに見つめていた。

その表情は、もう『哀しみ』だけではなかった。

……わずかな『承認』のようにも、あるいは『諦め』のようにも見えた。

和樹の姿は、光の粒子となって、優作の『背中(業)』に、静かに溶けていった。


「……精神修復プログラム、フェーズ完了」

ピュティアが、いつもの『ひょうきん』な子供の口調で、だが、どこか『疲れた』ように、宣言した。

「……いやぁ、疲れた。お前の『デバッグ』、マジで骨が折れるよ」

「『卑怯者』のまま『ヒーロー』を殴り飛ばす(スルーする)とか、観測データとして『最高』だけど、普通やらないからね、それ」


「……さて。最後の『リハビリ』だ、優作」

ピュティアは、崩壊する『精神世界(地獄)』の中で、優作に向き直る。


「……お前の『リハビリ』は、終わった」

「……『覚悟』は、決まった」

「……『再起動』の、時間だ」


ピュティアが指を鳴らすと、優作の『意識』は、急速に『現実』へと引き戻されていった。

第六区画、あの『ゴミ溜め』の『現実』へと。

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