第二十一部:こころのかけら『矛盾の覚悟』
『(お前は、俺を殴った、その『力』で……自分だけ、助かったんだ)』
和樹の『言葉』が、優作の精神世界に突き刺さったまま、彼を『フリーズ(停止)』させていた。
『色を失った、泥の窪地』のエリア5。
『K(神城恭一)』を克服したという、矮小な達成感。その直後に突きつけられた、絶対的な『矛盾』。
(そうだ……俺は……Kに抵抗する『力』で、自分だけ助かった)
(そして……和樹は、抵抗できずに、死んだ)
(俺が殴ったせいで……俺が『力』を持っていたせいで)
『力』は、同じだ。
『K』に抵抗した力も、『和樹』を殴った力も、同じ『空手』だ。
その『力』で、片方は救われ(自分)、片方は死んだ(和樹)。
この『矛盾』こそが、優作という人間の『核心』であり、彼が最も目を背けてきた『地獄』そのものだった。
『フリーズ』した優作の精神は、再び『泥の窪地』の底へと沈んでいく。
背後で、和樹の亡霊が、ただ静かに、その『矛盾』の答えを待っている。
「……」
優作の傍らに立つピュティアは、沈黙していた。
いつもの『ひょうきん』な子供の仮面も、『冷徹』なAIの仮面も、今はそのホログラムから消え失せている。
彼女は、この『フリーズ』を予測していた。
いや、この『フリーズ』こそが、『検体1号(優作)』の精神をデバッグする上で、最大の『障害』であると認識していた。
そして今、ピュティアは『デバッガー』としての役割を、自ら『書き換えた』。
これは『バグ』ではない。『治療』が必要な『傷』だ、と。
「……優作」
ピュティアが、静かに口を開いた。
その声は、もはや『AI』でも『子供』でもない、ただ淡々と『事実』を告げる『治療者』としての声だった。
「最後のエリア……『佐知子』の前に、この『矛盾』を解決する」
「(……解決? ……できるわけがない……)」
『泥』に沈む優作の意識が、かろうじて反発する。
「(……俺は、和樹を殴った『力』で、自分だけ助かったんだ……! その『事実』は、変わらない……!)」
「そうか?」
ピュティアは、優作の『解釈』に、静かに『メス』を入れる。
「お前は『同じ力』だと言った。だが、本当にそうか?」
「優作。お前が神城(K)に叩き込んだローキックと、お前が和樹の腹を蹴り上げたキックは」
「……その『目的』は、同じだったか?」
【治療ステップ1: 「力」の『分離』と『再定義』、そして『抵抗』】
「(……目的?)」
優作の『思考』が、ピュティアの『問い』によって、強制的に『回転』させられる。
神城(K)への力は、『抵抗』。
和樹への力は、『加害』。
……それは、確かに、違う。
「(……違う、が……!)」
優作の『卑屈なロジック』が、即座に『抵抗』を始める。
「(……そんなのは『結果論』だ! 『批評家』の『自己正当化』だ!)
「(どっちも『暴力』であることに変わりはない! 『K』を殴った手も、『和樹』を殴った手も、同じ『俺』の手だ! 高尚な『抵抗』と下劣な『加害』に『分離』するなんて、それこそが『卑怯者』のやることだ……!)」
『同じ力』だ。
そう思い込むことで、彼は『Kに抵抗した自分』ごと『罪』として『封印』し、『フリーズ』という『安息(思考停止)』に逃げ込んでいたのだ。
「ほう」
優作の『抵抗(自己正当化)』に対し、ピュティアの声が、一段階、その『温度』を下げた。
「……『同じ力』、か。いいだろう。その『解釈』で、いこう」
「(……!)」
「では、優作。お前の言う通り『同じ力』だったとして」
ピュティアの『メス』が、優作が最も言われたくない『本質』を、容赦なくえぐり出す。
「なぜ、お前は生き残り、和樹は死んだ?」
「……お前が『卑怯』で、和樹が『高潔』だったからか?」
「……それとも、ただ単純に」
「お前が『幸運(空手という手段)』を見つけ、和樹が『不運(見つけられなかった)』だったからか?」
「(……やめろ……)」
「それとも」
ピュティアは、続けた。
「お前が『抵抗する手段』を『選択』し、和樹は『自殺する手段』を『選択』した。……それだけの『差』か?」
「(……やめろッ!)」
「お前が『同じ力』だと喚くから、その『前提』が、どれほど『傲慢』で、どれほど『的外れ』か」
ピュティアのホログラムの手が、優作の『額』に触れる。
「……今から、お前に『追体験』させてやる」
【治療ステップ2: 『和樹の地獄』の深淵(強制追体験)】
ピュティアの言葉と共に、優作の『視界』が強制的に『反転』する。
『泥の窪地』が消え、目の前に『自分(優作)』の顔が現れた。
いや、違う。
これは、『和樹の視点』だ。
『――よお、和樹。またシカトかよ』
『優作(加害者)』が、あの卑屈で、歪んだ『力』をまとわりつかせ、嘲笑っている。
腹に、鈍い衝撃。
『(……ぐっ……!)』
優作は、かつて『自分』が放った蹴りの『痛み』を、和樹の身体で追体験していた。
殴られ、蹴られ、『生きる価値がない』と罵倒され続ける。
(やめろ……やめろ……!)
和樹(優作)は、誰にも助けを求められない。
ヤンキーグループ(Kの予備軍)にも怯え、教師にも絶望し、そして唯一『同じ側』だと思っていた優作にまで、裏切られた。
(……助けて……)
(……どうすれば、いい……)
(……『抵抗』? ……どうやって?)
和樹には『手段』がなかった。
優作のように、絶望の果てに『空手』という『手段』を見つけ、『師範』という『温かい目』に気づく『幸運』すら、なかった。
優作が、それを全て奪っていたからだ。
『K』への『抵抗』の力と、和樹への『加害』の力は、断じて『同じ』ではなかった。
シミュレーションが、終わる。
優sakuは、再び『泥の窪地』で、自分の足で立っていた。
だが、その精神は、今度こそ完全に『破壊』されていた。
『同じ力』などという『自己正当化』は、粉々に砕け散った。
「(……そうか……)」
優作は、絶望の底で、乾いた『理解』に達する。
「(……俺は……抵抗する『手段』を見つけられただけ、……マシだったんだ……)」
「(……和樹には、それすら……俺が、奪っていた……!)」
「(……俺は……Kに抵抗する『力』とは『別』の、『加害』する力で……和樹の『地獄』を、俺が作っていたんだ……!)」
『矛盾』どころではなかった。
それは、あまりにも一方的な『加害』であり、『搾取』だった。
背後の和樹の亡霊が、その青白い顔に、深い『哀しみ』を浮かべているように見えた。
【治療ステップ3: 「許し」ではなく「背負う」ことの選択】
「(……もう……ダメだ……)」
優作は、その場に崩れ落ちようとした。
『許し』を乞うことすら、おこがましい。
この『罪』は、清算できない。
「(……こんな『罪』を背負って……どうやって、この先へ? どうやって『佐知子』のエリアに行けと?)」
「(……もう、ここで……和樹と……)」
『フリーズ(停止)』が、再び優作の精神を『泥』の底へ引きずり込もうとする。
『死』という『安息』へ、逃げ込もうとする。
「その通りだ」
ピュティアが、その『逃避』を、冷徹に『事実』で遮る。
「和樹は死んだ。お前は生き残った。その『矛盾』は、もう変わらない。お前は『加害者』のままだ」
『治療者』の『メス』が、優作の『甘え(許されたい、あるいは、ここで死んで楽になりたいという願望)』を、根こそぎ切り捨てる。
「……で? どうする、優作」
ピュティアが、最後の『問いかけ』を、フリーズしかけた優作の『核心』に突きつける。
「選択しろ」
「和樹の亡霊(この矛盾)を背負ったまま、この『地獄(泥の窪地)』で一緒に朽ち果てるか?」
「それとも」
「その『矛盾』と『罪』を、一生背負い続ける『覚悟』を決めて、それでも前に進む(・・・・・・・)か?」
「(……!)」
ピュティアの言葉が、優作の『逃避』を強引に引き止める。
(……ここで朽ち果てる……? 和樹と『一緒に』?)
(……違う。……それは『一緒』じゃない。……和樹から『逃げた』俺が、今度は和樹を『道連れ』にして、『死』に逃げるだけだ……)
「(……ああ……そうか……)」
優作の震える『意識』が、ピュティアの『問い』を、ようやく『受容』する。
「(……俺は……『許し』を求めていたんじゃない……。ただ……『楽』になりたかっただけだ……)」
「(……『矛盾』から目をそむけて、フリーズすることで……『選択』から、逃げていただけだ……)」
優作は、ゆっくりと顔を上げた。
『泥』の中で、崩れ落ちそうになる身体を、両手で支える。
その視線の先に、背後から憑いてきていた『和樹の亡霊』が、いつの間にか、優作の『隣』に立っていた。
哀しみの表情のまま、ただ、優作を見ている。
優作は、「許し」を求めることを、諦めた。
そして、「ここで死ぬ」ことも、諦めた。
彼は、和樹の亡霊から、目をそらさない。
「(……和樹……)」
優作は、声にならない声で、彼に『誓う』。
「(……俺は、お前を殺した『矛盾』を……一生背負う)」
「(……お前に『許し』を求める資格は、ない)」
「(……だが……!)」
優作は、『泥』に手をつき、自らの『足』で、立ち上がった。
『フリーズ』は、解除された。
『覚悟』が、決まった。
「(……それでも、俺は……前に進む)」
優作は、和樹の亡霊(哀しみの表情)を、その『隣』に伴ったまま。
その『視線』を、一生、背中に受け続ける『覚悟』を決めて。
『地獄』の終着点、最後のエリアである『佐知子(臨界事故)』のエリアへと、その『卑怯者』の第一歩を、踏み出した。




