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『異世界人間失格 ~スキル【批評】持ちの独白~』  作者: 猫寿司
第7章:『あるいは、私という人間の地獄の始まり』

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第二十部:こころのかけら(あるいは、矛盾の克服)

『高校』エリアの空気は、『中学』のそれよりわずかにマシだった。

だが、優作にとっては、むしろ今が本当の『地獄』だった。


目の前には、無彩色の教室の中心に座る『影』。

『中学』のヤンキーたちとは違う、冷徹な『支配者』の圧。

『(……こいつが、俺が空手を始めた理由……)』

怒り、恐怖、そして『克服』したはずの記憶が蘇る。


その『影』が、ゆっくりと輪郭を結ぶ。

背は高いが、ヤンキーのようなだらしなさは微塵もない。きっちりと着こなした制服。無駄のない筋肉質な体躯。

そして、常に他人を見下し、値踏みするような、冷たい一重の目。

『K』――神城かみしろ 恭一きょういち

彼こそが、優作が『中学』の屈辱の末に、『力』を渇望した相手だった。


だが、それ以上に。

背後、数歩下がった場所に、あの『和樹(B君)』が、亡霊のように、無表情で立ち尽くしている。

その『無』の視線が、優作の背中に突き刺さっている。

『(……和樹が、見ている……)』


「さあ、シミュレーション開始だ」

ピュティアが、高みの見物を決め込むように、教室の隅で浮遊した。

「お前が『暴力の連鎖を断ち切った』と自負する、輝かしい『高校デビュー』の記憶だ。……さっきから『設定』がおかしいぞ、優作。ちゃんと『ログ』を再生しろ」


神城(K)が立ち上がり、優作の胸ぐらを掴む。

過去ログの再生だ。

『――おい、優作。お前、口だけは達者なんだってな』

神城の冷徹な嘲笑が響く。


『(……立て! 戦え!)』

内側から『ヒーロー(理想)』の声が響く。

『(……今のお前なら、中学の時のようにやられはしない! お前が身につけた『力』を見せろ!)』

そうだ。俺は、こいつを倒せる。

優作は、ハッキリとした輪郭を取り戻した『手』を、拳として握りしめた。


だが、その瞬間。

背後の『和樹』の視線が、拳を握ったその『手』に、突き刺さった。


「(……あ……!)」

優作は、凍りついた。

この『拳』は。

この『力』は。

『中学時代』、ヤンキーに殴られた『屈辱』を、『和樹』の腹を蹴り上げることで『転嫁』した、あの『暴力』そのものではないか。


『(……この手で……この力で、神城を殴ったら……俺は、あの時(中学)と、何が違うんだ……?)』

『ヒーロー』が『(殴れ!)』と叫び、

『和樹』が『(……その手で、俺を殴った……)』と無言で訴えかける。


「(……だめだ……殴れない……!)」


優作の『葛藤フリーズ』を、神城は見逃さなかった。

『――ほらな、口だけだ』

神城の拳が、優作の顔面を捉えようと迫る。


「(……!)」

『和樹』への罪悪感で、体が動かない。

だが、殴られれば、また『中学時代』と同じだ。あの『屈辱』が戻ってくる。

あの『屈辱』こそが、俺に『和樹』を殴らせた元凶じゃないか。


「(……殴らない。……だが、殴られもしない!)」

「(……中学の時のように、一方的にやられて、その『屈辱』を、また誰か(和樹)に向けるのだけは、もうごめんだ!)」

「(……これは『暴力』じゃない。俺が『自殺』しないための、『抵抗』だ!)」


神城の拳が迫る。

優作は、もう『中学時代』の彼ではなかった。

彼は、神城(K)の『暴力』によって自殺寸前まで追い詰められ、救いを求めて『高校』で入った空手道場で、生き延びるための『手段(技術)』を、一心不乱に身につけていたのだ。

[道着姿で腕を組む、厳しい目つきの師範の画像]

「(……師範……)」

当時の優作は、神城への『恐怖』と『復讐心』に燃え、ただ技術だけを渇望していた。師範がどんな目で自分を見ていたかなど、気にしたこともなかった。

だが、『今』、この『地獄』の中で、記憶の中の師範の『目』を思い返す。

「(……そうだ……あの人は、俺が復讐心でサンドバッグを殴り続けていても、止めもしないし、叱りもしなかった。……ただ、見ていた……?)」

「(……あれは……『温かい目』……だったのか? 俺が、俺自身の力で『抵抗』するのを……見守ってくれていた、とでもいうのか……?)」

「(……俺は、ただ『技術』だけを盗んでいたつもりだった。……だが、あの人は……!)」

師範は、弱者が強者に抵抗するための『技術』を、ただ黙々と叩き込んでくれていた。


優作は、その『技術』で、神城の拳を『受け流し』――踏み込んだ!

「(……俺は、お前の『言いなり』には、ならないッ!)」

叩き込まれた、一切の容赦がない、体重の乗った『ローキック(下段蹴り)』が、神城の影の太腿を完璧に捉えた。


『グッ……!?』

神城の影が、初めて『驚愕』と『苦痛』に顔を歪め、バランスを崩して『泥』の中に崩れ落ちた。

『(……なんだ……こいつ……!)』

『支配者』であった神城が、初めて『敗北』した瞬間だった。


『影』は、チリチリと音を立てて『靄』へと戻っていく。


「……へえ。やったじゃないか。復讐完了、ってとこか」

ピュティアが、つまらなそうに言った。

教室の真ん中に、四つ目の『こころのかけら』が、静かに光っていた。

「ミッションクリアだ。『抵抗する手段(あるいは、弱者の武器)』のかけら、ゲット」


優作が『かけら』に触れる。

【変化】――『両足』の輪郭がハッキリとし、『泥』の中に、完全に『自分自身の足』で、よろめくことなく立ち上がることができた。


「(……立った……! やった……俺は、『K』を克服した……! 『力(技術)』で、あいつを倒したんだ……!)」

彼は『ヒーロー』のようにはなれなかったが、『中学』の自分とは違い、一方的に殴られなかった。

その『達成感』を胸に、彼は、振り返った。


そこには。


相変わらず、『和樹』が、無言で、無表情で。 優作が『K』を克服したその『達成感』を、冷ややかに見つめている。


優作の『達成感』が、急速に冷えていく。


「(……そうか……そうだよな……)」

優作は、ハッキリとした『足』で立っている。

だが、その『足』は、神城を蹴り倒した『足』は、あの『中学時代』に、ヤンキーから受けた屈辱を、『和樹』の腹を蹴り上げることで『転嫁』した、あの『足』だった。

「(……俺がKに『正当な抵抗』で勝ったとしても……お前(和樹)を、この『同じ力』で殴った『事実』は、何も、変わらないんだ……!)」


その時。

ずっと『無言』を貫いていた『和樹』の亡霊が、初めて、その青白い唇を開いた。


その声は、憎悪でも、悲しみでもなく、ただ、凍てついた『事実』だけを告げる声だった。


『(……お前は……抵抗できたんだな)』

「(……あ……かずき……?)」

『(……その『力(空手)』で……ちゃんと、抵抗して……お前は、『自殺』を回避できたんだ)』

「(……ちが……俺は……!)」


『(……お前は、抵抗できた)』

『(……俺は、抵抗できなくて、自殺した)』


「(………………ッ!)」

優作は、言葉を失った。

これこそが、彼が目をそらし続けてきた、この『地獄』の核心。

『ヒーロー(理想)』でも『K(被害)』でもない。


『(……お前は、助かった)』

『(……俺は、助からなかった)』

『(……お前は、俺を殴った、その『力』で……自分だけ、助かったんだ)』


「(……ああ……ああああああああああああっ!)」


『矛盾』が、和樹の『言葉』となって、優作の精神を内側から引き裂く。

優作は、せっかく立ち上がった『足』の力を失い、再び『泥』の中に膝から崩れ落ちた。


「……あーあ。ついに核心、言われちまったな」

ピュティアが、その無様な姿を見下ろし、楽しそうに『高校』エリアの出口を指差した。

『一本道』の先に、最後の『靄』が見えていた。

その奥から、警報アラームの音と、炎の匂いが、かすかに漂ってくる。


「さあ、最後のエリアだ。お前が、この『異世界』に来る直前に、見捨てた『過去』」

「『佐知子』のエリアだ」


優作は、『K』を克服した『達成感』の全てを和樹の『言葉』によって粉砕され、背後にその『矛盾』の亡霊を背負ったまま、最後の『地獄』へと足を踏み出さなければならなかった。

(第二十部、了)

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