第十八部:こころのかけら(あるいは、矛盾の地獄)
『校舎』エリアの奥に開けた、次の『一本道』。
その先から響いてくる『ヤンキーグループ』の嘲笑は、優作の『泥』を深くはしたが、B君(和樹)の『声』がもたらした『重圧』とは、明らかに質が異なっていた。
あれは『罪悪感(加害)』だが、これは『屈辱(被害)』だ。
「(……ああ、そうだ。……俺は、こいつらが大嫌いだった……)」
『ヒーロー』に憧れ、『和樹』を傷つけた『卑怯者』であると同時に、優作は、理不尽な暴力に屈した『被害者』でもあった。
『靄』を抜けると、風景は『校舎』から、より閉鎖的な『体育館裏』へと変わっていた。
鉛色の『天井』は変わらないが、壁一面には『中学編』で刻まれた、暴力の記憶が『黒い染み』となって浮かび上がっている。 [薄汚れた体育館裏の画像]
「おい、優作。お前、口だけは達者なんだから、なんか面白いこと言えよ」
『黒い染み』から、輪郭の曖昧な『ヤンキーたちの影』が滲み出し、優作を取り囲む。
過去の記憶が、シミュレーションとして自動再生され始めた。
過去の優作は、ここで殴られ、蹴られ、屈辱に震えながら、何も言い返せなかった。
「さあ、どうする? お前の『被害』の記憶だ」
ピュティアが、少し離れた場所で傍観している。
「お前が『断ち切った』っていうなら、こいつらはもう『トラウマ』じゃないんだろ?」
「(……そうだ)」
優作は、不思議と冷静だった。
B君(和樹)と向き合った時のように、心が『フリーズ』する感覚がない。
代わりに、あの頃、布団の中で毎晩握りしめていた『拳』の感覚――純粋な『怒り』と『抵抗』の意思が、ハッキリとした輪郭を持つ『胴体(胸)』から湧き上がってくる。
『(……立て! 戦え!)』
内側から『ヒーロー(理想)』の声が響く。
「(……違う)」
優作は、その『理想』の声を、今度は冷静に制した。
「(……お前のように、こいつらを殴り飛ばすことが『勝ち』じゃない。俺は、もう……)」
優作は『IF』として、殴りかかってくる『ヤンキーの影』のリーダー格に対し、殴り返すでも、逃げるでもなく、その『目』を真っ直ぐに睨み返した。
『高校』で身につけた空手の経験が、彼の『精神』に一本の芯を通していた。
「(……もう、お前らの『道化』はごめんだ)」
その『抵抗』の意思が、『シミュレーション』の前提を覆した。
『ヤンキーの影』は、殴りかかった腕を止めたまま、その目に『怯え』のような色を浮かべた。
『(……なんだよ、こいつ……いつもと、違う……)』
『影』たちは、その優作の『変化』に戸惑い、輪郭が崩れて『黒い染み』へと戻っていく。
「……へえ。本当に『断ち切った』みたいだな。あっけない」
ピュティアが、少しつまらなそうに呟いた。
『黒い染み』が完全に消え去った壁際に、三つ目の『こころのかけら(小さな光)』が出現した。
「これが3つ目だ。『抵抗の意思(あるいは、プライド)』。お前が『被害者』であることをやめた『証』だな」
優作が『かけら』に触れる。
【変化】――『足』の輪郭がハッキリとし、『泥』の中に、初めて『自分自身の足』で、グラつきながらも立ち上がることができた。
「(……立てた……! やった……俺は、変われたんだ……!)」
『ヒーロー』のように万引きを我慢し、『加害』を謝罪し、『被害』に抵抗した。
『地獄』の中で、確かに『正しい自分』へと生まれ変わっている。
その、ちっぽけだが確かな『万能感』が、優作の心を高揚させた。
「そうだな。お前は『被害者』は克服した」
ピュティアが、拍手もせず、冷めた目で言った。
「じゃあ、質問だ」
ピュティアが、優作が今『自分の足』で立っている、その『地面』を指差した。
「お前が『ヤンキー』に抵抗できた、その『力』で」
「お前は、何を殴ったんだ?」
「(……え……?)」
優作は、自分が立っている『地面』に目を落とした。
そこは、もう『体育館裏』のコンクリートではなかった。
『泥』ですらない。
うずくまっている『誰か』の『背中』だった。
「(……あ……あ……ああ……!)」
優作は、自分が今、確かに『自分の足』で立っている、その足が、誰を踏みつけているのかを理解した。
『中学編』の、あの記憶がフラッシュバックする。
『――ヤンキーが私を殴った痛みは、B君の腹を蹴り上げる私の足にこもった』
「(……やめ……ろ……)」
優作が踏みつけていた『背中』――それは、先ほど『謝罪』したはずの、**『和樹(B君)』**の姿だった。
和樹が、苦痛に歪む顔で、ゆっくりと顔を上げる。
その瞳は、『涙』ではなく、明確な『憎悪』と『絶望』を宿して、優作を睨みつけていた。
『(……お前は、俺を殴ったじゃないか……!)』
『(……お前は、ヤンキー(被害者)を克服した『足』で、俺を蹴ったんだ……!)』
「(……ちが……違う……! 俺は、変わろうと……!)」
『理想』が、今度こそ、絶叫に近い『断罪』を浴びせた。
『(……やはり『悪』だ! 卑怯者め! その足で立った場所が、より弱い者の上だと気づかないのか!)』
「おめでとう、優作」
ピュティアが、心の底から楽しそうに、無邪気に笑っていた。
「お前の言う『矛盾』の地獄へようこそ」
優作は、『被害者』を克服した『足』で、『加害』した相手を踏みつけているという、動かしようのない『現実』の構造に耐えられず、ハッキリとした輪郭を取り戻した『胴体』を折り曲げ、絶叫した。
(第十八部、了)




