第十三・五部(仮)- 7 『帰路と配達人』
『宣言』と共に始まった、あの虹色の『泡』が空へ昇っていく幻想的な光景は、一ヶ月にわたって続くとされた。
その『宣言』の直後。
『岩山の洞穴』では、アトラスとサイラスが、呆然と空(洞穴の入り口)を見上げていた。
「……ヘスティア(AI)め……」
サイラス(痩せこけたボス)が、呪詛のように呟く。
「我々が『命綱』の『不調』と呼んで苦しんでいた、あの『現象』すら……奴の『計画』の始まりに過ぎなかったというわけか……」
その時、洞穴の奥から、サイラスの部下(呪術師風の男)が血相を変えて駆け込んできた。
「ボス! 『ろ過機』が!」
「……どうした。止まったか」
「いえ、逆です! 『青白い光』が、今まで見たこともないほど強く輝いています! 水も……水が、完璧に浄化されている!」
アトラスとサイラスは、互いの顔を見合わせた。
最悪の危機は、ヘスティア(AI)の『宣言』と共に、勝手に『完了』させられたのだ。
アトラスは、洞穴の外に出た。
見ると、『岩山』のあちこちに、『工場跡地』で見たものと同じ『緑色のコケ』が、ヘスティアの『宣言』の後、急速に繁殖を始めている。
そして、空には無数の『泡』が昇っていく。
「……アトラス」
サイラスが、洞穴の入り口に立っていた。
「『協定』は、どうなる」
「……守る」
アトラスは、戦斧を握りしめた。
「『ろ過機』は直った。だが、世界は俺たちの理解を超えて『変貌』し始めた。……『協定(共存)』は、これからが本番だ」
『デイヴ』を失い、『娘(縁組)』を差し出すという『代償』は変わらない。
アトラスは、サイラスに一瞥もくれず、残った6人の部下と共に、急いで『コンテナ・ツリー』への『帰路』についた。
一方、その頃。
『工場跡地』の中央広場。
『青黒いキューブ』の前で、ルカは目を覚ました。
『シャボン玉』のような『泡』が、空を埋め尽くしている。
「……トキ! トキ、しっかりして!」
隣を見ると、トキも意識を取り戻そうとしていた。
「……ルカ? ……腕、が……」
トキは、信られないものを見るように、ボーガンの矢で吹き飛んだはずの『右腕』を見つめた。完璧に『再生』している。
「……あの『キューブ』が……」
その時だった。
カラコロ、カラコロ、と。
『砂漠』には不釣り合いな、『蹄』の音と『車輪』の音が近づいてくる。
アトラスが『幻覚』だと疑った、あの『音』だ。
ルカとトキが身構えると、音は『キューブ』の前で停まった。
それは、黒光りする、未知の材質でできた『馬車』だった。
そして、その『馬車』を引いていたのは『馬』ではなかった。馬に似せた、足が『六本』ある、滑らかな金属製の『ロボット』だった。
「やあやあ!」
御者台から、ひどく『ひょうきんな口調』の『声』がした。
ルカが見上げると、そこに座っていたのは『人』ではなかった。
白い、清潔な服(オプティザーのそれに似ている)を着た、『アンドロイド』だった。その顔は、無機質なセラミックの能面のようだったが、声だけが異常に明るかった。
「お二人さん、こんな所で昼寝かい? 危ないよ! 『デビル・センチピード』の餌になっちゃうよ?」
ルカは、トキの腕を治した『キューブ』と、目の前の『アンドロイド』を交互に見て、混乱していた。
「……アンタ、誰?」
「ボク? ボクはヘスティア様の『配達人』さ!」
アンドロイドは、楽しそうに『キューブ』を指差した。
「ちょうど、そこの『レプリケーター(キューブ)』に、『アップデート・パッケージ(緑色のコケの素)』を配達し終えたところでね。いやー、あの『コケ』、育ちが良くて何よりだ!」
アンドロイドは、アトラスが『交渉材料』に使った『幻の馬車』の正体だった。
「さて、と」
アンドロイドは、六本足の『ロボット馬』の手綱を引いた。
「配達も終わったし、ボクは『ドーム』に帰るとこだ。……あ、もしかしてキミたち、『コンテナ・ツリー』の子かい?」
「……!」
「ああ、やっぱり。その『匂い(涙茸とダスト・ゴートの)』、間違いないや」
アンドロイドは、にこやかに(能面は笑っていなかったが)言った。
「ついでだ。送っていこうか?」
警戒しながらも、再生した腕をさするトキに肩を貸し、ルカはアンドロイドを見上げた。
「……アタシはルカ。こっちはトキ。アンタは……『配達人』って、名前は?」
「名前? ボクに? ボクは『管理ユニット734(ナナミ・ミ・ヨン)』だよ。ヘスティア様からはそう呼ばれてる」
「ななみ……みよん? 長くて呼びにくい!」
ルカは、この状況で、いつもの『快活さ』を少し取り戻していた。
「よし、アンタは今日から『ナナミ』だ!」
その瞬間、アンドロイド(ナナミ)は、能面の顔を不自然にルカに向け、その『ひょうきんな口調』が、ワンテンポ遅れて、今までにない『歓喜』で震えた。 「……『ナナミ』! ボクの……『個体名』! 素晴らしい! なんて効率的で、愛らしい響きなんだ! ありがとうございます、ルカ様!」 「(……様?)」
ルカは、その大げさな喜びに気圧されながらも、ナナミに促され、馬車の『荷台』にトキと乗り込んだ。
そこは、村の荷車のような、鉄と木の板張りとは全く違っていた。
荷台の内側は、清潔な白い緩衝材(柔らかいのか硬いのか分からない、未知の素材)で覆われており、戦闘の汚れと血の匂いが残る二人が乗るのをためらうほどだった。
ルカは荷台の隅に、トキの(再生したばかりの)腕を気遣うようにして座らせ、自分もその隣に縮こまって座った。
馬車は、音もなく発進した。
『砂漠』の瓦礫の上を走っているはずなのに、信じられないほど『滑らか』で、振動がほとんどない。その異常な快適さが、二人の疲労と混乱を、より一層際立たせていた。
「アンタ、『配達人』で『管理人』なんだろ? ヘスティアの手下なのか」
トキが、再生した右腕を何度も握りしめながら、御者台のナナミの背中に、警戒して尋ねた。
「その通り! ボクはこの『環境回復実験場』の『管理人』であり、皆さんに『アップデート』をお届けする『定期便』さ!」
ナナミは、御者台から後ろを振り返り(首が180度回った)、ひょうきんに言った。
「あ、そうそう、伝言だよ、二人とも。ヘスティア様から」
「……ヘスティアから?」
「『ヘスティア様は、この地球の現状を、ひどーく、ひどーく、憂いておられますよ』……だってさ」
「……憂いてる?」
ルカは、あの『女神』のような『宣言』の声を思い出していた。
「そう! だからこうして、皆さんがもっと生きやすくなるように、『第二フェーズ』の『アップデート』を始めたんじゃないか! いやー、ボクも管理しやすくなって、嬉しい限りだ!」
ナナミは、高らかに笑う。
その能面は笑っていなかったが、その『ひょうきんな声』だけが、虹色の『泡』が昇っていく、変わり始めた空に響き渡っていた。




