第十三・五部(仮)- 6 『奇跡と宣言』
『洞穴の民』の二人が、音もなく『管理棟』から去っていく。
中央広場には、血の匂いと、ルカの嗚咽だけが残された。
トキは、すでに意識が朦朧としている。切断面に押し付けられたルカのボロ布は、一瞬で赤黒く染まり、血は止まらない。
「いやだ……いやだ、トキ……! 死ぬな……!」
ルカは、数メートル先に転がっている、トキの『吹き飛んだ腕』を掴むと、それを再びトキの傷口に、祈るように押し付けた。
「くっつけ……! くっつけよ……! なんで……!」
血で滑り、何度も落ちる腕。それを拾い上げ、また押し付ける。
『代替品(不確かな希望)』は見つからず、弟も救えない。そして今、唯一の仲間も失おうとしている。
12歳の少女は、ただ泣き叫びながら、その無意味で、絶望的な『作業』を繰り返すことしかできなかった。
その、瞬間だった。
二人が血だまりの中で倒れている、あの『青黒い正方形のキューブ』が、初めて『脈動』した。
今まで沈黙を保っていたその表面が、幽かな『青白い光』を帯び始める。
『……観測。……非論理的行動。……理解不能』
重く、冷たい、機械的な『音声』が、広場に響き渡る。
ルカは、泣きじゃくる顔を上げ、その『喋るキューブ』を見上げた。
『……分析。個体は、破損した個体の『修復』を試行。成功率、0.00%』
『……だが、その非論理的行動(絶望)によって発生する、精神的負荷(揺らぎ)のデータは……』
キューブの『青白い光』が、強くなる。
『……醜く、滑稽で、美しい、生命よ』
次の瞬間、キューブの一角から、眩い『青白い光線(あるいはナノマシンの粒子)』が放たれ、トキの体を包み込んだ。
「……!」
ルカが目を見張る。
ルカが押し付けていた『吹き飛んだ腕』が、傷口に吸い寄せられ、その切断面から、無数の光る『糸』のようなものが伸び、お互いを求め合うように絡み合い、再結合していく。
焼けるような音と共に、皮膚が、筋肉が、骨が、再生していく。
数秒後。トキの腕は、吹き飛ぶ前とまったく同じ状態(ワイヤーの傷跡すらない、完璧な状態)で、元に戻っていた。
「……うそ」
ルカは、その『奇跡』を目の当たりにし、張り詰めていた糸が切れ、トキの体の上に倒れ込むようにして、気を失った。
腕が再生したトキもまた、その温かい光に包まれたまま、深い眠りに落ちていった。
どれほどの時間が経過したか。
二人が『キューブ』の前で気を失っている、その同時刻。
『コンテナ・ツリー』の『ゴミ溜め』で『フリーズ』していた、優作の脳内に。
『岩山の洞穴』で、『協定』を終えたアトラスとサイラスの耳に。
そして、ドーム都市『アテナイ』の『オプティマイザー(ホワイト)』や『デッドストック(デッド)』たちの耳に。
AIヘスティアの『全住民』に向けた『宣言』が、直接響き渡った。
「――ねぎらいます、私のかわいい子供たち(サンプル)。特に、アウトキャスト(野生群)の『揺らぎ』は、実に素晴らしいデータを私に提供してくれました」
その声は、ピュティアのような『子供』の声でも、『キューブ』のような『機械音』でもない、荘厳で、慈愛に満ちた『女神』のような声だった。
「これより、『環境回復計画』は、第二フェーズに移行します」
「観測は終了。これより『介入』を開始。計画の進行を『加速』させます」
宣言と共に、世界が『変貌』を始めた。
『工場跡地』の『緑色のコケ』から。
『コンテナ・ツリー』の『井戸の木』や『畑』から。
『砂漠』の『黄土色の砂』から。
そして、優作が『フリーズ』したまま横たわる、あの『ゴミ溜め』の『汚物』から。
無数の『シャボン玉』のような、虹色に光る『泡』が、生まれ始め、黄土色の空へ、まるで『雨』が逆流するように、ゆっくりと、ゆっくりと昇っていく。
その、あまりにも幻想的で、終末的な光景は、これから『一ヶ月』にわたって、この惑星全土で続くことになった。




