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『異世界人間失格 ~スキル【批評】持ちの独白~』  作者: 猫寿司
第六章:あるいは、私という人間の『仕様(スペック)』

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第十三・五部(仮)- 5 『死闘と信号』

「……そんな」


『浄水管理室』は、無惨な姿を晒していた。

ろ過装置の配管は引きちぎられ、予備パーツの棚は『ラピッド・リザード』の爪痕によって鉄屑と化している。

全ての『希望』が、物理的に破壊されていた。


「……嘘、だよね」


ルカは膝から崩れ落ちた。

これが無いと、村の『ろ過機』が止まる。

弟コウの命が、尽きる。


「……ルカ、立て」


トキが、その細い腕を掴み、無理やり立たせる。

フードの奥で、少年もまた歯を食いしばっていた。


「……それでも、帰るぞ。コウのところに。アトラス様も、俺の親父も、待ってる」

「……うん」


二人は、絶望で鉛のように重くなった足を引きずり、管理棟の中央広場――あの『青黒い正方形のキューブ』が鎮座する場所まで戻ってきた。

一刻も早く、この『死地』から脱出しなければならない。


だが。

彼らが広場に足を踏み入れた、その瞬間だった。


「……チッ。ここもシケてやがる」


低い、ダミ声が響く。

広場の四方、崩れた通路の影から、二つの人影が現れた。


『敵対部族(洞穴の民)』の回収班だ。

アトラスの村のようなジャンクパーツの鎧ではない。彼らは『ラピッド・リザード』の皮をなめしたローブをまとい、顔には不気味な青白いペイントが施されている。

手には、黒曜石のナイフと、獣の骨を研ぎ澄ませた槍。

そして、リーダー格の男は、旧文明の『大型ボーガン』を構えていた。


彼らもまた、浄水管理室の惨状を確認し、獲物が無いことに苛立っていたのだ。


「……『コンテナ・ツリー』のガキか」


リーダー格の男が、舌打ちと共にボーガンをルカたちに向ける。

八つ当たりのような、明確な殺気。


「そこをどけ、ガキども。邪魔だ」


もう一人の男が、骨の槍を構えて一歩踏み出す。

その威圧的な動作に、トキが反応してしまった。


「……ルカ、逃げろ!」


トキが叫び、ルカを『キューブ』の影へと突き飛ばす。

同時に、仕込みワイヤーを振り抜き、槍を持つ男の足元を狙った。

恐怖ゆえの、反射的な先制攻撃。

だが、それが最悪の引き金を引いた。


「……! 愚かな」


槍の男はワイヤーを軽々と飛び越える。

その隙を見逃さず、リーダー格の男が冷酷にボーガンの狙いを定めた。

狙いは、トキではない。

奥で震えている、ルカだ。


「先に、女の方から殺れ!」


放たれた矢が、空を裂く。


「――ルカッ!!」


トキが、身を投げ出した。

ルカを庇い、その小さな体で矢の射線に割り込む。


ドシュッ!


重く、鈍い着弾音。

トキの右腕に、太い矢が深々と突き刺さった。

瞬間。


ドォン!


着弾した矢が、破裂した。

それは対猛獣用に火薬が詰められた、炸裂矢だった。


「……あ」


トキの右腕が、二の腕から先、肘も、手も、ワイヤーもろとも、肉片となって四散した。


「……あ……あああああああああああああああああああああああああああッ!!」


ルカの絶叫が、工場跡地に響き渡る。

トキが声もなく崩れ落ちる。切断面から、血がポンプのように噴き出した。


ルカの中で、何かが焼き切れた。

敵への恐怖も、任務も、全てが消え去った。

彼女は倒れたトキに駆け寄り、自分の服を破いて、その傷口に押し付ける。


「いやだ! いやだ! 死ぬな、トキ! 血、止まれ! 止まれよ!」


止まらない。

ルカは錯乱し、数メートル先に転がっている『トキの腕だった肉塊』を拾い上げ、それを傷口に押し付けようとした。


「くっつけ! くっつけよ! なんで! いやだ! いやだあああ!」


敵の男たちは、その常軌を逸した光景を冷ややかに見下ろした。


「……チッ。矢を一本無駄にした。……とどめを刺せ」


槍の男が、無慈悲に穂先を振り上げる。

ルカとトキの命が、終わろうとしていた。


その時だ。


ズ……ン!


工場の外、遥か彼方から、腹に響くような爆発音が届いた。


ピカッ!


同時に、天井の穴を通し、空が一瞬だけ赤黒く発光する。

アトラスが放った、サイラスへの『信号』だ。


槍を振り上げていた男が、動きを止める。

リーダー格の男が、ハッと空を見上げた。


「……この音と、色……」

「リーダー、今のは」

「……サイラス様からの『信号』だ。『協定成立』。『交戦停止』……だとよ」


男は忌々しそうにボーガンを下ろした。

まだ血を流し続けるトキと、狂ったように叫ぶルカを一瞥する。

もはや、脅威ですらない。


「行くぞ。撤退だ」

「し、しかし……」

「命令だ。……それに、あのガキはもう助からん」


男たちは踵を返し、音もなく闇へと消えていった。

広場には、ルカの嗚咽と、血の匂いだけが残された。



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