第十三・五部(仮)- 4 『野営と絶望』
優作が、あの『ゴミ溜め』で『フリーズ』して、二日目の夜が来た頃。
『ラピッド・リザード』の追跡を振り切り、『地下変電室』のマンホールを開け、暗闇の中へ滑り込むように身を躍らせたルカとトキは、息を殺していた。
カビと埃ほこりの匂いが充満する、旧時代の暗闇。
遠く地上から、リザードの甲高い威嚇音や、『敵対部族(洞穴の民)』が機械の残骸を漁あさる金属音が、不気味に響いてくる。
「……行った、みたいだね」
ルカが、ようやく息を吐く。
トキは、マンホールの蓋を静かに閉めると、その裏側にある**補強用の鉄の梁**に、素早く細い『ワイヤー』を結びつけた。そして、ワイヤーの先端に音が出るように『金属片(旧時代のネジとボルト)』をいくつか括くくりつける。もし侵入者が蓋を開ければ、ワイヤーが引かれ、金属片が落下して音を立てる簡易な『警報トラップ』だ。
トキは仕掛けを終えると、錆びついた梯子を伝って地下深くへと降りた。そこは旧時代の排水溝だったが、もう何十年も雨が降っていないこの世界では水が流れることはなく、乾いた巨大なトンネルとして施設奥深くへと続いていた。
二人はトンネルの壁際に身を寄せ、トキは背嚢はいのうから『赤い実』のガラ(虫除けの匂いがする)を取り出し、小さく火を点けた。
煙の出にくいそのガラは、冷え切った地下で唯一の暖房であり、獣避けでもあった。
パチパチと、か細い火が爆はぜる。
二人は、疲弊ひへいしきった体を壁にもたせかけ、携帯食(干した『涙茸なみだだけ』)を無言で口に放り込む。
「……」
トキが、火を見つめながら、不意に口を開いた。
「……ルカ」
「……なに?」
「お前、出発前、あの『ゴミ(優作)』に『涙茸』のクズを投げたらしいな」
唐突な問いに、ルカの動きが止まる。
「トキの親父(ナンバー2)に聞いた。……リーダー(アトラス)の命令違反だ。『資源の無駄』だ」
トキの『黄色い目』が、冷たくルカを射抜く。
極限状態だからこそ、彼はルカの「甘さ」や「無駄な行動」を咎めたのだ。
「……いいじゃん、別に! 減るもんじゃないし!」
ルカは、図星を突かれて、いつもの『快活さ』で反発する。
「アイツ、アタシの弟コウみたいに『弱い』くせに、まだ死なないんだよ? 臭くて、アトラスに一発でやられたくせに……見てると、なんか……ムカつくっていうか……!」
ルカは、自分でも整理しきれない感情を吐き出す。
弱いのに生きている優作への苛立ち。それは、弱いくせに生きようとする弟コウへの、愛情と表裏一体の感情でもあった。
「……情けは、いつか自分を殺すぞ」
トキは、それだけ言うと、ワイヤーの手入れを再開した。
ルカは、弟コウの顔を思い出し、何も言い返せず、焚き火に強く息を吹きかけた。
翌朝。
二人は『敵対部族』の動きが鈍る(彼らもまた、夜行性の『獣』を警戒している)時間帯を狙い、地下排水溝を伝って工場の最深部、『管理棟』の真下まで移動した。
そして、錆びついたメンテナンス用の螺旋階段を慎重に上り、重い鉄扉を押し開けて、ついに地上の『管理棟』内部へと潜入を果たした。
『管理棟』の中央広場は、ガラスの天井が抜け落ち、黄土色の光が差し込んでいた。
その広場の中心に、それは鎮座していた。
高台から見えた、あの『青黒い正方形のキューブ』。
一辺が5メートルはあろうかという、滑なめらかな表面の『異物』。
「うわ……やっぱりキモい。近寄らないようにしよ」
ルカが顔をしかめる。
「……ルカ、アレ」
トキが、キューブの『根元』を指差す。
「……この『緑色のコケ』、この『キューブ』の周りから広がってないか?」
トキの言う通り、昨日、工場を覆い始めていた『緑色のコケ』は、明らかに、この『青黒いキューブ』を発生源として、じわじわと工場全体を侵食しているようだった。
「(……不気味)」
二人は、その『異常』から目をそらすように、目的地の『浄水管理室』へと急いだ。
アトラスやトキの父親が、『10年前』に『ろ過機』を運び出した、あの場所へ。
「ここだ!」
錆びついた扉をこじ開ける。
そこには、村の『ろ過機』と『同型』の装置が、壁一面に並んでいるはずだった。
『不確かな希望』が、そこにあるはずだった。
だが。
「……あ……」
ルカの、乾いた声が漏れた。
そこは、『浄水管理室』などではなかった。
『ラピッド・リザード』の『巣』になっていた。
壁一面に『緑色のコケ』が張り付き、床には『獣』のフンと、食べ散らかされた『デビル・センチピード(巨大ムカデ)』の甲殻こうかくが散乱している。
そして、壁に並んでいたはずの『制御盤』や『青白い光』は……すべて、リザードの爪と牙によって、原型を留めないほどに破壊し尽くされていた。
『代替品(修理部品)』は、ここには『存在しない』。
「……そんな」
ルカは、その場に膝から崩れ落ちた。
弟コウの命を繋ぐ『不確かな希望』が、完全に絶たれた瞬間だった。




