第十三・五部(仮)- 1 『任務と戸惑い』
優作が、あの『ゴミ溜め』で生きることを放棄し、自分の汚物と『虫』にまみれながら『無』に還ろうと目を閉じていた、その夜のこと。
(アトラスが『プランB(交渉)』のため、デイヴを含む主力7名を引き連れて村を出発した、その翌日の夜である)
『コンテナ・ツリー』では、その『不在』が重くのしかかっていた。
村のリーダーであるアトラスは、この『水』の危機に対し、村の未来を賭けた『プランB(敵対部族との交渉)』を実行するため、右腕のデイヴを含む主力戦闘員7名を引き連れ、昨日、すでに村を出発していたのだ。
残された村は、リーダーと最強の戦力を欠いたまま、深刻な『エラー』の進行に直面していた。
『ひょうたん型のろ過装置』の『青白い光』は、この一日でさらに弱まり、村の『水』の供給が、いつ止まっていてもおかしくない状況に陥っていた。
アトラスから『プランA』の実行を託されていた、村のナンバー2(トキの父親であり、デイヴに次ぐボーガン使い)は、ついに『決断』を下した。
彼は、自分の息子と、村で最も『偵察』に優れた少女を呼び出した。
「……聞け。お前たち二人に、アトラス(リーダー)から託された『プランA』を実行してもらう」
トキの父親は、旧時代の錆びた地図(工場の配置図)を広げる。
「『砂漠の峠』を越えた先にある『リサイクル工場跡地』へ行け」
「……!」
トキの『黄色い目』が、フードの影でわずかに見開かれた。
「……はぁ!? 無理だって!」
ルカが、いつもの『快活さ』をかなぐり捨てて叫んだ。
「アソコは! 『ラピッド・リザード(大型トカゲ)』も『デビル・センチピード(巨大ムカデ)』もウヨウヨしてるんだよ!? 『洞穴の民(敵対部族)』だっているのに!」
ルカは、トキの父親に詰め寄る。
「アソコは、アトラスたち『大人(戦闘員)』が二人、護衛につかないと、アタシだって行っちゃダメって言ってたじゃん!」
「……」
「あの『砂漠』を数十キロも歩くだけで、どれだけ『体力』がいると思ってるの!? アイツら(野生生物)をもし『刺激』したら、アタシもトキも『確実に殺される』んだよ!? なのに、アタシたち二人だけなんて、死ねって言ってるのと同じじゃん!」
ルカの悲痛な叫びに、トキの父親は、アトラスと同じ『ケロイドの顔』を苦渋に歪めた。
「……文句は、水が飲めなくなってから言え」
「……!」
「アトラスたち『主力(プランB)』は、昨日出発した。この村に残っている『大人』は、お前たちの親(非戦闘員)と、最低限の『護衛』だけだ。もう、お前たち『二人』に賭けるしかない」
トキの父親は、地図の上を指差す。
「これは『回収』任務ではない。『偵察』だ」
「……偵察?」
「そうだ。10年前、俺たちがアトラスと『工場』から『ろ過機』を運んだ時、あそこにはまだ『同型機』の残骸があった。だが、この10年、あの『死地』に近づけた者はいない」
彼は、ルカとトキ、二人の子供の目を真っ直ぐに見た。
「……お前たち『二人』なら、あの『砂漠』を、敵(トカゲや部族)に気づかれずに『最速』で抜けられる。『大人』よりも『小さく』、『大人』よりも『速い』、お前たちにしか出来ない任務だ」
「……(トキは、父親の言葉の重さを理解し、黙って頷く)」
「『代替品(あるいは、修理に使える部品)』が、まだ『存在』するかどうか。それだけを確認してこい。……これは、命令だ」
「……ちぇっ」
ルカは、その『不確かな希望』のために『自殺行為』を命じられたことを理解し、それ以上何も言えなくなった。
「……わかったよ! やればいいんでしょ、やれば!」
ルカは、そう吐き捨てると、コンテナを飛び出していった。
その夜。
『コンテナ・ツリー』の中層、ルカと家族が暮らすコンテナの一室。
ルカは、眠れずにいた。
彼女の腕の中には、小さな弟、『コウ』(5歳)が、苦しそうな寝息を立てて眠っていた。
コウは、この村の『論理』からすれば、真っ先に『処分』されるべき存在だった。
彼は『病弱』で、『遺伝子操作(適応体)』の適合が、生まれつき悪かったのだ。他の村人が平気で飲む、あの『ろ過装置』を通した水ですら、コウはすぐに腹を壊してしまう。
『非生産的な住民(消費の無駄)』。
コウが生きている理由はただ一つ。姉の『ルカ』が、『二人分』の『生産価値(資源回収)』を、その『快活さ』と『俊敏さ』で叩き出しているからだ。
アトラスは、ルカという『超優良な労働資源』を繋ぎ止めるための『コスト』として、コウの『消費』を『黙認』している。
ルカは、その『取引』を、痛いほど理解していた。
「(……アトラスがいない今、アタシが、やるしかない)」
さっきまでの『快活さ』は、その顔から完全に消えていた。
『ろ過機』が止まれば、最初に死ぬのはコウだ。
だが、この『偵察任務(自殺行為)』に失敗し、アタシが死ねば、アタシの『生産価値』は『ゼロ』になる。
その瞬間、アトラスがいなくても、村の『論理』が、コウを『処分』するだろう。
12歳の少女の顔に浮かぶのは、『弟』を失うことへの『戸惑い(恐怖)』と、その『弟』の命を『人質』に取られて『死線』に赴くことへの『決意』だった。
夜明け前。
ルカは、腰のナイフを確かめ、旧時代のガスマスクを背嚢(はいnou)に詰め込んだ。
集合場所に行くと、トキは既に待っていた。彼は(彼もまた、守るべき幼い妹がいるのだ)フードを目深にかぶったまま、黙々と『ワイヤー』の手入れを終え、この『偵察任務』への出発の準備を完了させていた。
二人は、誰にも見送られることなく、『コンテナ・ツリー』を出発する。
その同時刻。
優作は、あの『ゴミ溜め』で、ルカが『弟』と『自分』の『価値』を証明するために『死』へと向かったことなど露知らず、『フリーズ』したまま、自分の『無』だけに浸っていた。




