第十三部:『フリーズ』(第四段階:抑うつ)
『ゴミ溜め』 に捨てられた優作は、もう動かなかった 。 『価値ゼロ』 という烙印は、第六区画で『デッドストック』と宣告された時とは比較にならない、絶対的な『現実』として彼に突き刺さった。
時間は、意味をなさなくなった。 化学スモッグの空が、黄土色から濃い茶色に変わる。夜だ。 また黄土色に戻る。朝だ。 優作は、ただゴミ溜めに転がったまま、虚ろな目でその『シミ』のような太陽を見つめているだけだった。
「優作。生命維持のための最低限の水分摂取を推奨します。ほら、そこに『井戸の木』 から染み出した水溜まりがありますよ」 ピュティアが(俺が)声をかける。 だが、優作は反応しない。
ゴミ溜めには、廃棄された『赤い実』 の食べカスや『ダスト・ゴート』(6本足のヤギ) の骨が転がっている。 それらに、無数の『虫』 が群がっていた。 金属光沢を放つ、親指ほどの大きさの甲虫 [user idea]。半透明で、優作の腕ほどもある、巨大なウジムシ(分解者) 。 その『虫』の一匹が、動かない優作の頬を這い上がっていく。 優作は、反応しない。 「……優作? キミの『新しい肉体(遺伝子操作体)』 は、旧人類より飢餓に強いですが、このままでは機能停止しますよ」 反応がない。
「あーあ。もう壊れちゃったの?」 ピュティアが(俺が)そのホログラムの顔を覗き込んだ時、けたたましい音が静寂を破った。
「シィィー! シィィー!」 あの『スクラッパー』(トカゲ鶏) の群れだった。 村の子供たちが、棒を振り回して『スクラッパー』たちを『ゴミ溜め』に追い立てている。彼らの『仕事(餌やり)』だ。 『スクラッパー』たちは、優作のすぐ側で、『生ゴミ』や、あの巨大な『ウジムシ』を、その鉤爪で漁り、鋭いクチバシで引き裂き始めた。
一羽が、動かない優作を『新しいゴミ』と誤認したのか、そのウロコに覆われた頭で、優作の頬を突いた。 「……」 優作は、反応しない。 もう一羽が、優作の汚れた指先を、硬いクチバシで噛んだ。 「……」 優作は、痛みに顔を歪めることすらしなかった。
「あ! コラ! 『ゴミ』はまだ生きてるんだから、食べちゃダメでしょ!」 快活な声 が響く。ルカだ。 ルカは『スクラッパー』を追い払い、優作を(まるで『ゴミ』が傷んでいないか確認するように)足で転がした。 「ちぇっ。まだ生きてる。……リーダーが『捨てる』って言ったんだから、早く死ねばいいのに。そしたら『スクラッパー』の『餌(資源)』にはなるのにね」 ルカは、優作が生きていることに本気で不満そうだ。
ルカは、今度は壊れた荷車を引いて、『ダスト・ゴート』の囲いへ向かう。彼女の次の『仕事』は、貴重な『肥料』 の収集だ。 その後、彼女は『井戸の木』の根元に生い茂る『畑』にしゃがみ込み、作物の葉を食い荒らす『害虫(金属光沢の甲虫)』を、素早い手つきで捕まえ始めた。 だが、それを『スクラッパー』に放り投げるのではない。
ルカは、捕まえた『害虫』を、『ダスト・ゴート』のフンや『井戸の木』の落ち葉(腐葉土)が積まれた、村の『堆肥場』へと運ぶ。 そして、その『害虫』を『フン』や『腐葉土』と一緒に、荷車の車輪(これも旧時代の遺物だ)で念入りにすり潰し、混ぜ込んでいく。『害虫』すらも、『発酵』させて畑に還す『資源』なのだ。
その『仕事』を終えると、彼女は『井戸の木』の、湿った『土』 の幹に生えている、傘が青白く光る『キノコ』 [user idea] を、ナイフで慎重に収穫し始めた。
生きるための『仕事』。 生きるための『音』(害虫をすり潰す音)。 生きるための『匂い』(発酵する肥料 とキノコの土臭さ)。 その全てが、生きることを放棄した優作の五感を、ナイフのように切り刻む。
「(……ああ、うるさい)」 優作は、ゆっくりと目を閉じた。
夜になった。 『コンテナ・ツリー』 の広場で、火が焚かれている。 あの『赤い実(毒の実)』 [user idea] と、収穫された『青白いキノコ』 (よく煮込まないと、猛毒なのだ)が、夕食のために調理されている。
外では、ゴオオオ、と『砂嵐』の音が唸りを上げている。 だが、高さ30メートルの『井戸の木』 が防風林となり村を『砂』から守っていた。
サバイバーたちが、その火を囲んで集まっている。 『リーダー』も、その中央に座っている。 それは『集会』だった。
やがて、一日の『仕事』を終えたルカが、『コンテナ・ツリー』の一番見晴らしの良い場所に登り、そして、歌い始めた。
それは、第六区画の『デッド』たちの虚ろな呻きとは違う、力強い、命の歌だった。 『井戸の木』の『水』への感謝。 『ダスト・ゴート』の『フン(肥料)』 がもたらす恵み。 『スクラッパー』が産む『卵』と、彼らが喰らう『虫』 への祈り。 『キノコ』を与える『幹』への敬意。 『リーダー』の強さ。 このクソッタレな世界で、明日も生きていくという、剥き出しの『宣言』。
その、あまりにも快活で、あまりにも『生』に満ちた歌声が、ゴミ溜めに横たわる優作の耳に届く。 それは、彼にとって『希望』の歌ではない。 彼が『価値ゼロ』であることを、村全体で嘲笑う『断罪』の歌だった。
「……(もう、いい)」
優作の意識が、プツリと切れた。 ルカの歌声も、 『砂嵐』の音も、 ピュティアの観測する視線も、 自分の体を這う『虫』 の感触も、 何も感じなくなった。
彼は、自分の汚物とゴミの中で、生きることを完全に『フリーズ』させた。
「……優作?」 ピュティアが(俺が)、そのホログラムの手で、反応のなくなった優作の顔に触れようとする。 「……精神活動の停止を確認。第四段階『抑うつ』の最大深度に到達 。サンプル(優作)はフリーズ状態に移行」 ピュティアの(俺の)声から、初めて『無邪気さ』が消えた。 「……これは……ヘスティア様の予測を超えた『フリーズ』だ。……まずいな。これでは、俺の『二重実験(揺らぎ)』 が……」




