第十二部:『ゴミ溜め』(価値ゼロの烙印)
ルカ(サバイバーの少女)に鉄パイプで背中を突かれながら 、優作はよろよろと歩かされた。 道中、ルカは実によく喋った 。『ゴミ』同然の優作相手に、まるで旧友に話しかけるかのように快活だ 。
「アタシはルカ! キミ、名前は? ……あ、いいや、どうせ『ゴミ』か。ねえ、ドームってどんなとこ? 『デッド』って、みんなそんなに臭いの?」 好奇心旺盛な黄色い目 が、優作の汚れた顔を無遠慮に覗き込む。
優作は、その天真爛漫な残酷さに、何も言い返せない。 「……(うるさい)」
「あはは、喋る元気もないか! ボロいね、キミ! でもリーダーは『新しいモノ』が好きだからさ。キミみたいに臭くても、生きてる『デッド』は珍しいから、きっと喜ぶよ!」
(……うるさいな、この子。生存戦略としては合理的だが、情報が多すぎる) ピュティアが、優作の脳内で冷静にツッコミを入れる 。
やがて、視界が開けた。 第六区画のプレハブとは全く違う、異様な光景がそこにあった。
「あれがアタシたちの村、『コンテナ・ツリー』だよ!」 ルカが指差す先には、旧時代の輸送用コンテナが、まるで子供の積み木のように、無造作かつ垂直に積み上げられていた 。その高さは20メートルほど にも達し、今にも崩れそうなアンバランスさでそびえ立っている。
そして、その『コンテナ・ツリー』を取り囲むように、奇妙な木々がまばらに生えていた 。 幹は白く、枝はねじくれている。環境汚染で季節の感覚は曖昧なはずなのに 、その木々は鮮やかな赤い葉をつけ、まるで『秋』のようだった。 だが、その高さは異常だ。どれも30メートルはあろうかという巨木だった 。
「あの木、すごいんだよ!」 ルカは村に入りながら、一番太い巨木の幹を叩いた。 「『井戸の木』っていうの。幹の中に水を溜めてるだけじゃなくて、空気中の水分も集めて 、周りの地面に再分配してるんだ! 」
その言葉通り、木の周囲は、外の『砂漠』のような大地とは違い、湿り気を帯びた豊かな土壌になっており、そこには『畑』が広がっていた 。家畜(合成生物)のフンを発酵させた『肥料』 の匂いも、優作の悪臭とは違う、確かな『生活』の匂いとして漂っている。
「だから、アタシたちの畑は枯れないの!」 ルカは次に、『井戸の木』の根元に鎮座する、異様な『機械』を指差した。 高さは5メートルほど 。錆びた金属でできた、巨大な『ひょうたん型』のタンク のようだ。 その表面には、無数のパイプやバルブが、血管のように(あるいは腫瘍のように)『メカメカしく』突き出しており 、その中心部だけが、なぜか青白い光を幽かに明滅させている。
「あの『ろ過機』で、『井戸の木』の水が飲めるようになるんだよ! 」 ルカは得意げだが、その『ろ過機』の周囲だけは、奇妙なことに植物が育たず、地面が不自然に『浄化』されているようにも見えた 。
「(……『ろ過機』? 違うな。あれは旧文明の『大気汚染物質・分解プラント』のコアだ。あるいは、ヘスティア様がこの実験場 に設置した『ナノマシン・散布装置』の残骸か? ……サバイバー(彼ら)は、本来有毒な分解プロセスを『浄水』プロセスとして転用している。そして、あの周囲の『リサイクル(浄化)速度の異常』 には気づいていない。実に興味深いデータだ)」 ピュティアが(俺が)淡々と補足する。
「あっちの木になる赤い実 、そのままだとスッゴイ不味いんだけど 、畑の『肥料』 のおかげで、火を通すと最高に美味しいの! 」 ルカは屈託なく笑う。
優作には、その全てが『地獄』の光景にしか見えなかった。 こんな毒の環境 で、毒の実 を「美味しい」と言い、快活に笑う少女 。 自分の『卑屈さ』や『自己嫌悪』が、いかに矮小で、生ぬるいものであったかを思い知らされる。
「リーダー! 『ゴミ』拾ってきたよ!」 ルカは、『コンテナ・ツリー』の根本にある『広場』に向かって、声を張り上げた 。 分厚い『扉』が軋む音を立てて開き、その暗闇の中から、あのリーダーが姿を現した。
手製の『鎧』 を身に着け、醜いケロイド の走る顔。全てを『資源』としてしか見ていない、冷徹で濁った『黄色い目』が、優作を『品定め』する 。
リーダーは、ゆっくりと優作の周りを一周し、その『悪臭』 にわずかに眉をひそめた。 優作の貧弱な腕を掴み、筋肉の付き方を見る。歯を見る。 侮蔑的な『鑑定』 だった。
「……っ」 優作の中で、最後の何かがキレた。 「……さ、触るなッ!」 優作は、リーダーの手を振り払い、反射的にKへの復讐心から身につけた、あの『空手』の構えを取った。 「俺を……俺を誰だと思ってる!」
第六区画では、これでボルコフを倒した。 だが。
「……」 リーダーは、表情一つ変えない。 優作が、なけなしの勇気を振り絞り、前蹴りを繰り出した瞬間――
リーダーの太い腕が、まるで鬱陶しい虫を払うかのように、最小限の動きで、蹴り足の軌道を逸らし、いなした。 体勢を崩した優作は、無様に地面に転がった。
「ぐ……あ……」 『精神性が未熟』 な優作の空手は、この本物の『サバイバー』の前では、子供の癇癪に等しかった 。
リーダーは、地面に転がった優作を冷たく見下ろし、ルカに向かって、初めて口を開いた。 その声は、汚染された大気で潰れた、ひどいダミ声だった。
「……話にならん」 「えー、ダメ?」とルカが不満そうに口を尖らせる。
「こいつは『資源』にならん 。『暴力(戦力)』はゼロ。『技術』の臭いもしない」 リーダーは、優作の悪臭に顔をしかめ、吐き捨てる。 「ただ臭いだけだ 。『資源(食料)』として解体する手間すら無駄だ 」
『価値ゼロ』。 AIヘスティアに『デッドストック(死蔵在庫)』 と判定された男は、今、ドームの外の人間からも『資源の無駄』という、絶対的な烙印を押された。
「捨てろ。あそこだ」 リーダーが顎で示したのは、村の隅にある、『肥料』置き場 ではない、金属クズや得体の知れない廃棄物が積み上げられた、本当の『ゴミ溜め』だった 。
「あーあ。せっかくの『空手』、全然ダメだったね、優作」 ピュティアが(俺が)、地面に突伏す優作の顔を覗き込み、楽しそうに笑っていた。 「キミの価値、『ゴミ溜め』以下だってさ」
優作は、もう何も言い返す気力もなかった。 ルカに腕を引かれ、まるで『ゴミ袋』のように、その『ゴミ溜め』へと引きずられていった。 『抑うつ』の泥が、ついに彼の全身を覆い尽くした。




