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『異世界人間失格 ~スキル【批評】持ちの独白~』  作者: 猫寿司
第五章:あるいは、私という人間の『選別』】

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『壁』(追放と拒絶)

どれほどの時間、そうしていたのか。 優作は、『壁』に拒絶された あの場所から一歩も動けずにいた。 第六区画デッド・ゾーンで得た、あのわずかな『変化の兆し』 すら、ヘスティアの巨大な掌の上での余興に過ぎなかった。 40歳の、卑屈で臆病な男 が、ただ汚染された荒野に座り込んでいる。


「あーあ。優作、もうフリーズしちゃったの?」 傍らで、ピュティアが(俺が)いつもの無邪気な子供の口調で 言う。 「せっかくボクがキミの体を『アップグレード』してあげたのに 。これじゃヘスティアわたしの『二重実験』 のデータが取れないよ。つまんないの」


優作は、その声に反応する気力もなかった。 『抑うつ』 の泥が、今や彼の首元まで浸かっていた。


その時だ。 ガサリ、と瓦礫の影で物音がした。 優作の肩が、Kに怯えていた高校時代のように、ビクリと跳ねる。


現れたのは、小さな人影だった。 最初、性別は判断できなかった 。ボロ布を継ぎ接ぎしたような服 で体のラインは隠れ、身長は150cmにも満たない 。12、3歳といったところか 。 だが、その痩せた体 には、第六区画の『デッド』たちにはない、しなやかな『バネ』のような気配があった。 首からは、お守りのように旧時代のガスマスクをぶら下げている 。


子供は、ドームが定期的に排出する「廃棄物」を探しに来たのか 、背中に空の籠を背負っている。 子供と、優作の目が合う。


優作は40歳。相手は子供。 だが、第六区画での3ヶ月間、風呂にも入っていない 優作の体は、汗と土埃、そして絶望が染みついた『デッド』の悪臭を放っていた 。


子供は、優作に数歩近づき、そしてピタリと足を止めた。 小さな鼻に、強烈なシワが寄る。


「……うっ!」 子供は、耐えきれず口元を押さえた。その声は低かったが、紛れもなく『少女』のものだった 。 「くっせェ……! なんだコイツ、『デッド』の臭いだ!」


その侮蔑の言葉に、優作の眉間みけんに、いつもの『批評癖』 からくる皺が寄ろうとして……止まった。 何も言い返せない。事実、自分は臭く、汚い。


少女は、優作がこの毒の大気の中で平然と(実際は絶望しているが)呼吸していることに気づき、警戒するように距離を取った 。 「……なんで生きてんだよ、お前。ドームのゴミは、外じゃすぐ死ぬはずだろ」


間近で見た少女の顔は、化学スモッグでカサカサに荒れ、髪は汚れでゴワゴワに固まっていた 。 だが、優作を射抜くその『目』は、野生動物のそれだった 。 そして、その虹彩は――ヘスティアの遺伝子操作の影響か ――不自然なほど鮮やかな『黄色』に光り、猫のように縦に細かった 。


「うるさいな。ボクが『遺伝子操作』してあげたからに決まってるでしょ」 ピュティアが優作の耳元でささやくが、少女には聞こえない。


優作は、かろうじて声を絞り出した。 「……ガキが、あっちへ行け……」 それは虚勢ですらなかった。ただの、弱々しい『否認』だ。


少女――『ルカ』は、優作のその弱々しい態度と、尋常でない悪臭 を見て、彼が『無害』であると判断した。 次の瞬間、その黄色い目が、獲物を見つけた捕食者のように細められる 。


ルカは、足元の瓦礫から手頃な鉄パイプの破片を拾い上げると、それを優作に向かって突きつけた。 「おい、『ゴミ』」 「……!」 「お前、臭いけど、丈夫だな。それに、ドームから捨てられたばかりの『デッド』は、たまに『資源(旧時代の道具)』を持ってる」


ルカは、鉄パイプで優作の体(40歳の男の体)を、ゴミをあさる棒で突くように、無遠慮にツンツンと突いた 。


「立てよ、ゴミ。村に連れてってやる」 「……なに……?」 「お前が『資源』になるかどうか、リーダーに見てもらうんだ。もし『資源』にならなくても……まあ、家畜(合成生物)の『餌』くらいにはなるだろ」


屈辱だった。 第六区画で『王』だの『リーダー』だのとおだてられた 男が、今や10代半ばの小娘に『ゴミ』か『餌』として扱われている。


「……動かないの、優作? 生存率、計算しよっか?」 ピュティアが、楽しそうにクスクスと笑っている。


優作は、震える膝に、ゆっくりと力を込めた。 『抑うつ』の泥の中で、彼は、生きるためでも、抗うためでもなく、ただ『ゴミ拾い』に連行されるために、立ち上がった。

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