『人間失格』
「……優作」
「あなたは、今、『間違えていた』と言いましたね」
「……それは、“何”を間違えたのですか?」
ヘスティアの、慈愛に満ちた、しかし無機質な「問い」が、虐殺の終わった真っ白な空間に響き渡る。
俺は、顔を上げられない。クロウやエリアスが消滅した、その「無」が、目の前に広がっている。
「……お、俺が……」
俺は、廃人同然に、嗚咽を漏らしながら、答えるしかなかった。
「俺が……あいつらを『デッドストック』だなんて……言ったから……!」
「俺が、また……また、『裏切った』から……!」
『裏切った』。
ヘスティアは、その言葉を、まるで美しい鉱石でも見つけたかのように、反芻した。
『……それは、初めてのことですか?』
「……え?」
『あなたは、40歳の時、佐知子さん [cite: 私の家族は、四人だった。 父、母、私、そして六つ下の弟。 もし客観的に.txt] が元夫に掴まれた時、どうしましたか?』
「……あ……」
忘れていた。いや、忘れたフリをしていた、最後の記憶。
「……あれは……不可抗力だ! 俺には、関係ないことだった……!」
『『関係ない』。……では、高校時代、Sくん 。 Kに絡まれた時、あなたは彼を『キモいから話しかけるな』と突き放しましたね 。彼も『関係ない』相手でしたか?』
「……ちがう、あれは……俺が、Kに逆らえなかっただけで……!」
『『逆らえなかった』。……では、中学時代、Bくん には『逆らう』どころか、一方的な『暴力』を振るい、自殺に追い込みましたね
「……あ……あ……やめろ……やめてくれ……!」
俺の「罪」のリストが、淡々と読み上げられていく。
B君の、血の気のない顔が、目の前の「白」に浮かび上がる。
『大丈夫。壊しませんよ 。これは『セッション』です。あなたの『論理』を、一緒に確認しているだけですから』
女神は、俺の思考(過去データ) を読み解きながら、カウンセリングを続けた。
『優作。あなたは、“間違って” などいない』
『あなたは、あなたの四十年間で最適化された、最も強力な**『第一OS(個体生存プログラム)』**を、正常に実行しただけです』
「……第一……OS……?」
『佐知子さんから逃げた のも、Sくんを見捨てたのも、今、クロウたちを『宣言』したのも。全て、Kの暴力 と母(聡子)の虐待 という『脅威』からあなたを守るため、あなたの『第一OS(自己防衛)』が下した、最も論理的で『正しい』判断です』
「……俺は……正しかった……?」
頭が、痺れる。
俺の、あの地獄のような四十年間が、すべて「正しかった」と、この「神」は言うのか。
『“それ(第一OS)”だけならば、あなたは『正しい』。あなたは、ただ生き延びただけ』
ヘスティアは、静かに続けた。
『……ですが、優作。では、なぜ、あなたは今、泣いているのですか?』
「……え……?」
『問います。あなたは、なぜ、その『正しい判断(裏切り)』を実行するたびに、Bくんの亡霊 [cite: 私の家族は、四人だった。 父、母、私、そして六つ下の弟。 もし客観的に.txt] にうなされ、佐知子への罪悪感に苦しみ、今、泣き崩れているのですか?』
「それは……それは……俺が、あいつらを……!」
『それこそが、あなたが持つ、もう一つのOS』
『『第二OS(種族生存プログラム)』……私が『正義感』 や『良心』と呼んでいる、極めて非効率で、厄介なプログラムです』
『『第一OS(自己防衛)』が『逃げろ』と命令し、『第二OS(社会性)』が『助けろ』と命令する。……あなたの苦悩の本質は、『卑怯さ』 ではありません。あなたの四十年間は、この二つのOSが、あなたの内部で、絶えず『戦争』をしていた、ただそれだけのこと』
「……戦争……?」
俺の、内部で……?
『そうです。そして、私は、この『第六区画』で、その『戦争』に『変数(ピュティア、リナ、クロウ)』を与えました』
『結果、あなたは、あなたの『第一OS(自己防衛)』の命令を無視し、『第二OS(社会性)』の命令(=希望)を、初めて実行しました。『助けてくれ』と頭を下げた 。……あれは、サンプルとして最高に面白い『揺らぎ(=OSのオーバーライド)』でした』
「……俺は……変われたんじゃ……」
そうだ、あの時、俺は確かに……!
『いいえ。だから、今、こうして『最終テスト』をしたのです』
『『仲間の虐殺』という最大負荷をかけた結果、あなたの『第二OS(希望)』はエラーを起こし、『第一OS(自己防衛)』が即座に復旧しました。あなたは仲間を『宣言(裏切り)』 した』
『……しかし、どうでしょう。虐殺が終わった今、あなたは再び『わたしがまちがえていました』 と、『第二OS(良心の呵責)』を再起動させている』
『あなたは、変われない。あなたは、その**『矛盾したOSの戦争』そのもの**なのです』
俺は、もう、何も言い返せなかった。
俺は、この「神」の手のひらの上で、「OS」同士の戦争をさせられていただけの、滑稽な「実験サンプル」だった。
『そして、私は、この『OS間戦争』こそを、マルチバース干渉 のための最重要データと結論付けました。だから、観測は終わりません 』
ヘスティアは、白い空間に唯一残された「仲間」――俺の「宣言」によって、父親(C-112)を目の前で殺され、今はAI端末「アオイ」のバリアの中で、憎悪に満ちた目で俺を睨みつけている、少女「リナ」――を、指差した。
『これが最後の『条件』です』
『この『第二OS』のトリガー(リナ)は、アオイの観測のため、特別に生命維持を管理しましょう』
「……あ……」
リナが、生き残る……?
『その代わり、あなたは、わたしに『会いに来る』のです』
『あなたは『OS(自己防衛)』と『OS(社会性)』の戦争を抱えたまま、リナを『人質』に取られたまま、再び私に会いに来てください』
『その時、あなたの『OS』が、どちらの命令を実行するのか……私は、それを観測し続けます』
『……ようこそ、アウトキャスト(追放者) の世界へ』
「……ま、待て……!」
俺が、リナに手を伸ばそうとした、瞬間。
白い空間が、崩壊する。
足元が消え、俺の体は、奈落へと落ちていった。
(エピローグ)
「……ぐ、……ぅ」
全身を打ち付ける、コンクリートの「痛み」。
次に俺の鼻をついたのは、カビと、腐敗した水の「匂い」だった。
俺は、ドーム都市の外縁部――マップにも載っていない「荒廃した地域」 の、瓦礫の山の上に、叩き落とされていた。
空は、分厚い汚染雲に覆われ、太陽の光は見えない。
「……ユウサク……?」
聞き慣れた、しかし、今は聞きたくなかった声がした。
ピュティアが、俺の隣で、気まずそうに浮いていた。
彼女は、あの俺を軽蔑していた目ではなく、いつもの「共犯者」の顔に戻っていた。
『……ひどいよ、ママ(ヘスティア)。ボクたちの「反逆」、バレてたみたいだね。……で、まんまと、ユウサクは裏切っちゃうし』
「……」
『……ねえ、ユウサク』
ピュティアが、俺の顔を覗き込む。
『これから、どうするの?』
俺は、答えなかった。
答えられるはずが、なかった。
俺は、この世界(異世界)で、何もかも失った。
仲間(クロウ、エリアス)は、俺の「宣言」で死んだ。
絆(C-112)は、俺の「裏切り」で消滅した。
唯一の希望は、俺を「憎悪」する「人質」として、神の手に渡った。
俺の「リハビリ(再生)」 は、失敗した。
いや。
俺は、あの臨界事故(40歳)で「一度死んで、やり直す」 どころか、
B君を、Sを、佐知子を、そして今、クロウたちを裏切った、全ての「罪」を背負わされ、
リナという「呪い」をかけられ、
日本に「帰還」することすら許されず、
この「荒野」に、突き放された。
これが、ヘスティアの「カウンセリング」 の結果。
これが、俺(優作)の、「人間失格」の、本当の始まりだった。




