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『異世界人間失格 ~スキル【批評】持ちの独白~』  作者: 猫寿司
【第二章:あるいは、私という人間の停滞】(中学編)

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【あるいは、私という人間の停滞】(中学編・②)

B君の机から花が消えた頃、私への直接的な暴力いじめは、奇妙なほどピタリと止んだ。 私が「B君を自殺に追いやった主犯だ」という噂が、まことしやかに流れたからだ。 さすがのヤンキーどもも、そこまで腐りきってはいなかったらしい。あるいは、「自殺」という生々しい「死」の気配が、彼らの動物的な本能を怯ませたのか。


だが、それは「救い」ではなかった。 暴力が消えた代わりに、私は「存在しない者」になった。 完璧な「無視」だ。


教師ですら、私を腫れ物のように扱い、目を合わせない。 クラスメイトは、私が視界に入ることすら厭うかのように、私を避けた。 私は、教室という名の水槽の中で、一匹だけ違う種類の、醜く、有毒な生き物になったのだ。


この時期、私にとって最も耐え難い苦痛は、教師が何の配慮もなく命じる、あの行事ごとの「ペア」組だった。 体育祭の二人三脚、文化祭の出し物の班分け、あるいは、ただの移動教室。


「じゃあ、近くの人と二人組になって」


その声が聞こえると、私の心臓は冷たい水に浸されたように縮み上がる。 周囲が一斉に活気づき、誰もが「当たり前」のように相手を見つける中、私だけが、ポツンと、取り残される。 誰も、私を選ばない。 誰も、私を見ない。


この、たった数十秒の「あぶれる」までの時間。 それは、私が「誰からも必要とされていない」という事実を、残酷なまでに突きつける、公開処刑の時間だった。 私はいつも、教師が「ああ、優作(私)は、先生と組もうか」と、あの憐れみに満ちた声をかけるまで、死んだふりをして立ち尽くすしかなかった。


そんな、腐りきった日々の中だった。 私に、唯一、声をかけてくる男がいた。 仮に、彼を「C」としよう。


Cは、私とは別の小学校から来た男で、クラスの中心ヤンキーグループにも属さず、かといって私のような「底辺」でもない、中途半端な立ち位置の男だった。 彼がなぜ私に話しかけたのか、今となっては分からない。 ただ、当時の私は、その「自分に向けられた声」に、溺れる者が藁を掴むように、飛びついたのだ。


「お前、あのヤンキーどもに睨まれてるらしいじゃん。ウケる」 軽薄な男だった。 当時流行っていたヤンキー漫画の影響をまともに受け、彼は、短絡的な「力」や「ワル」であることに憧れていた。 彼の言動は、日増しに粗暴になっていった。


私は、そんな彼に「依存」し始めていた。 私には自信など欠片もなく、この「無視」される地獄の中で、唯一、Cだけが私を「存在するもの」として扱ってくれたからだ。


しかし、同時に、私の心の奥底では、あの10歳の万引き事件から続く「他人への不信感」が、常に警鐘を鳴らしていた。 (こいつも、いつか俺を裏切る) (こいつも、俺を利用しているだけだ)


依存と不信。 この二つの感情に引き裂かれながら、私は彼との歪な「友情」を続けた。


Cは、私の悪い評判(B君の件)をどこかで聞きつけ、次第に私を疎ましく思い始めたようだった。 彼の粗暴な行為(私を軽く小突いたり、カツアゲまがいのことをしたり)も増えていった。 それでも、私は彼から離れなかった。彼がたまに見せる、ヤンキー漫画の受け売りの「ダチ思い」な言動が、私には「気の合うやつ」だと思えた(思い込みたかった)のだ。


そして、あの事件が起きる。 二度目の、万引き事件だ。


「なあ優作、あのゲームショップ、ザルだぜ」 Cが、万引きをしないかと私を誘った。 私は、震えた。10歳の時の、あの店の主人の顔が蘇る。


だが、私は断れなかった。 ここで断れば、Cは確実に私から離れていく。 私は、また、あの「ペア組」の地獄に戻るのだ。 それだけは、耐えられなかった。


「……ああ、やるよ」


結果は、惨憺たるものだった。 Cが店員の気を引いている間に、私がゲームソフトをカバンに入れようとした、その瞬間。 「おい、お前!」 背後から、私服の万引きGメンに腕を掴まれた。 10歳の時とは違う、大人の、容赦のない力だった。


Cは、その瞬間、私を置いて、店から逃げ出した。


私は、警察に突き出された。 事務所で、警官から「説教」という名の詰問を受けた。 「なんで、こんなことしたんだ」 「親御さんが悲しむぞ」 「友達に無理やりやらされたのか?(私がCを庇うと信じきった、甘い問いだった)」


私は、何も答えられなかった。 答える代わりに、ただ、震えていた。


家に連絡が行き、迎えに来た母(聡子)は、警官の前では「申し訳ありません」と泣き崩れていたが、家に着いた途端、ヒステリックに私を罵倒した。 「この泥棒! あんたのせいで、近所に顔向けできない!」


……そこで、何かが、ぷつりと切れた。


私の精神は、壊れた。 「自己の崩壊」という表現すら、生ぬるい。 元より、私の自己など、他人の「批評」と「虚勢」で塗り固めた、ハリボテに過ぎなかったのだ。それが、剥がれ落ちた。


B君の自殺(加害)。 ヤンキーからのいじめ(被害)。 A子の拒絶(孤独)。 Cの裏切り(不信)。 そして、警察の説教と、母の罵倒(決定打)。


全てが、私という存在を否定した。 自己肯定感など、もう無い。マイナスだ。 そこから数ヶ月、私は、理由もなく涙があふれる毎日を送った。 夜中に目が覚めると、枕が濡れていた。 授業中、黒板を見ているだけで、視界が滲んだ。


もう、どうでもよかった。 勉強も、運動も、友人も、家族も、将来も。 すべてが、どうでもよかった。


私がそんな状態になってから、皮肉なことに、教室での「無視」は、さらに完璧なものになった。 もう、誰も私を「存在しない者」として扱うことすら、やめたのだ。 私は、教室の「風景」の一部になった。


私は、壊れた精神を守るために、ただ一つのことだけを、続けた。 それは、「批評」すること。


(……ああ、教師のネクタイ、曲がってるな) (……Cのヤンキー漫画かぶれ、滑稽だ) (……クラスメイトの恋愛、なんと浅薄なことか)


私は、もう、誰とも関わらない。 私は、この世界のすべてを、ただ、見下し、批評する。 それだけが、涙を止める、唯一の方法だった。

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