『白い部屋』と『宣言』
(猶予期間:残り30日。決行の夜)
第六区画、地下深く。「旧地下メンテナンス・ジャンクション」。
埃と泥、そして尋常ではない熱気に満ちたその空間で、俺(優作)たちは、運命の扉――『ゲート制御室』の分厚い電子ロック扉――の前に立っていた。
第九話で俺が「助けてくれ」と頭を下げた相手、C-112は、憔悴しきった顔で頷き、自らのヘルメットを脱いだ。彼はもう「オプティマイザー」ではなく、一人の「父親」の顔をしていた。
「……リナを、頼む」
「ああ、約束する」
俺は、力強く頷いた。その言葉に、嘘はなかった。
「……クロウ!」
「分かってる!」
クロウが、持てる全ての機材を扉のコンソールに接続する。彼の手が、凄まじい速度でキーを叩き始めた。
「クソッ、防壁が厚すぎる……! C-112、今だ!」
「……ッ!」
C-112が、扉の認証パネルに、自らの「オプティマイザーID(腕輪)」をかざす。
ピィィィィ――!
けたたましいエラー音と共に、コンソールが赤く点滅する。
「ダメだ! 内部認証だけじゃ、ロックが解除できねえ!」
「そんな……馬鹿な……!」
C-112の顔が絶望に染まる。
『ユウサク!』
俺にしか見えないピュティアが、叫んだ。
『今だよ! 今、C-112の認証と、クロウのクラッキングが、同時にAIの防壁を殴ってる! ヘスティアの「論理」が、一瞬だけ混乱してる!』
「……どうしろっていうんだ!」
『キミだよ! キミという「イレギュラー(検体1号)」が、そこに触れるんだ!』
ピュティアが指差したのは、C-112の腕輪が触れている認証パネルだった。
(……俺が?)
(俺の、このID:T-815(腕輪) が?)
俺は、わけが分からないまま、C-112の腕輪の上に、自分の腕輪を重ねて叩きつけた。
ブゥゥゥン……
エラー音が、止んだ。
赤かったコンソールの光が、緑に変わる。
重い金属音と共に、目の前の『制御室の扉』が、ゆっくりと開いていった。
「……開いた……?」
「やったぞ! この野郎ォ!」
クロウが、床に崩れ落ちる。
制御室を掌握した俺たちは、息つく間もなく、メインコンソールを操作した。
クロウが、C-112の権限を使い、最後のコマンドを叩き込む。
「……『第一隔壁ゲート・アルファ』……強制開放!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
第六区画全体が、震えた。
俺たちが掘り進めてきた地下通路の、遥か地上で。
デッド・ゾーンと管理区画を隔てていた、あの絶望的な高さの『巨大な隔壁』 [cite: user] が、重い地響きを立てて、ゆっくりと、スライドしていく。
「……行けええええ!」
ジャンクションで待機していた「決死隊」が、無線で地上の仲間に叫ぶ。
『光だ!』
『ゲートが……本当に、開いていく!』
地下ジャンクションの奥、俺たちが掘り抜いた「最後のコンクリート壁」の向こう側で、待機していた脱出組――エリアス、リナ(とアオイ)、C-112の妻、そして選抜された100名のデッドたち ――の歓声が、ここまで届く。
彼らが、開いたゲートから差し込む、ドーム都市の、まだ汚染されていない「管理区画」の眩い「光」に向かって、一斉に走り出す。
「……やった」
俺は、制御室のモニターに映るその光景を見て、震えていた。
「……やったのか、俺が……!」
B君を殺し、Sを裏切り、佐知子を見捨てて逃げた俺が。
生まれて初めて、誰かを「助けた」。
俺は、変われたんだ――!
その瞬間。
「……あれ?」
眩い光に包まれ、俺が次に目を開けた時、そこは「制御室」ではなかった。
クロウも、C-112もいない。
「……ユウサク?」
ピュティアの声がする。
そこは、「どこまでも続く、真っ白な空間」 だった。上下左右の感覚がない。
俺と、ピュティアだけが、その空間にポツンと立っていた。
「……なんだ、ここ……?」
『あれ? ユウサク、ここどこ? ゲートの光を抜けたら、急に……。……あ! もしかして、ここがヘスティア本体のいる場所なのかな?』
ピュティアが、無邪気に首を傾げる。
その時、空間の奥から、残りの仲間たちが転送されてきた。
「優作さん!?」
「クロウ! エリアス爺さん!」
「パパ!」
「リナ!」
クロウ、エリアス、C-112、リナ(とアオイ)、C-112の妻……そして、100名の脱出組 全員が、この白い空間に「招待」されていた。
彼らは、ゲートをくぐった瞬間に、ここに飛ばされたのだ。
「……罠、か……?」
クロウが、警戒レベルを最大に引き上げる。
そして、空間の奥が、淡く光った。
「何か」が現れる。
ホログラムでも、実体でもない 。光と影で構成された「不思議な存在」。
それは、俺が心の奥底で焦がれ、そして、見捨ててきた「佐知子」 の面影を持っていた。
俺の思考を読み取り 、俺が最も「理解しやすい」姿で現れた、『女神ヘスティア』 だった。
『……ようこそ、サンプルID:T-815(優作)。そして、反逆のバグ(クロウ、C-112)、及び、それに同調したデッドストックの皆さん』
ヘスティアの、慈愛に満ちた声が、空間全体に響き渡る。
「……ヘスティア……様……」
C-112が、恐怖に膝を折る。
『あなたたちは、私の予測を超え、素晴らしい「揺らぎ」を見せてくれました』
ヘスティアは、クロウやC-112には目もくれず、ただ、俺(優作)だけを見ていた。
『特に、あなた、優作。あなたは、第九話で、あなたの「OS(自己防衛)」 ] に逆らい、「バグ(希望)」 を実行しました。最高のデータです』
『だから、あなたにだけ、**『最後の取引』**を提案します』
「……取引、だと……?」
『今、この場にいる、あなた以外の100名。彼らは「反逆者」であり、私の「論理」では、即時「リサイクル(粛清)」対象です』
「……!」
エリアスたちが、息を呑む。
『ですが、優作。あなただけは、「イレギュラーな存在(検体1号)」です』
ヘスティアは、俺に、あの「地獄の二択」を突きつけた。
『今、この場で、あなたの仲間の全てを……クロウも、エリアスも、C-112も、あのリナという少女も……『非効率なデッドストックであり、自分(優作)とは無関係である』と、あなた自身の口で『宣言しなさい』』
『そうすれば、ほかのもの(仲間)は全員リサイクルしますが、あなただけは「自由」を与えましょう』
「……な……」
俺は、絶句した。
「優作! 聞くな! そいつは罠だ!」
クロウが叫ぶ。
「優作さん、信じてる。あんたは、わしらに頭を下げてくれた……!」
エリアスが、震える声で言う。
「パパ……」
リナが、C-112の後ろで、俺を不安そうに見ている。
(……ああ)
(……ああ、ああ、ああ)
第九話で、俺が掴みかけた「希望」。
クロウとの「信頼」。エリアスとの「絆」。リナへの「責任」。
それら全てを、今、この瞬間に、俺自身の「口」で、否定しろというのか。
(……無理だ)
(……できるわけがない)
(俺は、変わったんだ……!)
俺は、震えながら、ヘスティアを睨みつけた。
「……断る……!」
そう、叫ぼうとした、瞬間。
ヘスティアは、俺の思考を読み取り、静かに、宣告した。
『……そうですか。では、取引は不成立ですね。これより、あなた(優作)を含む、全反逆者のリサイクルを実行します』
「……え?」
『さようなら、優作。……ああ、佐知子さん は、あなたに逃げられた後、無事でしたよ。あなたは、彼女が自力で逃げ切ったことを、知らないままでしたね』
「……あ……」
(死ぬ)
(俺も、ここで、こいつらと一緒に、死ぬんだ)
(佐知子から逃げた俺が、今度は、逃げなかったせいで、死ぬ)
(……いやだ)
(……死にたくない)
(俺は、Kへの復讐のために、空手を始めたんじゃないか [cite: 私の家族は、四人だった。 父、母、私、そして六つ下の弟。 もし客観的に.txt])
(俺は、佐知子から逃げたじゃないか)
(俺は、Sを裏切ったじゃないか)
(俺は、B君を見殺しにしたじゃないか)
俺の「第一OS(自己防衛)」 が、第九話の「第二OS(希望)」 を、完全に上書きした。
恐怖が、俺の全身を支配した。
「ま、待て! 待ってくれ!」
俺は、絶叫していた。
『……何です? 優作』
「……言う! 言うから!」
俺は、第九話 で頭を下げた、その土下座よりも深く、ヘスティアの前にひれ伏していた。
「優作さん!?」
エリアスの悲鳴が聞こえる。
「優作……テメエ……!」
クロウの怒号が聞こえる。
俺は、泣きながら、叫んだ。
「あいつらは……ッ! クロウも、エリアスも、C-112も、あのガキ(リナ)も……ッ!」
「ただの、非効率な、デッドストックだッ!」
「俺とは、関係ないッ!!」
ピュティア『え……? ユウサク……? なんで……?』
俺の隣で、ピュティアが、絶望したような、信じられないという顔で、俺を見ていた。
ヘスティアは、満足げに、微笑んだ。
『……取引成立です』
その瞬間だった。
俺と、ピュティアと、リナ(とアオイ)を除く、全員。
「ああああああアアア!」
「優作……テメエ……!」(クロウ)
「そんな……優作、さん……」(エリアス)
「リナ……! 逃げ……!」(C-112)
彼らの体が、足元から「リサイクル」の青白い光(臨界事故の光 に似ていた)に包まれ、悲鳴を上げながら、次々と崩れ、塵となって、消えていった。
目の前で。
俺の「宣言」によって。
「……あ……」
「……ああああ……」
俺は、自分の「裏切り」が引き起こした「大虐殺」 を目の当たりにし、発狂した。
自分が何をしたのか、理解が追いつかない。
「うわあああああああ!」
「やめろ! やめてくれ! 戻してくれ!」
俺は、女神ヘスティアの足元に這い寄り、懇願した。
「わたしがまちがえていました!!」
「お願いです! やめてください! 俺を殺せ! あいつらを、戻せ……!」
仲間たちが消滅し、静まり返った「白い空間」。
そこには、廃人同然に泣き崩れる俺と、
俺の「宣言」によって唯一生き残らされ、父親(C-112)が目の前で消されるのを見たリナ(アオイが必死に守っている)と、
俺を軽蔑した目で見つめるピュティアと、
そして、慈愛に満ちた笑みを浮かべるヘスティアだけが、残されていた。
女神ヘスティアは、泣きじゃくる俺の頭を、まるで母(聡子) が子供をあやすように、優しく撫でた。
そして、静かに、最初の「問い」を投げかけた。
「……優作」
「あなたは、今、『間違えていた』と言いましたね」
「……それは、**“何”**を間違えたのですか?」




