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『異世界人間失格 ~スキル【批評】持ちの独白~』  作者: 猫寿司
第五章:あるいは、私という人間の『選別』】

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【取引】(人間模様と変化の芽生え)

(猶予期間:残り40日)


「別ダクト」の先の「旧地下ジャンクション」での「コンクリート壁」の掘削作業は、難航していた。

第六区画の「デッド」たちは、交代で地下に潜り、錆びついたツルハシや金属パイプを振るい続けた。


ガッ。ガッ。ガッ。

薄暗い地下空間に響く音と、荒い呼吸、そして埃。

優作もまた、その「やけっぱちな一体感」の中にいた。最初は「リーダー」としての体裁だったが、今では無我夢中で汗と泥にまみれていた。

(クソッ、硬え……!)

灰色の作業着は破れ、手のひらの皮は剥けていた。だが、不思議と、あちら(日本)にいた時のような「卑屈さ」は薄れていた。


しかし、壁は、彼らの熱狂をあざ笑うかのように分厚かった。

「……ダメだ、このペースじゃ、あと10日(猶予期間)あっても抜けねえぞ!」

クロウが、設計図と壁の厚みを見比べ、焦りを滲ませる。


(……時間が、ない)

優作は、地上プレハブに戻ると、ピュティアに告げた。

「……おい、ピュティア。C-112を確実に『落とす』。もう待てん」

『おや、ついに決心がついた?』

「ああ。だが『希望(リナの言葉)』だけじゃ弱い。俺のやり方でやる」


優作は、エリアス(ID:S-444)を呼び出した。彼はすっかり優作の「パシリ」のような立場になっていたが、その濁った目には、掘削作業への参加で、わずかな「生気」が戻っていた。

「……エリアス。あんたに、例の『鍵(C-112)』の家族に接触してもらう」

「……わし、にですか」

「ああ。リナと妻がいるはずだ。そいつらを見つけて、こう伝えろ」


優作は、最も卑劣な言葉を選んだ。

「『お前たちのIDは、AIヘスティアの粛清リストに載った。だが、俺(優作)が、C-112の協力・・次第で、そのリストから外してやる。……もし、C-112が協力・・を拒めば、お前たちは明日にでもリサイクルされる』……と」

「……なっ」

エリアスは絶句し、その顔から血の気が引いた。

「そ、そんな……! それは……脅迫じゃ……!」

「ああ、脅迫だ」

優作は冷たく言い放った。

「『希望』なんぞで動くタマか。確実に仕留めるには『恐怖』しかねえんだよ。……行け。これは『リーダー』としての命令だ」


エリアスは、震える足取りでプレハブを出ていった。


エリアスは、重い足取りでC-112の家族が住むという区画の片隅へ向かっていた。

(……あんな幼子に、どうやってあんなむごいことを伝えろと……)

戦争で家族を失った彼にとって、優作の命令は、自身のトラウマをえぐる行為だった。


その時、彼は「ゴミ捨て場」の近くで、小さな人影を見つけた。

5~6歳の少女リナだった。

栄養不足で痩せこけ、色素の薄い茶色の髪が不揃いに跳ねている。だが、その大きな瞳には純粋な光が宿っていた。

リナは、父が作ってくれた古びた布人形の「ほつれた糸」を直そうと、瓦礫を漁っていた。


その傍らには、体長30cmほどの、淡い青緑色に光る人型――AI端末「アオイ」――が浮遊していた。

(エリアスには、アオイの姿は見えていない)


「ID:R-771(リナ)。何を探索していますか?」

「『アオイ』ちゃん! あのね、糸を探してるの!」

「修復リソース(候補1)は、座標(3, -1, 5)に存在します」

アオイが指差した先には、赤黒く汚れた電線の被膜があった。


リナがそれに手を伸ばした瞬間、背後から無気力な男の声がかかった。

「おい、ガキ。何してる。そんなモン拾って、何になる」

男が近づいてくる。リナが怯えて一歩下がると、アオイがスッとリナの前に立ち塞がった。

男は、その人形(貴重な布だ)を奪おうと、乱暴に手を伸ばした。

「うるせえガキだ! よこせ!」


リナが「いや!」と叫んだ瞬間、リナの腕の「プリント」が一瞬だけ強く発光した。

アオイの目が(無表情のまま)赤く点滅し、男の腕が目に見えない力で*バチン!*と弾かれる。


「ぐあっ!? なんだ今……!?」

男は、尻餅をついた。


「……やめんか」

その場に響いたのは、か細く、しかし芯のある老人の声だった。

エリアスが、男の前に立ちはだかった。

「子供相手に……みっともない。行け」

男は、エリアスの目に何かを感じたのか、舌打ちをして去っていった。


エリアスはゆっくりとリナの前にしゃがみ込み、踏まれた「糸」(アオイが示した電線)を一瞥したが、それを選ばなかった。

彼は自分の作業着の裾の、かろうじて残っていた丈夫な糸を静かに引きちぎった。

「修復リソース(候補2)が提示されました」とアオイが呟く。


エリアスは、その糸をリナの人形の腕に、不器用だが固く結びつけた。

「……これで、大丈夫じゃ」

「ありがとう、おじいちゃん!」

リナは満面の笑みになった。


「パパがね、きっと迎えに来てくれるの。待ってるって、伝えてね!」


リナがそう言った瞬間、エリアスは息を呑んだ。

彼がこれから「脅迫」しようとしていた相手の、娘だった。

(……ああ、神よ……)


エリアスは、優作の「協力しなければ家族の安全はない」という卑怯な命令に背き、この「希望」の言葉を伝えることを決意した。


(優作の葛藤)


数時間後。エリアスが優作の元に戻ってきた。

「……どうだった。伝えたか」

優作は、自分の卑劣さを隠すように、ぶっきらぼうに尋ねた。


「……優作さん」

エリアスは、涙を浮かべていた。

「……わしは……あなたの言う通りには、伝えられんかった」

「……なんだと?」

優作の目が、怒りに染まる。


「あのリナは……わしに、こう言ったんじゃ」

エリアスは、リナの言葉を、一言一句違たがわずに伝えた。

「『パパ、待ってる』……と。あんな地獄の中で、父親を信じて、ただ、ひたすらに……」


「……だから、何だ!」

優作は激怒した。「情に流されやがって! これで計画が――」

「違うんじゃ!」

エリアスが、初めて声を荒げた。

「『脅迫』で動く人間が、土壇場で裏切らんと思うか? わしは戦争で見た。恐怖で縛られた人間は、最後に必ず、より大きな恐怖に屈する」

「……」

「だが、『希望』は違う。あの子の『待ってる』という言葉こそが、C-112を動かす、何よりも強い『力』になるはずじゃ!」


優作は、エリアスを殴り飛ばそうとして、手を上げた。

だが、その手は、エリアスの涙と、掘削現場から聞こえてくる「やけっぱちの交響曲」(仲間のツルハシの音)に阻まれ、くうを掴んだまま、震えていた。


(……希望、だと?)

(俺が、あちら(日本)で、佐知子に見捨てられた時に、捨てたものだ)


優作の中で、「卑怯な計画(恐怖)」と「エリアスが持ち帰った(希望)」が、激しくせめぎ合い始める。


『面白いね、ユウサク』

ピュティアが、その優作の最大級の「揺らぎ」を観測し、面白そうに囁いた。

『キミの「卑怯さ」と、あの子の「純粋さ」。どっちがAIヘスティアの予測を超えるか……楽しみになってきたよ』


優作は、答えを出せないまま、「壁」の掘削が完了するのを待つことしかできなかった。

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