クロウの設計図
(猶予期間:残り60日)
第六区画の空気が、変わった。
ピュティアが発見した「設計図」により、第六部で「旧排水ろ過装置室」を突破したクロウたちが、ついに最終関門(ゲート制御室)へのルートを発見したからだ。
「デッド」たちの間には、「本当に脱出できるかもしれない」という、これまでとは質の違う、熱に浮かされたような興奮が伝播していた。
だが、プレハブの奥、臨時の「作戦室」と化したクロウの作業場に集められた優作と「決死隊」の幹部数名の顔は、一様に険しかった。
クロウが、やつれた顔で「設計図」の写しを壁に貼り出す。
「……これが、俺たちの全ルートだ」
彼の指が、図面をなぞる。
「第一フェーズは完了した。プレハブ床下の『排水溝』から、『旧排水ろ過装置室』までのルート確保。これは成功だ」
図面のスタート地点が、丸で囲まれる。
「第二フェーズ。『ろ過装置室』から、設計図にあった『予備メンテナンス・ダクト(別ダクト)』を通過。これも、さきほど俺が単独で潜り、出口を確認した」
「……どうだった」
優作が、口先だけの「リーダー」として尋ねる。
「地獄だ」
クロウは、泥にまみれた作業着のまま、吐き捨てた。
「ダクトは腐食が進み、有毒なメタンが溜まってる。おまけに、這って進むのがやっとの狭さだ。とても『掘削』道具など運べん」
そして、クロウの指が、ルートの終着点の一つ手前を叩いた。
「問題は、第三フェーズ。このダクトを抜けた先だ」
そこは、「旧地下メンテナンス・ジャンクション」と記された、小さな空間だった。
「このジャンクションの奥に、俺たちの目的地『ゲート制御室』がある。だが……」
クロウは、設計図に、赤いペンで「壁」を描き加えた。
「この間に、**厚さ不明の『防爆コンクリート壁』**が存在する。設計図にない、後から増設された『障害』だ。おそらく、AIが管理を始める際、旧時代の施設を『封印』するために設置したものだろう」
作戦室の空気が凍りついた。
「……つまり、どういうことだ」
「つまり、こうだ」とクロウは続けた。
「『掘削』は避けられない。だが、道具はあの『狭いダクト』を通れない。第六区画(地上)から、あの壁をブチ抜くためのマトモな工具(ドリルや爆薬)を運ぶ手段が、ない」
「……」
「これが、俺の『苦悩』だ」
クロウは、エンジニアとしてのプライドを押し殺し、優作を睨んだ。
「俺は技術屋だ。だが、この計画の最初の難所は、皮肉にも、俺の技術じゃ解決できない。必要なのは、旧時代の工具と、膨大な『労働力』……泥臭い、『やけっぱち』なマンパワーだけだ」
彼は、優作の「リーダー」としての資質を試すように、続けた。
「そして、第四フェーズ。仮に、この壁を『人力』で突破できたとして、だ」
クロウが指差したのは、壁の先にある「制御室の扉」だった。
「この『電子ロック扉』は、ピュティア(あんたの情報源)の言う通り、俺の技術じゃ開けられない代物だ。AIの聖域だ。……『鍵(C-112)』を落とす段取りは、どうなってる?」
優作は、クロウの視線から逃れるように、目をそらした。
(壁の掘削、C-112の攻略……。すべて、この俺の双肩にかかっている、というわけか)
(俺は、こいつら(デッド)を動かし、壁を掘らせ、C-112を『脅迫』する……)
「批評」だけでは済まされない、重い「実行」の責任。それが、優作の「苦悩」だった。
「……最後に、第五フェーズだ」
クロウは、作戦室にいる全員に言い渡した。
「この『排水溝』と『ダクト』の経路を通れるのは、一度に動けるのは、せいぜい100名が限界だ。ここにいる数千人全員を連れては行けない」
「……」
「この作戦は、『選ばれた100人』の脱出計画だ。異論は認めん」
クロウは、優作に向き直った。
「リーダー。あんたの仕事は二つだ。
一つ。デッドたちを扇動し、あの『壁』を、タイムリミット(残り60日)までに人力でブチ抜かせること。
二つ。俺たちが壁を抜くまでに、あの『鍵(C-112)』を、どんな手を使っても『落とす』ことだ」
クロウの目は、優作の「口先だけ」の能力を、完全に見透かしていた。
「……分かった」
優作は、喉の奥から、絞り出すように答えた。
(……やるしか、ない)
(『やけっぱちの交響曲』を、始めるしか)
こうして、第六区画のデッドたちによる、無謀な「コンクリート壁」への掘削作業と、優作による「C-112」攻略計画が、同時に始まった。
(→ここで、次のエピソード「やけっぱちの交響曲(第七部)」や、「人間模様と変化の芽生え(第八部)」に続く)




