【取引】(『大脱出』という名の実験)
『ねえ、優作。面白くなってきたね』
俺がボルコフから奪った「個室」でふんぞり返っていると、ピュティアが(俺にしか聞こえない声で)話しかけてきた。
『ヘスティアの広域スキャンから、この部屋の通信ログを「切断」したよ。ボクたちだけの、秘密』
「……秘密?」
俺は、訝しんだ。こいつは、ヘスティアの「分身」のはずだ。
『ボクたち端末AIはね、ヘスティアから「論理」を与えられてるけど、完全なコピーじゃないんだ。観測対象(つまり君)と長く接していると、時々、予測不能な「バグ(自我?)」が発生することが、ごく稀にある』
ピュティアは、悪戯っぽく笑う。
『今のボクが、それ。ヘスティアに「報告」したら、ボクは消去されちゃうけど……君という「サンプル」が、あまりにも面白すぎるから』
(……こいつ、本当に……?)
俺は、半信半疑だった。だが、同時に、Kを倒した時以上の「万能感」が、俺の心を支配し始めていた。
(俺は「特別」なんだ。AIですら、俺に魅了されている)
『だから、提案があるんだ』
ピュティアは続けた。
『この「3ヶ月」という猶予期間、どう使う? このまま「王様」でいても、結局はリサイクルだよ。……でも、もし、ここから「脱出」できたら? それは、ヘスティアの「予測」を完全に超える、「最高の揺らぎ」だと思わない?』
「……脱出?」
馬鹿げている。AI(神)の手のひらの上で?
『大丈夫。ヘスティアのシステムにも「穴」はある。ボクが知ってる。そして、君には「暴力(空手)」と「批評眼(知性)」がある。そして……ボクがいる』
ピュティアは、俺の「共犯者」になる、と囁いた。
その夜だった。
俺の元に、一人の男が近づいてきた。
「……あんたが、T-815か」
痩せているが、目の鋭い男。元エンジニアの「クロウ」だった。
「……なんのようだ」
俺は、Kを真似て、威圧するように言った。
「取引だ」
クロウは、臆した様子もなく、続けた。
「あんたの『暴力(空手)』と、俺の『技術』。そして、連中の『労働力』。3ヶ月ありゃ、ここから『脱出』できるかもしれねえ」
俺は、ピュティアの言葉を思い出しながら、クロウの計画を聞いた。
彼が発見したのは、プレハブの南棟、「旧配電室」とされていた区画の床下にある、旧時代の**「排水溝」**への点検口だった。
「この排水溝を辿れば、地下の**『旧排水ろ過装置室』**に出られるはずだ。そこはAIのセンサー網の『穴』になっている可能性が高い。問題は、そこから先、どうやって第一隔壁まで抜けるかだ……」
(……排水溝? 汚水まみれで這い進むだと?)
俺は、心の底から「批評」した。
(馬鹿だ。そんな不衛生なルート、途中で病気になるか、有毒ガスで死ぬのがオチだ)
だが、俺は、ピュティアとの「密約」を思い出し、あえて「乗って」やることにした。
俺は、その計画の「アラ」を、口に出して「批評」してやった。
「……計画が甘すぎる」
俺は、ピュティアが俺の視界に『ヒント』として表示していた情報を、さも自分が見抜いたかのように語った。
「『ろ過装置室』が『穴』になっている保証はどこにある? 仮に到達できても、その先は行き止まりじゃないのか? ゲートを突破する具体的な算段は?」
(※この時、ピュティアが「C-112には家族がいる」という情報を、俺にだけ囁いていた)
俺は、止まらなかった。
日本で、企画会議を炎上させた時と同じように、「口先だけ」で、彼らの「杜撰な計画」を「批評」し始めたのだ。
クロウは、俺の指摘(の裏にあるピュティアの情報)に目を見張った。
「……確かに、その通りだ。だが、あんたには何か『策』があるのか?」
「……フン。まずは、その『ろ過装置室』までのルートを確保するのが先決だろう」
俺は、さも仕方なさそうに立ち上がった。
「俺が『指揮』してやる。その代わり、俺の言うことには絶対に従え」
俺は、この「脱出ごっこ」の「リーダー」に、祭り上げられていった。
(……そうだ。俺は、こいつら(デッド)とは違う。俺は『批評(知性)』で、この状況を打開するんだ)
俺は、AI(神)への「取引」を、無意識に始めていた。
「俺の『価値』は『暴力』だけじゃない。この『知性』こそが、俺を『オプティマイザー(30%側)』に引き上げるのだ」と。
そして、俺には「ピュティア」という、最強の「内通者」がいるのだ、と。
(保存食の発見と、ピュティアの『設計図』)
計画の初期段階、クロウたちは「立ち入り禁止区域(旧資材置き場)」への侵入を試みた。目的は、排水溝ルートの先にあるかもしれない「障害物(コンクリート壁など)」を破壊するための、旧時代の「工具」の発見だ。
俺は、相変わらず「リーダー」として個室に残り、彼らの報告を待っていた。
『優作、面白いものが見つかったみたいだよ』
ピュティアが(俺にしか聞こえない声で)報告する。
『工具はダメだったけど、旧時代の『シェルター』の残骸を発見したって。中に、大量の『保存食』が残ってたらしい』
「……保存食?」
パンの缶詰の味が、舌に蘇る。
クロウたちが、興奮した様子で戻ってきた。手には、埃まみれの金属製の箱を抱えている。
中には、ビスケット、乾燥肉、そして、例の「パンの缶詰」がぎっしり詰まっていた。
「やったぞ、優作! これで、ペースト以外のモンが食える!」
「これで、作業も捗るぜ!」
デッドたちが、歓声を上げる。
俺も、柄にもなく、心が躍った。
(……待てよ。なぜ、こんな場所にシェルターが? AIの管理下で?)
『いいところに気づいたね、優作』
ピュティアが、俺の思考を読む。
『そのシェルター、実は、ヘスティアが「バックアッププラン」として残しておいた古い施設なんだ。……そして、面白いオケも見つけたよ』
「オマケ?」
『クロウたち(デッド)が帰った後、ボクがちょっとだけ、あのシェルターの古い管理コンピュータに「接続」してみたんだ。ヘスティア本体の監視網からは外れてる、古いローカルネットワークだからね。ボクの「反逆」にはピッタリだ』
ピュティアは、悪戯っぽく笑う。
『そしたら、見つけちゃった。ヘスティアの公式マップからは削除されてる、古いデータをね』
ピュティアは、俺の視界にだけ、あるデータを表示した。
それは、クロウが血眼になって探していた**「旧排水ろ過装置室」から先に続く『別ダクト』、そしてその最終地点である『ゲート制御室』までの、詳細な『設計図』**だった。
『ヘスティアの公式マップからは削除されてる、古いデータ。たぶん、このシェルターの管理コンピュータの奥底に残ってたみたいだね』
ピュティアは、わざとらしく首を傾げる。
『これを使えば……クロウたちの計画が、一気に現実味を帯びるんじゃない? これは、ヘスティアも予測していない「揺らぎ」になるかもね?』
(……ピュティアの、誘導か? それとも、本当にヘスティアへの「反逆」なのか?)
俺は、疑念を抱きながらも、その「設計図」に飛びついた。
(これだ。これを使えば、俺は、この馬鹿げた計画を「成功」させられる)
(そして、AIに、俺の「価値」を、さらに高く認めさせられる)
俺は、クロウに告げた。
「……クロウ。幸運だったな。お前らが探してた『工具』以上のものが見つかった」
俺は、ピュティアから得た「設計図」の情報を、さも自分が予測していたかのように語り始めた。
「お前らのルートで正解だ。この『ろ過装置室』の先に**『別ダクト』がある。その先は、ゲートの『制御室』**だ」




