【怒り】(仮初の希望と『王』)
俺が、自分の「価値(暴力)」を自覚した、その瞬間だった。
広場の壁に設置された、古ぼけたスピーカーが、ノイズを発した。
そして、ピュティアの声とは違う、ドーム全体を支配する、冷たくフラットな「合成音声」——AI『ヘスティア』本体の声が、響き渡った。
『アナウンス。第六区画所属、ID:T-815(優作)の「価値(効率性)」の発生を確認。これに基づき、第六区画の「最適化(粛清)」実行までの猶予期間を、72時間から、暫定的に「3ヶ月」に延長する』
……は?
広場にいた、虚無の目をした「デッド」たちが、一斉に、顔を上げた。
ざわ、と空気が揺れる。
なんだ?
いま、なんと言った?
「3ヶ月」?
『やったね、優作!』
俺の耳元で、ピュティアが(俺にしか聞こえない声で)はしゃいでいる。
『君一人の「揺らぎ」が、全体の「論理」を上書きしちゃった! すごいよ、君! ヘスティアも「予測外(面白い)」って、すごく喜んでる!』
(……俺が、やったのか?)
Kを倒した時の、あの「高揚感」が、今度は、腹の底からの「熱」になって蘇ってくる。
俺の「空手」が、俺一人の「暴力」が、この「死を待つだけ」だった区画全体の「運命」を変えた?
「お……おい、あんた……」
俺の足元で、あの老人「エリアス」が、震えながら俺を見上げていた。
その目は、もう「恐怖」だけではない。「期待」と「混乱」が混じった、面倒くさい目だ。
「あんたのおかげで……わしら、助かった、のか……?」
周囲の「デッド」たちが、俺を、遠巻きに見ている。
さっきまでの「虚無」は消え、「戸惑い」と、ボルコフに向けられていたものとは違う、奇妙な「熱」が、その目に宿り始めていた。
(もちろん、彼らには、俺の隣で無邪気に笑うピュティアの姿は、見えていない)
(……ああ、そうか)
俺は、理解した。
俺は、ボルコフ(旧い暴力)を倒し、AI(新しい支配者)に「認められた」。
俺は、この第六区画において、あのK(野球部)や、俺をクビにした上司たちと同じ、「支配する側」の「王」になったのだ。
俺の「卑屈さ」は、瞬時に「万能感」へと反転した。
これが「死の受容」の第二段階、【怒り】——他者への「支配欲」という形での、発露だった。
(俺は、もう「虫」じゃない)
(俺は、こいつら(デッド)とは違う)




