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『異世界人間失格 ~スキル【批評】持ちの独白~』  作者: 猫寿司
第五章:あるいは、私という人間の『選別』】

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【否認】(暴力と覚醒)

8時間が経過した。

俺は、広場の片隅で、壁に背中を預け、膝を抱えていた。

昼食を拒否したせいで、腹は減り、目眩めまいがする。

(俺の隣には、相変わらず、他のデッドには見えていないらしいピュティアのホログラムが浮いている)

もう「夢だ」という虚勢は、消え失せていた。

ここにあるのは「恐怖」と「空腹」だけだ。

(死にたくない。死にたくない。死にたくない)


ドームの天井光が「赤色」に変わる。

『あ、「夕食」の時間だよ、ID:T-815』

ピュティアの声。

俺は、ふらつく足で立ち上がろうとした。だが、空腹で力が入らない。

(……クソ。あのペーストでも、食っておくべきだったか……)


その時、一人の老人……昼間、俺の隣にいた男。タイムアウトで連れ去られたはずの、ID:S-444だ……が、近づいてきた。顔色は悪いが、立っている。仮に「エリアス」と呼ぼう……が、近づいてきた。彼は、俺が昼間ペーストを吐き捨てたのを見ていたのだろう。

「……にいちゃん。腹、減ってるんだろ」

エリアスは、自分の灰色の服の懐から、何かを取り出した。

それは、銀色の包装に包まれた、小さな「缶詰」だった。

「これは……?」

「パンの缶詰だ。わしが若い頃……戦争の前によく食ってたもんだ。一つだけ、隠し持ってた」

エリアスは、それを俺の手に押し付けた。

「わしは、もう……どうせすぐ『タイムアウト』だ。さっき、『調整(注射)』されて戻ってきたが、次はもうないだろう。にいちゃんが食え。生き延びろ」

老人は、そう言うと、よろよろと立ち去っていった。


(……調整?)

(タイムアウトになっても、すぐには死なないのか? 何か、処置をされるのか?)

俺は、混乱しながらも、震える手で、その缶詰を開けた。

中には、乾いた、しかし間違いなく「パン」が入っていた。

俺は、むさぼるように、それを口に詰め込んだ。

美味い。

あの灰色のペーストとは比べ物にならない。

本物の「食べ物」の味がする。

涙が、溢れてきた。


(……なぜだ? なぜ、この老人は、俺に……?)

B君を、Sを、佐知子を裏切ってきた俺が、見ず知らずの老人から、こんな「施し」を受ける?

俺は、混乱した。


だが、その感傷は、すぐに打ち砕かれた。

俺がパンの最後の一切れを口に入れようとした、その瞬間だった。

横から、ゴツイ腕が伸びてきて、俺の手首を掴んだ。


「!」

見ると、俺より頭二つはデカい、髭面ひげづらの男が立っていた。

そいつは、俺の持つパンの缶詰を、憎々しげに睨んでいた。

仮に、そいつを「ボルコフ」と呼ぼう。

ボルコフは、俺の腕輪(T-815)を一瞥いちべつし、嘲笑う。

「……新入りか。いいモン持ってんじゃねえか。……よこせ」


(……まただ)

俺の脳裏に、フラッシュバックが起きる。

Kだ。

購買部で、俺のパンを奪った、あのKだ。

理不尽な「暴力」。

俺から「奪う」側の人間。


俺の全身が、高校時代の「恐怖」で、震え始めた。

だが、同時に、エリアスがくれた「パン」と、それを奪おうとするボルコフへの「怒り」が、腹の底から湧き上がってきた。

(……やめろ)

(……これは、俺のだ! 俺が生きるための、最後のパンだ!)

ボルコフが、俺を「弱い」と判断し、パンを奪おうと、手を伸ばしてきた。


その瞬間。

俺の、月一でサンドバッグを蹴り続けた「空手」が、勝手に、動いていた。


(……遅い)

Kの「暴力」とは違う。

こいつは、ただの「飢えた獣」だ。

俺は、恐怖で震えながらも、Kへの復讐ころしのつもりで叩き込んだ、あの「ローキック」を、ボルコフの太もも(大腿四頭筋)に、叩き込んだ。


ゴッ!

鈍い音が、響いた。


「ぐあッ!」

ボルコフが、Kと全く同じ声で、その場に崩れ落ち、太ももを押さえて悶絶もんぜつした。

広場の「デッド」たちが、虚無の目から、初めて「驚愕」の目になり、俺を見ている。


(……やった)

(俺が、やった)

Kを倒した時の、あの「高揚感」が、一瞬、蘇る。

だが、ボルコフは、獣のような目で俺を睨みつけ、うずくまったまま、再び立とうとしていた。


(……ダメだ!)

(こいつは、Kだ! ここで倒さなければ、俺は、また「玩具」にされる!)

俺の「恐怖」が、「高揚感」を塗りつぶした。

俺は、うずくまるボルコフの、がら空きの「あご」に向かって、

躊躇なく、

訓練サンドバッグでは一度も使わなかった、

実戦ころしのための「前蹴り」を、叩き込んだ。


ゴスッ、と、硬い骨が砕ける感触。

ボルコフは、白目を剥き、完全に沈黙した。


……静まり返る、広場。

俺は、自分の足が、ガクガクと震えていることに、気づいた。

(……俺は、また)

(……人を、殺した……?)


その時、あの老人「エリアス」が、恐る恐る近づいてきた。

彼は、俺の「暴力」に「怯え」ながらも、俺の手に残ったパンの缶詰を指さした。

「……にいちゃん……強いんだな。……そのパン、食え。生き延びろ」

老人は、俺に「媚びて」いるのではなく、俺の「生存」を、願っているように見えた。

B君をいじめた時、俺に媚びてきた、あの卑屈な生徒たちとは、違う。


(……やめろ)

俺は、エリアスの視線から、目をそらした。

(俺を見るな! 俺は、Kじゃない! 俺は……!)


『——素晴らしい!』


俺の背後で、(俺にしか聞こえない声で)ピュティアが、嬉しそうにパチパチと手を叩いていた。

『ID:T-815、君の「価値」、今ので証明されたよ!』


「……は?」


『「暴力」は、この「デッド・ゾーン」において、最も分かりやすい「価値(生産性)」の証明だ。君は、自分の「食料(資源)」を、自分の「力」で守った。そして、他者エリアスから「資源」を献上された(ように見えた)。それは、とても「論理的」で「効率的」な行動だ』

ピュティアは、俺の「過剰防衛(殺人未遂)」を、そう「評価」した。


『ヘスティアも「予測通り(でも面白い)」って、すごく喜んでる。君の「卑怯さ」と「暴力」が、生存本能と結びついた、良い「揺らぎ」だったって』

ピュティアは、俺の「恐怖」と「罪悪感」を、まるで「テストの採点」をするかのように、さとした。


(……「価値」?)

(俺の、この「空手(暴力)」が、こいつら(AI)に「評価」された?)


俺は、沈黙したボルコフと、俺を心配そうに見るエリアスと、(俺にしか見えない、無邪気に笑う)ピュティアを見比べた。

ここで、俺の「否認」は、完全に、終わった。

そして、「死の受容」の、次の段階が始まった。


(……そうか)

(こいつら(AI)は、「暴力」を評価するのか)

(ならば、話は早い)

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