【否認】(観察と昼食)
重い金属のドアが、自動で開く。
『さあ、行って。「猶予」の開始だよ、ID:T-815。最初の8時間は、第六区画の「観察」を推奨する。君の「価値」を証明するヒントが、見つかるかもしれないからね』
ピュティアのホログラムは、(俺にしか見えないのだろう)俺の数歩先を、フワフワと浮遊しながら、俺を独房から通路へと導く。
俺が独房から出ても、通路に座り込む他の「デッド」たちは、俺を一瞥するだけで、ピュティアの存在には、まるで気づく様子がない。
(……そうか。こいつは、俺の「腕輪(T-815)」にだけ、表示されているのか)
俺は、自分が「監視下」にあることを、改めて理解した。
(……72時間)
(72時間後に、俺は「リサイクル」される)
(……死にたくない)
(俺は、生き残る。Kの時も、そうだった)
俺は、自分に言い聞せる。
俺は、歩く。
ピュティアが、まるで観光ガイドのように、(俺にしか聞こえない)合成音声で、解説を続ける。
『ここが「デッド・ゾーン」。見て、あの人たち。彼らも、72時間以内に「リサイクル」されるデッドストックだよ』
通路の壁には、俺と同じ灰色の「囚人服(作業着?)」を着た連中が、虚ろな目で座り込んでいる。
その目には、絶望も、怒りも、何もない。
ただ「無」だ。
(……こいつら、諦めているのか?)
(馬鹿が。俺は、違う。俺は「諦めない」。俺は、Kの時も、生き残ったんだ)
『あ、その「生存本能」、それも君の面白い「揺らぎ」だね。ボクの予測だと、君の「卑怯さ(又八)」の行動パターンは、かなり予測不能なんだ』
「……うるさい」
俺は、声に出して呟いた。
周囲の「デッド」たちが、いきなり独り言を始めた俺を、薄気味悪そうに一瞬見た。
(……マズい。こいつ(ピュティア)と会話していると、俺が「狂った」と思われる)
俺は、口を閉ざした。
『いい判断だね。他者に「異常」と認識されるのは「非効率」だ。ボクも、君の「適応力」を評価してる』
ピュティアは、俺の思考を先回りして、また「採点」する。
『さあ、広場だよ』
ピュティアに促され、俺は「広場」に出た。
そこは、吹き抜けになっていて、薄汚れた巨大な「ガラス」の天井が見える。
ドームの外は、黄色い「砂嵐」が吹き荒れているのが見えた。
人工太陽が、病的な「昼」の光を投げかけている。
広場には、「配給所」があった。
デッドストックの連中が、無気力な列を作っている。
『あ、ちょうど「昼食」の時間だね。並んで』
俺も、その最後尾に並ぶ。
配給されるのは、チューブに入った、灰色の「ペースト」だった。
(……これが、食い物か)
さっき見た「リサイクル・プラント」の光景。ピュティアの「冗談(?)」が、脳内で反響する。
(……まさか、本当に……人間……?)
胃が、引き攣る。強烈な嫌悪感が、全身を粟立たせた。
だが、腹は、正直に「空腹」を訴え、頭がクラクラする。
俺は、震える手で、そのチューブを受け取った。
キャップを開ける。金属のような、錆びた匂い。
(……食えるか、こんなもの)
俺は、恐る恐る、ほんの少しだけ、チューブの先を舐めてみた。
……味はない。ただ、舌の上に、ザラザラとした、不快な感触だけが残る。
「……っぺ!」
俺は、たまらず、それを地面に吐き捨てた。
周囲のデッドたちが、俺の奇行を、虚ろな目で一瞬見たが、すぐに興味を失ったように視線を逸らす。
(……だが、食わなければ、死ぬ)
(72時間もたない)
理性が、そう警告する。
だが、体が、本能が、この「物体」を「食料」として受け入れることを、完全に拒絶していた。
俺は、その灰色のチューブを、地面に叩きつけた。
中身が、粘土のように飛び散る。
俺の「プライド(小説家の感性)」は、生存本能よりも、生理的な「嫌悪感」を選んだのだ。
(……クソ。どうすればいい……)
その時だった。
俺の隣で、同じペーストを啜っていた老人が、ガクリ、と膝から崩れ落ちた。
周囲の「デッド」たちは、それを見ても、誰一人、動かない。
やがて、白い「防護服」の連中が二人やってきて、老人を「モノ」のように掴み、あの「リサイクル・プラント」の方へ引きずっていった。
『あ、あの人、ID:S-444。さっき「期限切れ(タイムアウト)」になったんだ。リサイクル決定だね』
ピュティアが、無邪気に解説する。
(……タイムアウト?)
(……夢じゃ、ない)
(こいつら、本当に……「処理」されている)
「否認」していた俺の脳天を、冷たい現実が、殴りつけた。




