【否認】(覚醒と宣告)
青白い光。
全てを焼き尽くすかのような、あの絶対的な「光」。
あの瞬間、俺(優作)は、自分が「無」に帰したのだと思った。
(……ああ、終わった)
(罰が、下ったのだ)
佐知子を見捨て、B君を殺し、Sを裏切った俺という「虫」は、あの工場で、当然の報いとして、消滅したのだと。
工場の、あの忌わしい「樹脂ジャグ」と共に、高温で蒸発したのだと。
それで、いい。
それが、当然の「結末」だと、そう思った。
だが、私は、生きていた。
いや、これは「生きている」と呼べるのか?
次に目を開けた時、そこは工場の床でも、病院の白い天井でもない。
まず、鼻をついたのは、強烈な「匂い」だった。
消毒液と、埃と、カビと、そして、微かな「汚物」の匂い。
あの工場の、鉄とオイルの匂いとは、まったく異質だ。
(……夢だ)
俺は、とっさにそう結論付けた。
(これは、死ぬ間際に見る、悪夢だ)
(俺はまだ、あの青い光の中にいるんだ)
だが、感触が、リアルすぎる。
背中が、痛い。
硬い。冷たい。
俺が寝かされていたのは、薄汚れたプラスチック製の「寝台」だった。
目を開ける。
薄暗い。
チカ、チカ、と、天井の蛍光灯が不規則に点滅している。工場のそれより、遥かに弱々しい光だ。
壁は、コンクリートが剥き出しで、茶色いシミが広がっている。
独房だ。
(……なぜだ? なぜ俺は、こんな場所に?)
その時、重い金属のドアが、電子ロックの解除音と共に開いた。
「……目覚めたか。ID:T-815(ティー・ハイフン・ハチイチゴ)」
無機質な声だった。
俺を覗き込むのは、天使でも、エルフでもない。
白い、無機質な「防護服」を着た、性別も分からない人間だった。
そいつは、俺の腕を掴むと、Kに殴られた時のような無遠慮な力で、手首に冷たい「腕輪」を取り付けた。
焼印のような、電子インクが皮膚に浮かび上がる。
『T-815』。
「(やめろ……!)」
抵抗しようとしたが、体が、鉛のように重い。
あの「青い光」の後遺症か。
防護服の男は、何も言わず、俺の腕輪に端末をかざし、何事かを確認すると、そのまま重いドアの向こうへ消えた。
ガシャン、というロック音。
一人、残された。
(……なんだ? 今のは)
(ドーム? 転移体? 何も聞いていない)
(夢だ。夢に決まっている。こんな、馬鹿げたことがあるか)
俺は、腕輪を外そうと、爪を立てる。だが、皮膚と一体化したかのように、外れない。
パニックに陥る俺の前で、何もない空間が、ノイズを発した。
ジジ、と音がして、光の粒子が、俺の目の前に集束していく。
(……なんだ?)
ジジ、という耳鳴りのような音がして、光の粒子が空中で集束していく。
「……?」
俺は目を細めた。
光の粒が集まり、宙に浮く小さな「子供」の形を作っていく。
簡素な白い服を着た、せいぜい12から15センチメートルほどの小さなホログラム。
少女のようにも見えるし、少年のようにも見える。性別の判断がつかない、整いすぎた顔立ちの子供が、ふわりと空中に浮遊している。
『はじめまして、ID:T-815。ボクは「ピュティア」。AI『ヘスティア』の、観測端末ぶんしんだよ』
……AI? 分身?
「(……まさか、俺は、あのまま死んで、電脳世界にでも……?)」
俺が愛読した、SF小説の陳腐な設定が、頭をよぎる。
『いいや。君は「生きて」ここにいる。君のいた宇宙(世界)とは、別の宇宙にね』
ピュティアは、俺の思考を「読んだ」かのように、淡々と答える。
「……別の、宇宙?」
(馬鹿な。そんなことが)
俺は、まだ、この状況を「否認」していた。
『ここはドーム都市『アテナイ』。君たちの言葉で言うところの「地球」だよ。ただし、君のいた「地球」とは、物理法則も、歴史も、少し違うみたいだ』
ピュティアは、まるで観光ガイドのように、解説を続ける。
『君たちの愚かな「資源戦争」のおかげで、この星の環境は「ドーム」の外では、もう大型生物は生存不可能になった。だから、ボクたちAIが、生き残った人類を、こうして「管理」しているんだ』
「……管理?」
『うん。だって、資源は「有限」だからね。放置したら、君たち人間は、またドームの中で殺し合いを始めちゃう。それは「非効率」で「論理的」じゃない』
ピュティアは、この世の真理を語るかのように、無邪気に続ける。
『だから、ヘスティアは、持続可能な未来のために「人口最適化」の真っ最中なんだ』
「……しゅくせい?」
聞き慣れない言葉の響きに、背筋が凍る。
『そう。ドーム内で生きていける「価値」のある人間(30%)と、そうじゃない人間(60%)を、「選別」してるんだよ』
俺は、まだ、これが「夢」か「悪い冗談」だと思おうとしていた。
(……なんだ、それ。まるで、ディストピア小説じゃないか。俺の「批評眼」からすれば、その設定、使い古されてるぞ)
俺は、そう、心の中で「批評」し、虚勢を張ることで、この異常な現実から目をそらそうとした。
だが、ピュティアは、その俺の最後の「否認」を、無慈悲に打ち砕いた。
『ヘスティアは、君に、すごく興味があるんだ』
「……興味?」
『うん。「時空の歪み(臨界事故)」から、人間が「転移」してくるなんて、ヘスティアの『論理』にもなかった「揺らぎ」だから。君は、とっても貴重な「検体1号」だよ』
「サンプル」という言葉に、Kに「玩具」にされた、あの日の屈辱が蘇る。
『ヘスティアは、君を「観察」したい。君が、どういう「行動原理」で動く生物なのか、知りたいんだ』
ピュティアは、無邪気な子供の顔で、恐ろしいことを言う。
『だから、君に「テスト」をあげる』
「……テスト?」
『うん。「72時間」あげるから、君の「価値」を、ヘスティアに証明してみて』
ピュティアは、まるでゲームの説明をするかのように、続けた。
『ちなみに、君が今いる、この第六区画。ここは、その「粛清対象(60%)」……ヘスティアの言葉で言うと「デッドストック(死蔵在庫)」が集められる場所なんだ』
「……は?」
『72時間以内に、君が「デッドストック」以上の「価値(生産性)」を証明できなければ、君は、他のデッドたちと、一緒に「リサイクル(粛清)」されちゃう』
ピュティアは、無機質に、そう宣告した。
(……粛清?)
(……死ぬ、ということか?)
Kに頭を踏まれた、あの泥水の「恐怖」が、全身を駆け巡った。
ここで、俺の「否認」は、終わった。
これは、夢じゃない。
俺は、あの工場(日本)よりも、さらにどうしようもない、地獄(リハビリ施設)に、落ちたのだ。
『あ、その「恐怖」と「卑屈さ」の揺らぎ、すごく面白いね! ヘスティアが「観測データ」として、すごく喜んでる』
ピュティアは、嬉しそうに、手をパチパチと叩いた。
(……こいつ、俺を「観察」して、遊んでいるのか……!)
俺は、自分が、神の「実験室」に放み込まれた「虫」であることを、この時、はっきりと自覚した。




