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『異世界人間失格 ~スキル【批評】持ちの独白~』  作者: 猫寿司
【第四章:あるいは、私という人間の『虫』】

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臨界(クライマックス)②

ガシャン、ガシャン、と、いつもの「音」が響く。

ジジ、と蛍光灯が鳴っている。

ここが、俺の「職場」。

三十代前半、あの「口だけの詐欺師」のレッテルを貼られた後、社会(正社員)から完全に逃亡した俺が、唯一見つけた「安息の地」だった。


「佐藤化学工業・第三プラント」。

表向きは、何を作っているのかよく分からない、「特殊セラミック触媒」の工場、ということになっている。

だからか、夜勤専門のアルバイトという「底辺」の仕事にしては、時給が妙に高かった。

もちろん、誰も、その「理由」など知りたくもない。


私は、ここで、もう10年近く働いている。

私は、ここの「最古参」のアルバイトだ。

だが、私は、誰ともつるまない。新人にも干渉しない。休憩時間は、車の中で小説を読む。

だから、私は「佐藤さん」とは呼ばれるが、誰からも「存在しない者(幽霊)」として扱われている。

それが、俺にとっての「理想の地位」だった。

Kもいない。Sもいない。佐知子もいない。

ただ、「俺」と「機械の音」だけがある世界。


床に引かれた黄色の安全線は、剥げて黒ずんでいる。

鼻をつくのは、鉄と、酸っぱい薬品と、古いオイルが混じった、独特の匂い。

この「音」と「匂い」だけが、俺の現実だ。


(そうだ、俺はクズだ。俺は『虫』だ)

(俺は、ここで、この『音』だけを聞いて、死んでいくんだ)

私は、そう、今夜も、再確認した。私は、作業場に向かった。

「安全第一」と書かれた、埃まみれの看板の下をくぐる。

管理体制は、あってないようなものだ。

コストカット、効率優先。

この「ずさんさ」こそが、俺のような「虫」には、都合が良かった。


私の持ち場。「第7スラリー混合タンク」。

私は、あの「樹脂ジャグ(10リットル)」を、無感情で掴んだ。

壁に貼られた、色褪せた「正規マニュアル」には、『自動計量器を使い、1リットルずつ制御注入すること』と、小さな文字で書かれている。

だが、そんなことをしている夜勤の人間は、俺を含め、誰もいない。


「裏マニュアル」。

この、デカい計量ジャグで一気にすくい上げ、タンクにぶち込む。

その方が、30分早く、休憩(小説を読む時間)に入れるからだ。


危険性? 知るか。

10年間、何も起きなかった。

そして、何より、佐知子から逃げてきた今の俺は、もう、どうでもいいんだ。

俺は、もう、疲れたんだ。


私は、臨界させてはいけない「それ」を、すくう。

粘度の高い、重い液体。

そして、それを、安全装置(自動計量器)を無視して、Bタンクに、叩きつけた。


その瞬間。

視界が、青白い「光」で、塗りつぶされた。

——ああ、そうか。

——これが、「罰」か。


それが、私の、四十年間(日本)の、最後の記憶だった。


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