幕間:中編:カーラ編【聖女の受難と事務官の激怒】
1.窮鼠の牙
「囮店舗作戦」により資金源を断たれたサマラヤの残党は、最後の手段に出た。
「魔女(ペコ様)の殺害」。
それも、なりふり構わぬ自爆特攻の連鎖だった。
2.規格外の聖獣(暗殺未遂3連発)
【第一の事件:ハエ叩き】
それは、「古代水路」の修復現場でのこと。
瓦礫に埋もれていた旧時代の石造水路を掘り起こし、清らかな地下水脈を復活させた場所だ。
「まあ! お水が透き通っていますわ!」
ペコ様が市民に手を振った瞬間、石塔の影からクロスボウが放たれた。
「ペコ様! 危な――」
ヒュンッ。音速に近い鋼鉄の矢。
直撃かと思われたその時。
パシンッ!
ペコ様が、無意識に尻尾を振った。
カラン……。石畳に落ちたのは、くの字に折れ曲がった矢だった。
「もう。今の季節に羽虫だなんて。お掃除が行き届いていませんわ、カーラさん」
ペコ様は、自分が狙撃されたことに気づいてすらいなかった。
【第二の事件:美食家の胃袋】
次は、地方領主との晩餐会での毒殺未遂。
「本日のメインディッシュ、希少な『地底キノコ』のクリーム煮でございます」
給仕が皿を置いた瞬間、刺激臭がした。致死性の神経毒を持つキノコの濃縮液だ。
同席した人間の官僚が、一口食べて白目を剥いて倒れる。
「猛毒だ! 医師を呼べ!」
だが、隣では――
「モグモグ……ングッ。おかわり頂けます?」
ペコ様の皿は空だった。
「ペ、ペコ様!? 毒です!」
「えっ? ……言われてみれば、少し舌がピリピリしますけど……」
犯人(給仕)が震え上がる中、ペコ様は懐かしそうに語った。
「あの時は三日三晩、キノコと格闘し 三途の川でスズに抱きしめられましたけど……おかげで、たいていの毒はスパイスに感じる身体になりましたの!」
それは生物学的な耐性獲得というより、単に死の淵から蘇っただけである気がしてならなかった。
【第三の事件:折れたナイフ】
そして、決定的な三件目が起きた。
街頭での慰問中、花束を持った10歳ほどの少年が近づいてきた。
「おねえちゃん、これ、あげる」
「まあ! ありがとう……」
ペコ様が頭を撫でようとした隙を突き、少年は隠し持っていたナイフを、ペコ様の腹部に突き立てた。
「死ねッ!!」
ガキンッ!!
硬質な音が響き、ナイフが根元からへし折れた。
ペコ様の鋼鉄の腹筋には、うっすらと赤い線がついただけだった。
「……痛っ……」
ペコ様が悲しげに呟く。
少年は折れたナイフを握りしめ、泣き叫んだ。
「死ね! 異教徒の魔女! お前を殺せば、パパとママが天国に行けるんだ!」
洗脳だ。
サマラヤの残党は、親を殺して孤児にした子供を拾い、兵器として育てていたのだ。
ペコ様は、その場に泣き崩れた。
「……子供に……あんな小さな子に、人殺しをさせるなんて……」
その涙を見た瞬間。
私の中で、何かが音を立てて焼き切れた。
3.事務官の激怒と、裏の組織
執務室に戻った私は、全ての予定をキャンセルした。
「……カーラ様? ペコ様の護衛増員計画ですが……」
「必要ありません」
私は、書類の束をゴミ箱に放り込んだ。
ペコ様の肉体は、物理攻撃では傷つかない。
だが、あの方の心は傷つく。
「……許さない」
サマラヤのクズども。
子供という「弱者」を弾丸として使い、あの方の慈悲につけ込んだ。
不満分子や孤児をさらっては、洗脳して兵士にする?
「それが、お前たちの言う『聖戦』か?」
私は立ち上がり、壁の地図を睨みつけた。
もう、加減はしない。
行政処分などという生ぬるい対応は終わりだ。
「そんな神なら、いらない。……すべて、薙ぎ払う」
「何でもかんでも『聖戦』と言えば肯定されると思うなよ」
私は、執務室の暗がりに向かって、静かに声をかけた。
「……そこにいるのでしょう。報告を」
音もなく、影の中から一人の密偵が姿を現した。
闇に溶ける黒装束に身を包んだ、しなやかな猫族の女性、ルナ。
そして、天井の梁からは、音もなく翼を持つフクロウ族の男性、トバリが舞い降りた。
彼らは、私が優作様の「裏の仕事」を参考にし、独自に設立した**「特別行政監察室(通称:カーラ機関)」**の精鋭たちだ。
表の衛兵には任せられない、汚れた仕事を処理するために私が集めた「掃除屋」である。
「……報告します、局長」
ルナの声は、鈴を転がすようでありながら、感情の色がない。
「……例の『孤児院』という名目のアジト。場所は特定できていますか?」
「ああ。セントラルシティから北へ50キロ。**旧サマラヤ領との境界にある『荒野の廃鉱山』**だ。子供が30人、大人の構成員が50人ほど潜伏している」
王国の監視が届かない、無法地帯か。奴ららしい場所だ。
「……了解しました。これから『分別』を行います」
「分別?」
ルナが小首をかしげ、トバリが片眉を上げる。
「ええ。『資源(子供)』と『ゴミ(大人)』の分別です」
私は眼鏡の位置を直し、冷徹に告げた。
「ルナは内部へ潜入し、子供の確保ルートを先導。トバリは通気口を制圧し、逃げ出そうとする鼠を処理しなさい」
「「御意」」
二つの影は、再び闇へと溶けていった。
4.分別作戦
深夜。北の荒野、廃鉱山。
かつては鉱石を掘り出していたその洞窟は、今はテロリストたちの「聖戦士育成所」となっていた。
「さあ、祈りなさい! 邪悪な獣の女王を殺せば、天国への扉が開かれる!」
狂信的な司祭が説教をしている最中、天井の通気口から白濁した煙が流れ込んだ。
トバリが仕掛けた、地下原生植物から抽出した強力な睡眠の粉塵だ。
「な、なんだ!? 煙か!?」
「違う……甘い匂いが……眠……い……」
数分後。洞窟内は静寂に包まれた。
見張りの兵士も、祈っていた信徒も、泥のように眠っている。
「……突入」
布で口元を覆った私が号令をかけると、特殊部隊が雪崩れ込んだ。
先導するのはルナだ。彼女は迷路のような坑道を猫のような身のこなしで進み、正確に「子供部屋」へと案内した。
「ここだよぉ。……みんな、ぐっすりだね」
子供たちは、薄汚れた毛布にくるまり、折り重なるように眠っていた。
私は一人一人を確認し、部下に指示を出す。
「子供確保。……丁重に搬出せよ」
「大人確保。……そのまま放置」
私は、眠っている子供たちを運び出させた。
彼らは被害者だ。今は洗脳されていても、生きていればやり直せる。
だが、大人たちは違う。自分の意思で子供を利用した、救いようのないクズだ。
「……外周、クリア。逃走者なし」
暗闇の中から、トバリの声が届く。上空からの監視網に死角はない。
子供たち全員の搬出を確認した後、私は最後の仕上げに取り掛かった。
「……出入り口を封鎖」
外から扉を鎖で縛り、速乾性の粘土で隙間を埋める。
そして、トバリが確保した通気口から、大量の可燃性オイルを流し込む。
「……神の元へ逝きなさい。そこなら、誰もあなたたちを利用しない」
カチリ。
私が点火スイッチを押すと同時に、廃鉱山の奥底で爆発音が響いた。
それは、誰にも見えないし、聞こえない。
岩盤の向こうで、一瞬にして数千度の紅蓮の炎が渦巻いたことだろう。
眠ったまま、痛みを感じることもなく、彼らは灰になった。
大人も、教典も、武器も。
全ての痕跡が、平等に、無慈悲に、熱量へと変換された。




