(二重の『鎧』)
高校を卒業する時、私の手元には、三つの「武器」が残った。
「最底辺」の卒業証書。
「小説(感性)」という名の、ひねくれたプライド。
そして、「空手(暴力)」という名の、他人を屈服させる技術。
私は、逃げるように実家を出た。あの、学のない父と、短慮な母から、物理的に距離を取った。
ボロアパートでの一人暮らし。
私は、あのKを屈服させた「空手」を、辞めなかった。いや、「辞められなかった」。
Kを倒した「暴力」への自己嫌悪は、確かにあった。
だが、それ以上に、「Kに頭を踏みつけられた、あの泥水の恐怖」が、私の骨の髄まで染み付いていた。
あの「無防備な卑屈さ」に、もう二度と戻りたくなかった。
だから、私は、あの「道場」との繋がりだけは、捨てなかった。
ただし、私の空手は「変質」した。
高校三年の時のような、自殺願願からくる狂気じみた「熱」は、もうない。
私は、道場の「組手」や「試合」といった、他人と過剰に関わるもの一切から逃げた。
(どうせ、俺には向いていない)
(俺は、ヒーローになどなれない)
私は、道場の「幽霊部員」になった。
社会人になってからも、週に一度、あるいは「月一」でも、必ず道場の隅に行き、誰とも目を合わせず、サンドバッグだけを黙々と蹴り続けた。
Kの太ももを砕いた、あのローキックの「感触」だけを、忘れないために。
それは「鍛錬」ではなかった。
それは、カフカの虫が、自分の硬い「甲羅」を磨き続けるような、陰鬱で、孤独な「確認作業」だった。
俺にとって「空手(肉体)」と「小説(精神)」は、他人を拒絶し、社会から身を守るための、**二重の「鎧」**になったのだ。




