05.魔女の山
幼い頃に両親を亡くし、アートレイドは妹のシェイナとともに、両親の知人で魔法使いのヤオブに引き取られた。
魔法を見て目を輝かす二人を見て、ヤオブは魔法を教え出す。
この頃は三人暮らしだったが、彼には過去に数人の弟子がいて、同居していたことがあった。元々、人に教えることが好きな人だったのだ。
アートレイドとしては、手も使わずに火が点いたりしてすごいなー、という子どもの好奇心程度だったのだが、ヤオブが真剣にあれこれと説明を始めるので、引くに引けなくなった部分がある。
それでも、多少の素質はあったようで、一通りのことはこなせるようになってきた。そうなると面白くなってくるので、修行にも力が入ってくる。
一方、シェイナは魔法の修行もそれなりにはするのだが、彼女の興味は魔法書の方だった。
アートレイドがスルーしてしまうような細かい部分まで読み込んだり、あれとこれを混ぜ合わせて魔法の薬を作り出す、といった分野に惹かれていったのだ。
「兄妹でも、ずいぶんはっきりと進む方向が分かれたものだな」
養い子であり、弟子である二人を見て、ヤオブはそう言いながら穏やかに笑っていた。
攻撃魔法を会得して、魔物退治をするばかりが魔法使いではない。普通の人では作り出せない、薬や道具を作ることを生業とする魔法使いもいるのだ。
実際、ヤオブの弟子の中にもそういう人達がいる、とアートレイドは聞いている。シェイナはそちらの方向へ進むのだろう、と師匠も兄もそう思っていた。
「お前達が、わしの最後の弟子だなぁ」
そんなことをつぶやいた次の日、ヤオブは倒れた。
二人を引き取った時には、すでに高齢だったヤオブ。
アートレイド達は自分達の祖父を知らないが、恐らくヤオブは祖父よりずっと年長だ。アムルの村だけでなく、彼は近隣の村でも飛び抜けて長生きだった。
しかし「とうとう、お迎えの順番が来たらしい」と微笑みながら、ヤオブは逝った。
養い親が急逝し、アートレイドはその後の身の振り方を考える。
このまま小さな村にいても、魔法使いとしての仕事はなかなか来ないだろう。存在を知ってもらわなければ、依頼が来るはずもない。
街へ出れば、魔物退治を請け負う魔法使いの組織があると聞くし、そこで自分の力がどこまで通用するのか試してみたい、と思う。
一方、シェイナは「もう少し村に残りたい」と言った。
家にある魔法書は読破したが、薬や道具を納得できるまで自分の手で作った訳ではない。
街よりも田舎の方が、自然の材料が無料で手に入る。田舎で調達が無理になれば、その時に街へ出るかを考えたい、と。
まだ子ども扱いされる年齢の妹一人を残すのは心配だったが、アートレイドはずっと村に残るつもりはなかった。と言うより、残る訳にはいかなかったのだ。
未成年だろうと生活費は必要だから、働かなくてはならない。畑はあったが、農作物を売って生活できる程の量ではなかった。
それに、二人はヤオブの手伝いをする程度で、普段は魔法の修行をしていたから、農作業が得意とは言えないのだ。
どういう形であれ、ずっとアムルの村にいては、生活費を稼ぐことは難しい。
かと言って、アートレイドはシェイナを無理に連れて行きたくなかった。
街で住む場所がすぐに確保できるかもわからないし、まともな生活ができるかも怪しい。
それなら、シェイナは住み慣れた家にいて待っている方がいいだろう。
アートレイドが街へ出て生活がそこそこ落ち着いたら連絡をするので、いつでも出て来るように……ということで、兄妹間の話はまとまった。
身の回りを整理し、アートレイドがあと二日で村を出る、という日。
アートレイドは、シェイナの姿がないことに気付いた。
よく森などへ薬草を採取しに行ったりするので、今日もそうかと思ったのだが、なぜか胸騒ぎがする。
そこへ追い打ちをかけるような、村人の言葉があった。
「シェイナがラゴーニュの山へ向かってったみたいだけど、大丈夫なのか?」
それを聞いて、アートレイドは血の気が引いた。
村の近くにある、ラゴーニュの山。
そこは昔から「魔女の山」とも呼ばれ、その名の通りに魔女が棲む所だ。比喩などではなく、本当に魔女がいる。
山そのものは特別な恐ろしい物があるというのではないが、その山はいわゆる魔女の縄張なのだ。入れば殺される、という噂もあるくらいである。
以前、ヤオブに聞いたところによると「殺されるところまではいかない」という話だった。しかし、やはりただでは済まないらしい。
ヤオブも実際に見たのではないが、姿を人間以外の何かに変えられる、と言うのだ。元に戻りたければ、宝石などの魔女が要求する物を持って行く、できなければ一生そのままなのだ、と。
魔女は、人間を毛嫌いしている訳ではないらしい。人間が持たない知恵も力もある。魔法使いなどは、時々彼女に力を借りることもあるのだ。
その場合にのみ使われる「魔女を訪問するためのルート」というものがあり、その正規ルートを使わない者に対しては、魔女も容赦ない。
ラゴーニュの山では、この正規ルートを使うことが鉄則だ。それができない者は、魔女に何をされても文句は言えない。
ラゴーニュの山を知る者にとって、それは常識である。
なので、普通の人間がこの山へ入ることはない。魔法使いでさえ、依頼がなければ滅多なことでは近付こうと思わない山だ。
アートレイドは、その正規ルートというものを知らなかった。ヤオブが知っていたかどうかも、今となってはわからない。知っていれば、そのうち教える気でいたのだろうか。
とにかく、アートレイドが知らないのだから、シェイナが知っているとはとても思えなかった。
魔法書の細かい部分についての知識はともかく、修行を通してシェイナが知っていることは、アートレイドと同じことしかないはず。
彼女だけが正規ルートをヤオブから聞いていた、とは考えられない。
さっき覚えた胸騒ぎはこれだったのか、とアートレイドはラゴーニュの山へ走った。
どうして魔女の山の近くに、よりによって自分の住む村があるのだろう。
地形を恨んでも仕方ないが、文句の一つも言いたくなる。
正規ルートを知らないアートレイドは、それらしい道を探したがわからず、すぐにあきらめた。看板や道しるべのようなものはどこにもなく、恐らくは口伝えなのだろう。
こうして探している間にも、きっと正規ルートからすでに外れている。途中からそのルートへ入ったところで、魔女に許してもらえるかどうか。
仮に正規ルートを歩いていたとしても、シェイナもきっとその道から外れている。だとしたら、アートレイドが正規ルートを歩いても、シェイナを見付けることができない。
魔女が人間の行動をどこまで把握できているかわからないし、こうして入って来たことに気付かれてない、という可能性もある。そこに賭けて、シェイナを早く連れ戻すしかない。
だが、そんなアートレイドの望みは、少女の悲鳴で砕かれた。今の声は、間違いなくシェイナだ。
どこをどう走ったのか、覚えていない。
気付けば、アートレイドは小さな花畑のような場所へ出ていた。何という花か知らないが、薄桃や黄色の小さなかわいい花がたくさん咲いている。
その中央に、ひとりの女性が立っていた。
明るい金色の髪はまっすぐ腰まで伸び、すらりとした長身を白いドレスで包んでいる。そして、アートレイドが今まで見たことのない美しさを持っていた。
だが、その瞳は……人間ではありえない金色。
アートレイドの胸が激しく打っているのは、必死に走って来たからか、魔女に出遭ってしまった、と認識したからか。
「あなたが……リュイス?」
ラゴーニュの山のことを知っているなら、魔女の名前もみんな知っている。知らないとすればよそ者か、人と関わりを持たない世捨て人のような人間くらいだ。
アートレイドが魔女の名を口にすると、女性はわずかに笑みを浮かべた。
その笑みは、肯定を意味するのだろうか……。たぶん、そうだ。魔女の山に、他の魔性がいるとは思えない。
「……アート」
ふいに、小さな声が足下から聞こえた。そちらへ目を向けたアートレイドは、息が止まりそうになる。
そこには小さな黒ねこが横たわり、かろうじて顔を上げていた。否定したかったが、今のは声は間違いなく妹のもの。
そして、声はその黒ねこが出したのだ。
「シェイナ!」
アートレイドは妹の名前を叫びながら、黒ねこを抱き上げた。
「本当に……シェイナなのか?」
小さな頭がわずかに動く。それを見て、アートレイドはこちらを見ている魔女の方を向いた。
「こいつは、正規ルートを知らなかったんだ」
「そんなことは、問題ではないわ」
ラゴーニュの山の魔女は責めるでもなく、威圧するでもない。
しかし、アートレイドが言い訳しようとするのを、苦もなく止めた。
「その子はここへ来て、咲いている花を取ろうとしたの」
「え……」
まさか、そのため? 山に咲く花を摘もうとして、シェイナはねこにされてしまったのか?





