25.呪いを解くために
「フローゼがさらわれる直前に見ていた魔法書に、効果がありそうな術があった。自分以外の奴がかけた術を解く方法が載ってる。だけど、かけた術者より強い力でなければ、解くのは難しいって書いてあるんだ。魔女の力より強い魔力なんて俺には無理だし、そんな力を持つ魔法使いを探すなんて、呪いを解く方法を探すより難しいだろ。だけど、この魔骨で俺の力を強くすれば、リュイスが術をかけた時より俺の方が上回れるかも知れない。俺でダメなら、ネイロスさんかユーリオンさんに頼む。この方法に賭けたいんだ」
人間に解くことができる魔法。でも、方法が見付かっても難しい魔法。
それは、魔力の問題だ。解く方法はわかっても、生半可な魔力では解けない、という意味だったのだろう。
魔女より強い魔力の人間なんて、世の中にそうそういるとは思えない。
だったら、これが最終手段だ。これで駄目なら……シェイナにはかわいそうだが、魔法の知識を抜かれることと引き換えに元の姿へ戻してくれるよう、魔女リュイスに頼むしかないだろう。
ディラルトは、黙ってアートレイドの話を聞いていた。小さくため息をつき、目を閉じる。
「アートレイド、お前さぁ……」
「うん?」
「オレが眠ってる間にやっちまえ、とか思わなかったのか?」
「え……それは、まぁ、ちょっと思ったりもした、けど」
正直なところ、本当にやってしまおう、と思った。チャンスは今だけ、今のうちだけかも知れないから。
それなら……。
「じゃあ、どうしてしなかった。こうしてオレが目を覚まして、お前が理由を話しても、オレがダメだと言ったら……どうするつもりなんだ」
「その時は……あきらめるしかないよ。しなかったって言うより、できなかったんだ。ベグスバーノが俺達に向けた力の大きさを思い出したら……たとえ攻撃の魔法でなくても、何かまずいことが起きるんじゃないかって。そんなことになったら、世話になってる人達に恩を仇で返すことになるだろ」
魔法書を読ませてもらうだけでなく、食事と寝る場所まで提供してもらっている。
そんな人達のそばで、自分が使った魔法がとんでもない状況を作り出してしまったら。
魔法はほんの少しの間違いでも、術によっては命取りだ。
まして今回の場合、自分の力が一でも、魔骨の作用で百にも千にもなりえる。呪文の詠唱がわずかでも違えば、その力が暴走して人や家、村までも吹き飛ばしてしまうことだって考えられなくはないのだ。
たとえそうまでにはならなくても。魔法をかけられる対象であるシェイナに、どんな作用が及ぶのか。
単純に魔女リュイスがかけた術が解けるのならいいが、そうならなかったとしたら……。
二重に魔法をかけられることになるシェイナが、まともでいられるとは思えない。何かしらの悪影響は、必ず出るだろう。
そんなふうにあれこれ考え出したら、とても魔骨を使う気にはなれなかった。
「アート、そんなふうに考えてたの? でも、ベグスバーノは魔骨があんなにたくさんあったから、大きな力が出せたんでしょ。こんな小さな玉くらいなら、そこまでひどいことにはならないと思うけど。おじいちゃんやお父さんだって、そばにいるんだし」
シェイナは黙って聞いていたが、方法があると知ってもアートレイドと同じように悩んだだろう。
早く元の姿に戻りたいが、魔骨と言う得体の知れない物の力を借りて使った魔法が、果たしてよい結果へ導くのか。
自分のせいで兄を面倒なことに巻き込んでいるのに、これ以上他の人を巻き込みたくない。
「まぁ、正直に言えば、魔骨の使い方をよくわかってないっていうのもあるんだけどさ」
アートレイドは、そう言って笑う。自分の悩みに、みんなまで巻き込んでしまいそうな雰囲気を飛ばしたかった。
「お前、本当に真面目って言うか、律儀って言うか」
言いながら、ディラルトは笑い出す。再び現れた濃い青の瞳が、いつもより優しい。
アートレイドの頭には、それにシェイナも。魔骨を使うより、竜であるディラルトに「シェイナの呪いを解いてもらおう」という案は浮かばなかったらしい。
あくまでも「自分達で何とかしなければ」という考えしかないのだろう。
でも、勝手に魔骨を使うことはせず。
この兄妹のそういう実直なところが、妙に愛おしい。
「やってもよかったんだぞ。妹のために使う魔法なら、誰も止めやしない。竜が魔骨の力を消しているのは、ベグスバーノみたいな奴がいたり、おかしな攻撃系の魔法を使った時の危険を心配してのことなんだ。アートレイドが使おうとしているのは、そういうものとは対極の術だろう? まぁ、術そのものは禁忌の仲間入りをしているが、使うのは解く方なんだからな」
「え……本当によかったのか。だけどさ、力が暴走したらって思うとやっぱり怖いんだ。今まで使ったことのない力だから。ディラルト、元気になったら立ち会ってくれないか」
「ここまで関わったんじゃ、仕方ないか」
ちょっとあきらめにも似た笑みを浮かべ、ディラルトはまたフローゼの方へ手を伸ばした。
「あ、傷痕が消えたわ」
見ていたシェイナが言い、アートレイドもそちらを覗き込んで確認する。
「本当だ。あざになるかもって、ネイロスさん達も言ってたのに」
竜のひげを使って、魔性に付けられた傷。
そういう状況でできてしまった傷だからか、ネイロス達が治癒魔法をかけてもあまり効果がなかったのだ。
「消えたの? 全部?」
当のフローゼだけが、場所が場所だけに自分で見ることができないでいる。だが、フローゼの首についていた赤黒い線は確かに消え、白い肌に戻っていた。
一方で、ディラルトの伸ばしていた手が、ベッドにぱたんと落ちる。
「これくらいで疲れるってことは、完全復活までもう少しかかるかな」
自分の状態に、ディラルトは苦笑する。戻りかけていた力を、今の治癒で使ってしまったのだ。
「ディラルト、どうして……」
「魔骨がらみだからね。生命の危機に瀕している場合以外は、あまり関わらないようにしているんだけれど。年頃のレディに残していい傷じゃないだろ」
生命の危機。
最初にディラルトが現れた時、魔物に襲われて絶体絶命の状況だった。
ベグスバーノが力を向けて来た時、彼がかばってくれなければ間違いなく消し飛んでいた。
そういった生命の危機だったから、ディラルトはアートレイド達を助けてくれたのだ。
彼のように竜が人の間にいても、そういったことがなければ力を使うことはない。だから、竜がそばにいても気付かないのだろう。
「もう少し眠らせてもらうよ。放っておいても、消えたりしないから」
要は心配するな、ということか。
「ディラルト、何か少し食べない?」
目を閉じたディラルトにフローゼが尋ねたが、彼は小さく首を横に振る。すぐに静かな寝息が聞こえてきた。
フローゼがアートレイドの方を振り返り、彼も小さくうなずいた。
あと一日もすれば、きっと元気になる。
彼らは医者ではないし、医者であっても竜の診断などできないが、そう思う。
アートレイド達は静かに部屋を出て、音をたてないように扉をゆっくりと閉めた。
☆☆☆
ちゃんと覚えたつもりだが、アートレイドは念のために呪文が書かれた魔法書をそばに置いておく。
フローゼから魔骨のペンダントを受け取り、目の前に黒ねこのシェイナを床に座らせた。
すぐそばにはディラルトが立ち、フローゼ達は邪魔にならないよう、部屋の隅に立って見守っていた。
緊張の時間だ。
探し続けても呪いを解く方法は見付からず、ようやく見付けた解呪は力不足で使えない。
それを補うアイテムを手に入れ、ようやくアートレイドは妹を魔女の呪いから解放しようとしていた。
しかし、絶対にうまくいく、という保証はない。間違えることなく呪文を唱え、魔骨が魔法の発動にうまく反応してくれなければならないのだ。
でも、やらなければならない。これ以上、大切な妹を黒ねこのままで時をすごさせたくない。
緊張しているのは、シェイナも同じ。
呪いを解くための魔法とは言っても、自分自身にかけられるとわかっていると、どうしても怖く感じてしまう。
兄の腕を信じていない訳ではなく、これまで知らなかった魔骨というアイテムを使うことで、何が起きるのか想像できないからだ。
単純に「戻れる」と思えたらいいのだが、一度それらしい魔法をかけても無反応だったことがある。また戻れなかったらこれまで以上に落胆しそうだし、そういった不安がどうしても頭から消えないのだ。
アートレイドは魔骨を握りしめながら、変化の術を解く呪文を唱える。
「かの者にかけられた力を引き上げる。戻・本姿」
呪文が終わった途端、アートレイドは魔骨のペンダントを持つ手が重く感じた。見えない魔力の玉が自分より大きくふくらみ、手に載っているような。
ベグスバーノが魔骨の力を使って攻撃してきた時、魔骨から竜の影のようなものが見えた。
今は何も見えない。魔骨の数が違うからだろうか。でも、通常では感じられない力の気配を、アートレイドは確かに感じていた。
頼む。戻ってくれっ。





