22.魔性の実力
消し炭のようになった魔骨を前に嘆いているベグスバーノから、ずっと目を離さないでいたアートレイド。よそ見した途端に何かしてこないか、と警戒していたのだ。
ディラルトに呼ばれ、完全にベグスバーノから目を離さないようにしながら振り向いた。
「お前が一緒にいてくれて、正解だった。すまないが……後始末、頼むよ」
突然そんなことを言われ、アートレイドは戸惑った。
「俺? 後始末って……何をすれば」
「奴を何とかしないと。逆上して、村を焼かれたりしたら大変だろ」
ディラルトの言葉が終わるより前に、アートレイドの視界の端でゆっくりとこちらを向くベグスバーノが見えた。
「おのれ……わたしが長年かけて集めた魔骨を……。許さん。許さんぞ」
姿そのものが変わった訳ではないが、さっき魔骨を探す時に髪を振り乱していたせいか、何ともみじめに見える。
だが、その目だけは異様な光を宿していた。
ベグスバーノの気配に、アートレイドは一瞬たじろぎかける。しかし、もうディラルトがあの状態では動けない。
全ては自分次第だ、と腹をくくった。
「お前に支配されるなんて、冗談じゃない。勝手なことをしていた奴に、許してもらおうなんて思うかよっ」
「うるさいっ。たかが人間ごときが」
ベグスバーノが風の刃を飛ばし、アートレイドは防御の壁を出して弾いた。今度は、アートレイドが氷の矢を飛ばして反撃する。
ベグスバーノもそれらを弾いたが、いくつかがかすって着ている物や頬に薄い傷がついた。
あれ? こいつ、魔性だろ。もっと強いはずじゃないのか? こんな簡単に俺の力が通じるなんて、妙だな。
もちろん、アートレイドにすれば相手があまり強くない方がいいのだが、予想と違う状況に少し戸惑う。
これなら、黒い羽の魔物の方がずっと強かった。あの魔物に攻撃しても、ほとんどダメージを与えられなかったのだから。
「魔骨に頼りすぎていたから、自分が持つ力の使い方を忘れているんだ」
アートレイドの疑問が聞こえたかのように、ディラルトがそう告げる。
「頼りすぎて? ……ああ」
そういうことか。どれだけの期間、魔骨を利用していたかなんて知ったことじゃないけど。半分以下の力しか出さなくても勝手に何倍にもなることに、感覚が慣れきってるんだ。それなら、相手が魔性だろうと、俺にも勝ち目はある。力の使い方を思い出す前に仕留めれば。
アートレイドが構える一方で、ディラルトはその場に座り込んだ。どんどん力が抜けていくのを、止めることができない。
これだと……時間の問題だな。
「ディラルト……ど、どうしよう」
そばにいるフローゼは何とか介抱したいのだが、ディラルトがあまりにも傷だらけで、どこから手をつけていいのかわからない。先に深い傷の止血を、とも思うのだが、どれが深い傷なのか。
それに、判断できたところで、止血できるような物が手元に何もない。
「しばらく休ませてくれれば、ちゃんと回復するよ」
そんなフローゼの焦りを悟ってか、ディラルトはわずかに笑みを浮かべながら言った。
だが、青ざめた顔でそう言われても、フローゼが安心できるはずもない。
「わたしの力を侮るな。魔骨がなくても、お前のような若造の魔法使いなど、すぐに消し去ってやるわっ」
「何よ、偉そうに。やれるものなら、やってみなさいよっ」
横からの声に、ベグスバーノがそちらを向く。途端に、地面に落ちていた葉が鋭い針のようになってベグスバーノへ飛んで来た。
壁を出して弾いたものの、数本が身体に刺さる。大したダメージにはならないようだが、赤い髪にも数本の葉が飾りのように付いた。
「この……チビが」
「あんた、あたしが単なるねこだと思ってたでしょ。これでも魔法使いなんだからね」
「ふん、魔獣の子どもかと思ったら、姿を変えられた間抜けな魔法使いか」
ベグスバーノの言葉に、兄妹揃ってかちんときた。
「てめぇっ、もう一回言ってみろっ!」
「誰が間抜けよ、誰がっ!」
二方向から攻撃を受け、ベグスバーノはどうにか弾いたものの、さっきよりかすってしまったようだ。どんどん姿がぼろぼろになってくる。
「さっきの世界にいた魔物達は、お前が魔骨の力で無理に呼び寄せるか何かしたんだろ。本当のお前には、大した実力なんてない。魔骨に頼り切ってる、単なるふぬけだっ」
「何だとっ」
アートレイドの言葉に、今度はベグスバーノがかちんときた。
しかし、ふたりのようにすぐ攻撃へと転じることができない。まともな力の使い方を、本当に忘れているのだ。
ふいに、その場にいる誰もが、妙な焦げ臭さに気付いた。
アートレイドやシェイナ、それにベグスバーノも今は火の魔法を使っていないはずなのに、何かが燃えているような臭いがする。
だが、木や草が燃える臭いではない。もっといやな臭いだ。
「なっ……これは」
燃えているのは、ベグスバーノの髪だった。先端部分なのですぐには気付かず、腰辺りが妙に熱くなってようやく自分の髪が燃えていると知ったのだ。
「わ、わたしの髪が」
自分の尾を追ってくるくる回る犬がいるが、今のベグスバーノも似たようなものだった。
手があるのだから髪を掴むなりし、燃えている部分に水をかけるなり切り落とすなりすればいいものを。
なぜかその火を必死になって追いかけ、その場でくるくると回っている。ひどく滑稽な絵だ。
これが、魔界さえも支配しようとした魔性の姿なのか。
「ふん。かっこ悪ーい」
「どうして火が……まぁ、いいや。俺が消してやるよ。水精の強襲っ」
アートレイドが、ベグスバーノに熊よりも大きな水のかたまりをぶつける。
「ぐわっ」
火を追うことに必死だったベグスバーノは、勢いよく飛んできた水をよけることもできず、まともに当たった。
暴走する馬車にも匹敵する水の力は、ベグスバーノに当たってもその勢いが止まらず、そのまま魔性を木に叩き付ける。
魔力が弱まったことで、体力も弱まったのか。
激しく木に当たり、跳ね返るようにして地面に落ちたベグスバーノは、すぐに起き上がることもできずに呻いている。
「お前は自分の世界にこもってろ」
戦いを長引かせる訳にはいかない。ここで決着をつけてやる。
「な、何を」
「氷槍落下。こいつを貫けっ」
横たわるベグスバーノの上に、アートレイドの呪文で現れた太い氷の槍が落ちる。何本もの槍に貫かれ、まともな悲鳴をあげることさえできずにベグスバーノは絶命した。
その身体は砂のように崩れてゆき、森を抜けるわずかな風によってその砂も飛ばされる。
アートレイドの出した氷の槍も静かに消え、地面には槍が刺さっていた穴だけが残った。
☆☆☆
「私が火を点けたの」
魔性が消えてこちらへ駆け寄って来たアートレイドとシェイナに、フローゼはそう告白した。
「え、フローゼが?」
その言葉に、アートレイドは驚いた。だが、フローゼは少しだけ魔法が使える、ということを思い出す。
魔法書を読んでいるところは見ているが、実際に魔法を使っているのは見ていないので、すっかり忘れていた。
「だって、シェイナにひどいことを言うし、その前にはたかが人間、なんて言い方してたんだもん。腹が立っちゃって。森の中で無闇に火を使うのは危ないかなって思ったけど、その前にアートが氷を使っていたでしょ。いざとなれば、何とかしてもらえるかしらって」
「そうだったんだ」
風もないのに森で自然発火するはずもなく、アートレイド自身は火を使った覚えもないのに、いきなりベグスバーノの髪が燃えて変だと思ったのだ。
フローゼはまともな攻撃魔法を覚えてはいないが、小さな火を点けたり風を起こすことはできる。
その力でかまどではなく、ベグスバーノの髪に火を点けたのだ。
フローゼにすれば、ささやかな仕返しだった。突然さらわれ、大切な形見のペンダントを奪われたのだから。
「髪の毛全部、燃やしてやればよかったのよ。それより、ディラルトは?」
「私が火を点けてベグスバーノが慌てている時には、まだ意識があったんだけど」
今のディラルトは、青白い顔で眠っていた。いや、気を失ったと言う方が正しいのか。
顔や手など、見える部分の傷が痛々しい。服の下には、どれだけの傷があるのか。傷だけでなく、身体そのものへのダメージも大きいはずだ。
「休めば回復するって言ってたけど……それっていつのことって話よね。こんな状態で、いつまでも森にいる訳にはいかないし」
「早くちゃんとした場所で休ませないと。でも、へたに動かすのも怖いな」
アートレイドは長身と言える方だが、ディラルトはその彼よりも高い。おぶって村へ戻ることは可能だろうが、ディラルトの身体に負担がかかりそうだ。
アートレイド自身も、ベグスバーノの世界で魔物を相手に長い時間魔法を使っていた。体力が十分、とは言いがたい。
おかしな運び方をして、ディラルトの傷が開くことも避けたかった。
「だいぶ暗くなってきてるし、今なら大丈夫かな」
フローゼがさらわれたのは昼間だったが、今は何時頃だろう。
見上げた空は森の枝葉でわかりにくいが、ずいぶん暗くなっていた。じき、完全に太陽が沈む時間だろう。





