20.集められた魔骨
「あいつ、どうやってそんなにたくさん集められたんだ?」
「たぶん、最初は偶然か何かで、一つか二つを手に入れたんだろう。その力を利用して、他の魔骨の気配をたどって集め……それを繰り返してってところじゃないか。ある程度の数を集めれば、一カ所にとどまっていても魔骨の位置を探れるまでに力を強めることもできただろうから、奪ってくるように手下を差し向けていたんだろうな」
今はそんなに強くない手下を集め、手足のように使っている。手下になった魔物が自発的に手下になったのか、強制されてなったかはわからない。
ベグスバーノがさらに魔骨を集め、自分の力をいくらでも強くできるようになれば、もっと強い魔物をどんどん支配下に置くようになるだろう。強力な魔性さえ、配下にできる日もそう遠くない。
そうやって勢力を強め、やがて人間の世界を支配する。
恐らくは、そういう段取りでいるはずだ。
「さっきのバカ魔性が本来はすっごく弱くても、魔骨があればそれだけ強くなれるってことよね?」
時々言葉が悪くなる妹の口を、アートレイドはふさぎたい気持ちにかられる。
バカと言われて怒った魔性が、その増幅した魔力でいきなり攻撃してきたらどうするつもりだ、と怒鳴りたい。
「魔骨の大きさにもよるけれど、魔力を増幅するからね」
アートレイドの表情を見て気持ちがわかったのか、ディラルトは苦笑する。
「弱いバカ程、頂点に立ちたがるものなのかしら」
「シェイナ、黙って走れ!」
「えー、どうしてよ」
こっちは多大な迷惑をかけられているし、放っておけば自分達が住む世界を壊そうとしている相手なのだ。シェイナに遠慮する気はない。
なのに、兄から注意され、ちょっとむくれる。
そんなぷち兄妹げんかをしながらも、彼らは前へ進んだ。
魔骨の気配をたどって走る間にも、魔物が現れては行く手を阻もうとする。だが、ディラルトの力で、広間の魔物と同じように動きを止められた。術が解けないうちに、素早く横を通り抜ける。
ふいに、アートレイドは違和感を覚えた。何だろうと考えて、ふと思いつく。
さっき、ディラルトは呪文を唱えていなかった、と。
でも、そんなことって可能なのか? 魔法は呪文あっての発動だろ。どんなに素早く、省略した短い呪文を口にしたとしても、声は聞こえるはずだ。なのに、一睨みしただけで魔物の動きが止まったような……。気のせいじゃないよな。
自分達以外は動かないという状況に驚き、魔物に襲われずに済んでほっとした気持ちがあって、これまで違和感に気付かなかったのだ。
そう言えば、最初に現れた時も、呪文なしに魔物を焼き尽くしてた気がする。俺が知らないような、何か別の方法でやってるのかな。
そんなことを考えてみたものの、別の方法なんてものはアートレイドの頭に浮かばない。ディラルト程の術者でなければできないような、高度な技だろうか。
こんな状況ではゆっくり尋ねてみることもできず、とにかく今は魔骨の気配を追うディラルトの後を走るしかなかった。
暗い灰色がベースの城の中で、突如金色の扉が現れる。あまりにも不釣り合いと言うか、浮いてると言うか……。悪目立ちしているような気がした。
ディラルトは「この奥から強い気配を感じる」と言うが、気配うんぬんがなくても「絶対、あそこに何かある」と思わせる扉だ。
「センス、悪すぎ」
シェイナがつぶやいた。どうせ今更その口をふさいでも遅いので、怒る気にもなれない。
それに、正直なところ、アートレイドもその点は同感だった。
「特に罠らしいものはないな。奴の趣味が多分に入っているかも知れないけれど、あえて目立つ色に警告が込められているんだろう。手下がここから先へ入らないように。手下に自分と同じことをされたら、お互い無事でいられなくなるだろうからな」
「ディラルト、この扉を開けるの? どこか別の所から、こっそり入った方がよくない?」
ここから入ると言うディラルトに、フローゼがちゅうちょする。
この趣味の悪い金の扉から入っては、中にいるベグスバーノから丸見えだろうし、すぐに攻撃されかねない。
「どこから入っても、結果は同じだよ。奴はきみがここへ連れて来られた時点で、その存在を感知していた。恐らく、魔骨の力で感覚を通常より鋭敏にしているんだろう。別の扉を使っても、奴にすれば正面から入った時と変わらないんだ」
ディラルトは、扉に手をそえた。
「オレから絶対に離れるな。巻き込んでしまってすまないが、離れてしまったら命の保証はできない」
「……え?」
ディラルトの言葉に、誰もが首をかしげた。
命の保証ができない、というのは、この状況からいやでもわかる。だが、巻き込むうんぬんの意味を、理解しかねた。
魔骨の力をどうこうするのは、ディラルトの役目。だが、フローゼが魔骨ごと魔物にさらわれたのは、明らかにアクシデントだ。
ペンダントのレプリカ案を出したのはディラルトだが、それを魔物に見せる前にフローゼはさらわれてしまった。
だからその作戦は、失敗以前の問題だ。始めることさえできなかったのだから。ディラルトに謝罪の義務はないはず。
フローゼを助けようとしたシェイナや、後から来たアートレイドがここにいるのはそれぞれの意思であって、これも彼のせいではない。
アートレイドの場合「待機していろ」と言われたのに来たのだから、何があろうと自己責任。
それなのに「巻き込んで」というディラルトが口にした謝罪の中身に、誰も納得できなかった。
巻き込んだ、と言うのなら、それはディラルトではなく、こういうことをやらかしているベグスバーノのはずだ。
しかし、それを問いただす間もなく、ディラルトは扉を開けた。
「あの数の魔物から、よく逃げおおせたものだな。その点は、ほめてやろう」
あちらを向いていたベグスバーノは、わずかに首だけを部屋の侵入者へ向けた。
その魔性の前には、一台のテーブルがある。
その上には、ネックレスやブレスレット、コインのように平たく丸い物などがたくさん載っていた。人間の大人が一人、寝ているようにも見える。
やや黄みがかった白色をしたあれらが全て、魔骨で作られた装飾品の数々だ。フローゼのペンダントトップのサイズを思えば、小さな山ではあるが相当な量と言える。
一体、どれだけの数があるのか。そこにある魔骨全てを利用した時、どれだけの力になるのか。
「ずいぶん集めたな。オレもその点はほめてやろう」
からかっているようにも聞こえるが、ディラルトの声には怒気が含まれていた。
さっきから自分達の知っているディラルトとは違ってきているようで、アートレイド達は戸惑ってお互いの顔を見る。
「まだまだだ。世界のあちこちで、わたしを呼ぶ魔骨の声が聞こえる。そいつらを全て、ここへ連れて来てやらないとな」
「さっきも言っていたが、その力で人間の世界を支配するつもりなのか?」
「人間の世界だけではない。ありとあらゆる世界だ。ここにある魔骨が今の二倍程になれば、まずは人間の世界から始める。大した力を持たない世界だ、すぐに終わるだろう。そして、魔界の王にはわたしが取って代わる。全てがわたしの前にひれ伏すことになるのだ」
「亡くなった竜は、そうなることを望んでいないぞ」
ディラルトの言葉に、ベグスバーノは鼻で笑う。
「死んだ奴が何を望もうと、わたしの知ったことか。だが、この力を残してくれたことにだけは、大いに感謝してやろう。わたしが思う存分使ってやるから、安心して眠るがいい。支配後もまだ残っていれば、その魔骨もちゃんと集めてやる。世界中の魔骨、全てをな」
「おいおい、勘弁してくれ。一カ所にある方がオレの仕事は楽になりそうだが、そうなったらとんでもないことになる。もう面倒をかけさせないでくれ」
ベグスバーノが、ディラルトをぎろりと睨む。
自分が睨まれた訳でもないのに、彼の後ろにいたフローゼは寒気を覚えた。ここへ入る前にシェイナを抱き上げていたが、思わずその手に力が入る。
「お前は一体何者だ? 魔法は使うようだが、魔法使いではないな」
ベグスバーノの意外な言葉に、アートレイド達は思わず「え?」と小さな驚きの声が出た。
ディラルトが魔法使いでなければ、何だと言うのだろう。
「だが、魔性でもなさそうだ。さっきから、お前だけは別の気配を感じる」
尋ねられたが、ディラルトはその問いをスルーする。
「お前は力の使い方は知っているようだが、使い道を知らないようだ。竜の魔骨は、こんな空間を生み出すために存在しているんじゃない」
「やかましいっ。さっきから偉そうに。お前が魔性でも魔法使いでも、わたしにはどうでもいいことだ。使い道を知らないだと? だったら、見せてやる。一瞬で塵になる前に、その目に焼き付けるんだな」
「やめろっ。その力を軽々しく使うな」
ディラルトが怒鳴り、ベグスバーノは鼻で笑う。
「偉そうな口を叩いて、今更臆したか。目に焼き付けるのが無理なら、黄泉の国とやらでわたしの力をゆっくり眺めるがいい」





