18.異世界の城
アートレイドはてっきり、そこに不気味な森でも広がっているのかと思っていた。不気味という点は同じでも、人工物があるのは意外だ。
「魔性にもよるけれど、人間と同じような趣味を持つと、こういった物をほしがる傾向がある。魔物の感覚に近ければ、もっと自然な状態の場所が広がっていたはずだ。洞窟みたいなものとか、属性にもよるけれど沼があったりとか。ここの黒幕の場合、半々かやや人間寄りかな」
「こんな所へ連れて来られたら、何もされなくたって女の子にはきついよな。ディラルト、どっちへ行けばいいんだ?」
「奥の方に強い魔骨の気配があるけれど、まだそっちへは行ってなさそうだ。……ってことは、右だな」
集められた魔骨が、確かにこの城の中にある。だが、わずかな気配が別方向から感じられた。フローゼの持つ魔骨の気配だろう。
再びディラルトが先に立ち、フローゼ達がいるであろう方へと足早に進んだ。
☆☆☆
城の中もまた、ひどく不気味だった。
毒素でも含んでいそうなヘドロが、廊下のどこを見ても目に入る。魔物のものらしい悲鳴のような鳴き声も、そこかしこから響いていた。
魔性の城なのだから、あちこちに魔物はいるはず。だが、先を行くディラルトはうまくかわしているのか、誰とも会うことがない。
そうして進むうち、扉のない部屋の前まで来た。誰でも入ることができる場所だから、下っ端のいる部屋だろう。
言葉を発さず、ディラルトは軽くあごをしゃくる。どうやら、フローゼ達はここにいるようだ。
その部屋には扉がないのだから、逃げようと思えばいくらでも逃げられる。
なのに、彼女がここにいるということは、逃げられる状態ではない……つまり、意識がないか、魔物が見張っているか、というところだろう。
アートレイドがあれこれ推測していると、中から誰かがののしる声が聞こえてきた。きんきんと甲高い声で、何とも耳障りだ。
「人間なんて連れて来たら、ジャマだろーがっ。どうして言われた物だけ取って来ないんだ」
「あー、すいやせん」
上下関係が厳しいのは、人間ばかりではないらしい。
人間、という言葉が出たから、フローゼのことだろう。連れて来る必要がないのにさらってきたから、人間の職場で言えば上司に当たる魔物に怒られているようだ。
フローゼをさらったのは、あの二匹の魔物の独断だったらしい。
アートレイドとディラルトは、そっと中を覗いてみた。
そこには、さっきパルトの村からフローゼをさらった魔物がいる。フローゼと出会った日に、彼女を襲った魔物とよく似ていた。
あの魔物はあまり能力が高そうではなかったし、謝っている魔物もその点では似ている。しゃべってはいるが、滑舌が悪いのも似ているから、同種族だろう。
一方、怒る方の魔物もそう変わらない姿だ。こちらは、一昨日現れた手強い魔物に似ている。
薄暗い中で見たし、ここもそう変わらないような明るさなので断言はできないが、羽の黒さが近いように見えた。
この魔物は強さのレベルも高かったし、羽の黒さ具合が彼らの上下関係に影響しているようだ。
魔物達の上下関係はともかく、村へ現れた魔物と似ている……ということは、手下の魔物には違いない。
つまり、その部屋に黒幕の魔性はいない、ということになる。
ディラルトが予想したしたように、別の場所でペンダントを取り上げてから献上するつもりのようだ。
そのペンダントの持ち主である少女は、すでに意識を取り戻している。会話をしている魔物達の横で、もう一匹の魔物に腕を掴まれていた。
その腕にシェイナを抱き、不安そうに魔物達の様子を見ている。
見た目には傷もなく、まだ何もされていないようなので、その点でほっとした。
「ジャマだって言うなら、帰らせてよ。あたし達、こんな場所に招待されたって全然嬉しくないわ」
フローゼの腕の中で、シェイナが叫ぶ。
魔物を刺激してどうするんだ、とアートレイドは頭を抱えたくなった。ケンカっ早い性格を、こんな所で発揮してほしくない。
「そうよ、ちっとも嬉しくないわっ」
思いがけず、フローゼまで同調して叫ぶのを聞いて、アートレイドは目を丸くする。
おとなしい女の子だと思っていたが、実はシェイナに負けず劣らずケンカっ早いのだろうか。それとも、単にシェイナに便乗しているだけなのか。
「元気なお嬢さん達だ」
ディラルトが苦笑している。
「う、うるさい、うるさい」
少女の腕を掴んでいる魔物が、焦ったように言い返す。さらって来た人間に責められる、とは思わなかったのだろう。
「ベグスバーノ様の城を汚しおって」
黒い羽を持つ方の魔物が、手を動かした。途端に、さっき謝っていた魔物が倒れる。
抵抗する暇もなく、殺されたのだ。あっという間に灰になり、消えてしまう。
それを見ていたフローゼは青くなり、さすがにシェイナも黙り込んだ。突然のことに、ふたりは悲鳴さえ出せないでいる。
「ひっ……」
フローゼの腕を掴んでいた魔物は、もう人間どころではない。彼女の手を離すと、じわじわ後退する。
だが、黒い羽の魔物は無言でそちらへ近付くと、その鋭い爪で逃げようとする魔物を斬った。
「どうして殺すのよ。仲間でしょ」
「仲間? ふんっ」
フローゼの言葉に、魔物は鼻で笑う。
「命令もまともに聞けん奴など、仲間でも何でもない」
たった今、魔物を殺したその爪を、今度はフローゼに向けようとする。単にペンダントだけを取り上げて、という情けはないらしい。
その姿にフローゼは、それにシェイナも動けなかった。
だが、その爪がフローゼを襲う前に、魔物が崩れ落ちる。ディラルトの力が、魔物の身体を貫いたのだ。
「フローゼ、シェイナ!」
「あ……アート! ディラルトも」
駆け込んで来たアートレイドの胸に、フローゼが飛び込んだ。間に挟まったシェイナが、苦しそうな声をあげる。
「大丈夫? ケガは?」
「ないわ」
「あたしはつぶされそうよ!」
ようやくシェイナは、二人の間から抜け出した。
「アート、ここって何なのよ。いきなり魔物が現れてフローゼをさらって行くから、何とかくっついてはみたものの、見たこともない不気味な場所へ連れて来られて」
自分だけでは何もできず、シェイナはひたすらフローゼにくっついてここまで来た。隙があればと思っても、うまく逃げるきっかけがない。
さらわれた時に気を失っていたフローゼが意識を取り戻したのはいいが、いつも魔物がそばにいてはどうしようもなかった。
「詳しい話は後だ。ディラルト、どう逃げればいいんだ」
「うーん、今はちょっと難しいかな」
「どうし……うわっ」
入って来た出入口を見ると、魔物が大量に集まっていた。とてもじゃないが、その間を縫って逃げることはできない。
「さっきの悲鳴か、魔物の血の臭いのせいか。どちらにしろ、ここを通らせてはもらえないようだな」
逃げるにしても、ディラルトはここにあるはずの魔骨から力を抜く、という目的もある。この異様な世界から、今すぐに抜け出す訳にはいかないのだ。
「え……どうして?」
フローゼがつぶやき、アートレイドは周囲を見回した。
「うそだろ。壁がなくなった……」
ついさっきまでは、そう広くない部屋にいたはず。フローゼの家でアートレイドがあてがわれた客間より、少し広いくらいの空間だった。
それなのに、気が付けば周囲にあった部屋の壁が消え、代わりに魔物が立っている。アートレイド達は広間のような空間の中央に立ち、魔物に取り囲まれていた。出入口にだけ魔物が集まっているのではなかったのだ。
「実体があってないような城ってことだ。言ってみれば、偽りの世界にある偽りの物だからな。恐らく魔物達の意思で、都合のいいようにどうとでも変化する。今は、オレ達を捕まえやすいようにってところか」
ネイロス邸に現れた、木の根っこのような手足の魔物は見当たらない。ここにいるのは、汚れた羽のある魔物ばかりだ。後ろの方にいる魔物達は、宙に浮かんで獲物を狙っている。
「アートレイド、しばらく踏ん張れ。そっちにいる奴らの羽は、黒くない。オレはこっちを担当するから」
羽が黒くないということは、アートレイドの力でも何とか通用する魔物、ということ。数は多いが、それでも全く歯が立たない相手ではない。
「わかった。先手必勝だ」
アートレイドは、火の矢を魔物に向けて放った。
燃える火の矢は床にいる魔物はもちろん、飛んでいる魔物にもダメージを与える。戦闘不能とまではいかなくても、俊敏な動きはできなくなったはずだ。
アートレイドは続けざまに、火の矢を放つ。無数にいたようにも思えた魔物は、攻撃を続けることで半分近くまで減った。
シェイナもできる限りのことをしようと、呪文を唱える。自分の身体より大きく、渦巻く火の玉が、数匹の魔物達に命中した。
黒ねこの身体でも、魔法はしっかり使えるのだ。
「シェイナ、そんな魔法、どこで覚えたんだ?」
アートレイドは、シェイナが使える魔法を把握しているつもりだ。しかし、今の魔法はこれまで見たことがなかった。





