16.魔物を待つ
ディラルトの話に、誰もがぞっとする。
結局、現物を渡さない限り、魔物があきらめてくれることはないのだ。
昨日、魔物は全て消した。命令した黒幕が、自分の送り込んだ手下が一日経っても戻らない、とわかれば、明日以降にでも次の群れを送り込んでくるだろう。
「我々がどれだけ結界を張っても意味がない、ということか。それに、先発隊がやられたとわかれば、さらに手強い魔物を送り込んでくることも考えられるな」
よくない推測ばかりが並び、ネイロスは大きく息を吐く。
「渡すしか……ないの?」
大切な形見を失いたくない。だが、こんな小さなペンダント一つで、自分を含めた家族や客人に命の危険が迫るのを、黙って見過ごすこともできない。
何度か撃退するうちに、村人にまで手を出すようになっては大変だ。魔物が誰かを人質にするようなことにまでなったら。
命の保証は、誰にもできない。そこまで重い責任を持つことなど、フローゼにはできなかった。
もっとも……渡したら渡したで、魔骨を悪用されて村が一気に消される可能性も生まれるのだ。
どちらにしても、いい未来が見えてこない。
「フローゼ、渡さないで済むように、少し協力してもらえるかな」
「私? 何をすればいいの?」
形見を渡さず、誰も傷付かないようにできるのなら、できるだけのことをしたい。
「そのペンダントのレプリカを作って、次に魔物が現れた時にそれを放ってほしいんだ」
「レプリカを? だが、偽物を渡したとわかれば、気付いて戻って来た魔物に今度こそフローゼが殺されかねないじゃないか。いくら本物を手元に置くためでも、そんな危険なことをさせるなんて」
フローゼより、ユーリオンの方が敏感に反応した。
偽物を掴ませたと怒り、魔物どころか黒幕の魔性が直々に現れて村を焼け野原にしてしまうことだって考えられる。
残忍な魔性なら、ひと思いに殺さず、とことんまで痛めつけてから息の根を止める、なんてことも。
怖い可能性など、いくらでも出てくる。
「魔物はフローゼではなく、このペンダントさえあればいいんだ。持ち主である彼女が放れば、魔物はそれを魔性の元へ持ち帰る。その後を追って、現れた魔性を叩き潰すんだ。元を断たない限り、たとえこのペンダントの件が解決したとしても、同じことが別の場所で起きるからね」
「その後を追うって、それをディラルトがするのか?」
簡単に言うが、危険すぎる。その先に魔物がどれだけいるかわからないし、そこに魔性がいるなら魔物とは段違いに強いはず。
アートレイドは不安を覚えたが、ディラルトはためらうことなくうなずいた。
「ああ。もしよそで起きた事件にその魔性が絡んでいれば、持ち帰った先に大量の魔骨があるはずだ。それを全て無効化すれば、オレの仕事もはかどるし、人間界に危険な刃が向けられることもなくなるからね」
実力や魔骨の扱いについてを考えれば、ディラルトが一番の適任だ。
「じゃ、俺も行く」
「アートレイドが? お前が同行する義務はないぞ」
「それはそうだけど、行く先は魔物の巣窟だぞ。いくらディラルトが強くても、一人だと何か起きた時に困るだろ。そりゃ、ディラルトから見たら、大した実力はないけど」
技や魔力が不足しているのは、アートレイドも十分承知している。だが、話を聞いた以上、自分は無関係という顔をして彼を見送りたくなかった。
現在のアートレイドは旅をしているが、出身の村は今も存在している。生まれ育った場所がなくなるなんて、考えたくもない。
村にはこれまで世話になったたくさん人達がいるし、両親や師匠の墓もあるのだ。
「ぼくも行く。一つ間違えれば、フローゼが危険になりかねない。それなのに、じっとしてはいられないよ」
ユーリオンまでが同行を希望した。彼の場合、世界の危機がどうこうより、まずは娘の安全のためだ。
「それは嬉しいけれど、オレがもし失敗したら魔物がここへ来るかも知れない。その時、ここにいるのがネイロス一人だと、荷が重くないか? そっちの方が、フローゼにとって危険だと思うぞ」
「え? あ、それは……」
世間では実力者と言われても、年には勝てない。技術はあっても、魔力の衰えはどうしようもないのだ。
三人でも手こずっていたのに、ネイロスだけであの魔物を退けられるとはとても思えなかった。
「アートレイドの場合、オレじゃなくてお前自身に何かあったら困るだろ。お前じゃなく、シェイナが」
そう言われ、アートレイドは詰まった。
確かに、魔物を追って無事に戻れる保証はない。解呪の方法を探す人がいなくなれば、置いて行かれたシェイナはずっとその姿のままになってしまう。
「一緒に戦おうって気持ちだけで、十分だよ。これはオレの役目ってことで、うまくいくように祈っていてくれ」
そう言われては、それでも同行する、と主張することはできなかった。
「あの、ディラルト。ペンダントの力は弱めておかなくていいの?」
「念のために、残しておくよ。まずい状況になった時、その力を使って魔物を排除するってこともできるからね。もちろん、使わずに済めば一番いいけれど」
ペンダントが手元に残ることになってほっとしたものの、何だか大変なことになってきたことにフローゼは不安を覚えた。
☆☆☆
ペンダントのレプリカはユーリオンが作ることになり、翌日にできあがったそれをフローゼはポケットに入れた。いつ魔物が来ても投げられるように、だ。
魔物を待つのはあまりいい気分ではないが、それさえできれば「魔物に襲われる」という件は半分解決したようなもの。
それなら、さっさと来てほしい、と思ったりもする。人間というのは勝手なものだ。
だが、魔物がいつ来るのかなんて、もちろん見当がつかない。この前は二日連続で現れたが、昨日は現れなかった。魔物なりのタイミングというものがあるのだろう。
人間側に魔物のタイミングなんてものはわかるはずもないので、現れるまでは全員がそれぞれの用事をしていつものようにすごす。
アートレイドは、今日も書庫にいた。
これまでのように、魔法書を棚から抜き出しては解呪について書かれてないかを探していたが、魔物のことが気になって何も集中できない。
同じ時間でも、今日は昨日の半分ができればいい方だ。この状態が続けば、眠ってしまった昨日以上に作業が進まないで終わってしまう。
すぐそばには、今日も手伝ってくれているディラルトがいる。彼の方は、いつもと変わらない様子だ。
どんな時でも平常心でいられることに、感心する。魔物が現れたら、主となって動かなくてはならないのは、アートレイドではなく彼なのに。
こんな調子でいたらダメだ。フローゼはああ言ってくれたけど、その言葉に甘えていつまでも居続ける訳にはいかないし。
アートレイドは、自分に喝を入れた。
あ、これって……。
気を取り直して作業を始めたが、しばらくしてある魔法書でアートレイドの手が止まった。
変化の術について書かれたページがあったのだ。
どういう動物になるか、もしくは物に変わるかが説明されている。そして、その解き方も書かれていた。
ディラルトが言っていた、禁忌になる前に出された魔法書だろうか。しかし、かけるための呪文はなく、解く魔法だけが載っている。
そこにある解呪の呪文について、実はアートレイドには見覚えがあった。
ある街で事情を話すと図書館へ案内され、そこの魔法書コーナーにあった魔法書に書かれていたのだ。
今思えば、別室に案内されていたようにも思える。
もちろん、アートレイドは書かれていた「解き方」を試してみたが、まるで効果は現れなかった。ひどく落胆したので、よく覚えている。
その気持ちは、シェイナも同じだったろう。
見付かったけど……これじゃあ、見付からなかったっていうのと同じようなものかな。
同じ魔法では意味がない、と思ったアートレイドだが、以前に読んだ物より記述が多いように思えた。それが気になって、先を読む。
そこには「他者によってかけられた場合」という項目があった。
あれ……? 変化の術って、一つじゃないのか。自分でかけた場合と、誰かにかけられた場合では、同じ魔法でも解き方は違うってことなのか?
ネイロスは「他者にかける術」が書かれた魔法書は少ない、と話していた。実際、ここには魔法の説明だけで「かけるための呪文」は書かれていない。
だが「かけられた場合」についての記述と、解呪の呪文があるのだ。
他者によって……つまり、魔女もそれに含まれるってことか? 自分以外って意味だから、ありだよな。
魔女リュイスは「解く方法は存在し、人間が使える魔法だ」と言った。
禁忌の魔法であっても「人間に使える」という部分はあてはまる。他者にかけられた、という「他者」が魔女も含まれるなら、シェイナの今の状態と一致する。
もしかして……以前俺が試した魔法って、間違ってたのかな。
はっきり覚えていないが、前回アートレイドが試してみたのは「自分でかけた魔法を解く方法」だったのかも知れない。
それなら、効果が現れないのも当然だ。





