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第5話 森への道

 馬車が城下町の石畳を踏む音が、朝の静寂を破って響いている。ジョルジュは背負い袋を抱え直しながら、隣に座るリズを見やった。


 銀灰色の髪が朝日に透け、翡翠色の瞳は遠くを見ていた。改めて横顔を眺めると、目鼻立ちは整い、エルフ特有の澄んだ美しさが際立っているのに気づく。


(よく見ると、綺麗な人だよな……)


 そんなことを考えている自分に気づいて、ジョルジュは慌てて視線を逸らした。自分を誤魔化すように、リズに話しかける。


「本当にいいのか? あんたを巻き込んでしまったみたいで」


 リズは振り返り、いつものように軽やかに笑った。近くで見ると、その笑顔はさらに美しく見える。


「何言ってんの。好きでやってることよ」


「でも、王都での件といい、今度の研究といい……」


「心配しないで。それに面白そうじゃない、あんたの研究」


 リズは肩をすくめた。その仕草さえも、どこか優雅に見えてしまう。


「エルフは長い時間を生きるの。退屈しのぎには丁度いいわ」


 ジョルジュは胸の奥が少しざわめくのを感じながら、馬車の揺れに身を任せた。こんな気持ちになったのは初めてだった。


 馬車は職人街の入口で止まった。


「ここからは歩きなんだ」


 二人は馬車を降り、石畳の裏路地へ足を踏み入れた。朝の仕事に向かう職人たちとすれ違うたび、住民たちがリズの姿を見てぎょっとした表情を見せる。銀灰色の髪と尖った耳が、明らかにエルフであることを示していた。


「珍しいのかな、この街にエルフが来るのは。気に触ったら申し訳ない」


「そうかもしれないわね」


 リズは気にした様子もなく、むしろ興味深そうに周囲を見回していた。


 師匠オルヴェルの工房に着くと、中からは既に金槌の音が響いている。二人は扉を開けて中に入った。


「帰ってきたか。どうだった、王都は」


 白髭の師匠が作業台で魔導具の修理をしながら声をかけてきた。そして、ジョルジュの隣に立つリズに気づくと、目を見開いた。


「これは……エルフの方ですか」


「はい。リズさんです。王都でお世話になりました」


「初めまして、リズと申します」


 ジョルジュが紹介すると、リズは丁寧に頭を下げた。


「これはご丁寧に。オルヴェルと申します」


 師匠も慌てて礼を返した。


「頼まれた品、全部買ってきました」


 ジョルジュは背負い袋から次々に品物を取り出す。魔導導線、魔石研磨剤、特殊な油……どれも王都でなければ手に入らない上質な材料ばかりだった。


「おお、これは良い品だな」


 オルヴェルは魔導導線を手に取り、感嘆の声を上げた。


「やはり王都は違う。この品質で、この値段とは」


「師匠がわざわざ王都まで買い出しを頼んだ理由がよくわかりました」


 そのとき、工房の扉が勢いよく開いた。


「おい、ジョルジュ! 美人のエルフの嫁さん連れて帰ってきたって!?」


 ダリオが息を切らして飛び込んできた。そして、リズの姿を見ると、目を丸くした。


「うわ、本当だ! すっげー美人!」


「嫁って……そんなんじゃないよ」


 ジョルジュは慌てて否定したが、ダリオはにやにやと笑っている。


「でも一緒に帰ってきたんだろ? 街で大騒ぎだぜ」


「ダリオ……」


「私、リズです。ジョルジュさんにはお世話になって」


 リズは微笑みながら挨拶した。


「俺はダリオ! こいつの親友だ。よろしく!」


 ダリオは人懐っこく手を差し出した。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 ダリオは握手しながら、ジョルジュの方を向いた。


「で、頼んだやつは?」


「忘れてないよ。後で渡すよ」


「それでこそ親友」


 ダリオの騒々しさに、ジョルジュは呆れた表情を見せた。


 オルヴェルが口を開く。


「ジョルジュ、王都ではどうだった? 会合の方は」


「それが……」


 ジョルジュは王都での出来事を簡潔に報告した。ギルド会合での失態から、リズとの出会い、そしてガンド・バルレという職人の存在を聞いたことまで。


「……うすうす予想しとったわい。まあよい。それよりも、今、ガンドと言ったな?」


 オルヴェルの眉が動いた。


「あの偏屈なドワーフのことか」


「師匠、ご存知なんですか?」


「昔、王都にいた頃に名前だけは聞いたことがある。腕は確かだが、気難しいことで有名だったな」


 オルヴェルは顎髭を撫でながら考え込んだ。


「なぜそんな男に会いたがる?」


 ジョルジュは、誰でも魔法を使えるようにする魔導具の構想を説明した。師匠は黙って聞いていたが、やがて小さくうなずいた。


「面白い発想だが……簡単ではないと思うぞ」


「分かってます。でも、やってみる価値はあると思うんです」


「まあ、そうかもしれん。ガンドなら、何かアイデアがあるかもしれんな」


「それに、私も興味があります」


 リズが口を挟んだ。


「長い間生きていると、色々な技術の変遷を見てきました。面白い挑戦だと思います」


 オルヴェルは感心したように頷く。


「エルフの方がそう言われるなら、きっと何かあるのでしょう」


「それにしても、こっちに引っ越しておったとは……世間は狭いのう」


 オルヴェルは、髭を擦りながら呟いた。

 


 こうして、師匠の許可を得て、ジョルジュはリズと共にガンドの工房へ向かうことになった。城下町の東の森にあるという工房は、徒歩で半日ほどかかる。


「本当に申し訳ない。あんたを巻き込んでしまって」


 工房を出てから、ジョルジュは改めてリズに謝った。


「だ、か、ら、──何度も言ってるでしょ。それ以上謝ると、怒るわよ」


 リズは無邪気に微笑んだ。



 二人が森へ向かう街道を歩いていると、前方から大きな馬車の列がやってくるのが見えた。十台以上の荷馬車に、多数の護衛が付いている。


「大きな商隊だな」


「ええ……でも」


 リズは眉をひそめた。


「商人にしては物騒な装備ね」


 確かに、護衛たちの装備は普通の商隊警備にしては重装備すぎた。剣だけでなく、弓や槍まで携帯している者もいる。


 商隊とすれ違う際、ジョルジュは荷車を覗き見ようとしたが、すべて厚い布で覆われていて中身は見えなかった。


「何を運んでるんだろう?」


「さあね。でも、ただの商売じゃないかもしれない」 


 リズの表情は曇っていた。


 街道の検問所では、いつもより多くの兵士が詰めている。


「最近、物騒な世の中ですからね」


 番兵の一人がそう言いながら、通行証を確認した。


「何かあったんですか?」


「いえ、特別なことは……ただ、警備を強化しろという命令が出ているもので」


 検問を通過してからも、リズは考え込んでいるようだった。


「どうしたの?」


「いえ……何でもないわ」


 だが、その表情は晴れなかった。



 街道での物々しい雰囲気とは対照的に、森の中は静まり返っていた。時折聞こえる鳥の声と風の音だけが、二人を包んでいた。

 森の奥へ進むにつれ、煙突から立ち上る黒煙が見えてきた。金槌の音も次第に大きくなってくる。


「あそこね」


 リズが指差した先に、石造りの工房が見えた。入口には「立入禁止」の看板が、いくつもの言語で書かれている。


「相変わらず人嫌いね」


 リズは苦笑いを浮かべながら、工房の扉を叩いた。


「ガンド、いるでしょ?」


 中から低い声が返ってきた。


「誰だ……って、その声は」


 重い扉が開くと、白い髭を蓄えた筋骨隆々のドワーフが現れた。エプロンは汗と煤で汚れ、額には汗が浮いている。典型的な職人の風貌だった。


「リズ……久しぶりに現れたと思ったら、どうせまた厄介事だな」


「久しぶり、ガンド。元気そうね」


 ジョルジュは緊張で喉が渇くのを感じながら、この気難しそうなドワーフを見つめていた。

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