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第4話 職人の街

「明日、いい所を案内してあげる」


 昨夜、別れ際にそんなことを言われた翌朝、リズと待ち合わせた場所は、王都の魔導工房街だった。


 石畳の通りに面して、数十軒の工房が軒を連ねている。看板には見慣れない魔法陣の図柄や、聞いたことのない専門用語が並び、中からは金槌の音や、何かを削る音が響いていた。


「ここが王都の技術の中心地よ」


 リズは慣れた様子で通りを案内する。


「すごいね……」


 ジョルジュは目を見張った。師匠の工房など足元にも及ばない規模で、それぞれが専門分野に特化しているようだった。


「あそこは魔法陣専門、あっちは魔石加工、向こうは魔導導線の製造工房ね」


「それぞれ別々なの?」


「そう。王都では分業が進んでるの。一つの工房ですべてやるなんて、地方だけよ」


 最初に訪れたのは、魔法陣専門の工房だった。


「おはようございます。見学させていただけますか?」


 リズが工房主に声をかけると、初老の職人が快く応じてくれた。


「おお、リズさんじゃないですか。お久しぶりです」


「ご無沙汰してます。こちら、地方から来た魔導士さんで、技術に興味があるんです」


「リズさんの紹介なら、喜んで。どうぞどうぞ」


 ジョルジュは驚いた。工房の職人がリズを知っているだけでなく、明らかに信頼を寄せている様子だった。


(普通、こんな専門的な工房に、いきなり見学なんて頼めるものなのか?)


 工房の奥では、職人たちが魔法陣の彫刻作業を行っていた。金属板に、髪の毛ほどの細い溝を刻んでいく。その精密さは、ジョルジュの想像を遥かに超えていた。


「これ、どうやって彫ってるんですか?」


「秘伝ってやつですよ……特殊な彫刻刀と、長年の勘ですな」


 職人は手を止めずに答えた。


「一本の線でも太さが違えば、魔法の流れが変わってしまう。髪の毛一本分でもずれたら使い物になりません」


「髪の毛って……」


 ジョルジュは息を呑んだ。師匠の工房では、そこまで精密な作業は不可能だった。


「なぜそこまで精密にする必要があるんですか?」


「さあ……昔からそうやってますからね。理由はよく分かりませんが、そうしないと魔法が安定しないんです」


 職人は首をかしげた。


「魔法陣の形にも決まりがあるんでしょう?」


「ええ。でも、なぜこの形なのかは……先代から受け継いだ図面の通りにやってるだけです」


 次に訪れた魔石加工の工房でも、何故か歓迎された。


「あら、リズちゃん! 元気だった?」


 工房の女主人が、まるで古い友人のようにリズを迎えた。


「おかげさまで。今日は友達を案内してるんです」


「そう、それじゃあ特別に奥まで見せてあげるわね」


 ジョルジュは当惑していた。一体リズは何者なのだろう。これほど王都の職人たちと親しいとは。


 職人が魔石の表面を、まるで宝石を磨くように丁寧に研磨している。しかし、その作業は宝石細工よりもはるかに繊細だった。


「魔石の研磨は、一番難しい作業です」


 工房主が説明してくれた。


「少しでも力を入れすぎると、魔石の内部構造が壊れてしまう。そうなると、ただの石ころです」


「内部構造?」


「魔石の中には、目に見えない何かがあるんです。私たちは『マナの網目』と呼んでますが。それが壊れると、魔法の力が宿らなくなる」


 工房主は魔石を光にかざした。


「この透明度、この輝き……すべてが完璧でないと、一流の魔導具にはなりません」


「どうやって見分けるんですか?」


「経験ですね。40年この仕事をやってますが、まだ分からないことだらけです」


 魔導導線の製造工房でも、同様だった。


「リズさん、今日はどちら様を?」


「地方の魔導士さんです。技術見学をお願いしたくて」


「承知いたしました。リズさんのご紹介でしたら」


 職人は丁寧に頭を下げ、工房の奥へと案内してくれた。


 ジョルジュはもはや驚きを通り越していた。どの工房でも、リズは歓迎され、秘伝に近い技術まで見せてもらえている。


(一体、リズは何者なんだ……)


「まず、銅を特殊な方法で精錬します」


 職人が説明しながら作業を続ける。


「それに魔石の粉末を練り込むんですが、この配合が秘伝でして」


「魔石の粉末を?」


「ええ。でも、ただ混ぜれば良いというものでもない。温度、湿度、練り込む順序……すべてが重要です」


「なぜそうなるんでしょう?」


「さあ……先代から教わった通りにやってるだけです。理屈は分かりませんが、そうしないとうまくいかないんです」


 一日かけて数軒の工房を見学し、ジョルジュは圧倒されていた。技術の高度さもさることながら、リズの顔の広さにも。


「ねえ、リズ……あの、失礼かもしれないけれど、どうしてどの工房でも、あんなに歓迎されるんだ?」


「ああ、それね」


 リズは苦笑いを浮かべた。


「実は、昔この街にいたことがあるのよ。いろんな工房を回って、技術を学ばせてもらってた」


「学ばせてもらってた?」


「エルフって長生きでしょ? だから、人間の技術の変遷を見るのが面白くて。でも、ただ見てるだけじゃなくて、時々手伝ったりもしてたの」


「手伝うって……」


「魔法陣の精密加工とか、魔石の選別とか。エルフの目は人間より良いから、細かい作業に向いてるのよ」


 なるほど、それで職人たちがリズを信頼しているのかとジョルジュは納得した。でも、それにしても……


「普通、こんな専門的な工房に、いきなり見学なんて頼めるもんじゃないだろ?」


「もちろん無理よ。秘伝だらけだし、普通は断られる」


「じゃあ、どうして……」


「私の紹介だからよ。それに、あんたが地方から来た真面目な魔導士だっていうのも分かってもらえたし」


 リズの説明を聞いて、ジョルジュは改めて感謝の気持ちを抱いた。一人だったら、絶対に見ることのできない光景だった。


「しかし、どの工房も、すごい技術だね」


「でしょ? でも気づいた?」


 リズが振り返った。


「気づいたって?」


「みんな〝なぜ〟は分からないのよ。〝どうすれば〟は知ってるけど、〝なぜそうなるか〟は誰も説明できない。ま、私も分からないんだけど」


 確かにその通りだった。どの職人も、技術は一流だが、原理については「昔からそうしてるから」「経験的にそうなる」といった答えしか返ってこなかった。


「それに、すべてが手作業でしょ? 一つ作るのに何日もかかる」


「そうだな……」


「あんたのアイデア、魔石を核にしてって言ってたけど、現実はこんなに複雑なのよ」


「でも、もっと簡単な方法があるかもしれないよ?」


 ジョルジュの言葉に、リズは少し驚いた表情を見せた。


「簡単な方法?」


「ああ。今日見た工房の人たちは、みんな『昔からそうしてるから』って言ったよな。でも、本当にその方法しかないのかな?」


「……面白いこと言うわね」


 リズは考え込むような顔をした。


「でも、王都の職人たちにそんなこと言ったら、怒られるわよ」


「どうして?」


「伝統を軽視してるって思われるから。特に最近は、古い方法を大切にしようという風潮が強いの」


(そうなんだ……)


 ジョルジュは眉を寄せた。



 酒場に戻って、二人は今日見たものについて話し合った。


「魔法陣一つ作るのに、あれだけの技術と時間が必要で……」


 ジョルジュは頭を抱えた。


「魔石の加工も、ちょっと間違えれば台無し。その上、なぜそうなるかは誰も分からない」


「それに、最近の王都は特に保守的になってるのよ」


 リズが付け加えた。


「昔は、もう少し新しいことに挑戦する人もいたらしいけど」


「どうして変わったんだ?」


「政治の影響ね。『正統な魔法』を重視する声が強くなってる」


「正統な魔法?」


「詠唱と魔法陣による、古来からの方法よ。魔導具に頼るのは〝邪道〟だっていう人もいるの」


「それを組み合わせて、適性のない人でも使える道具にするなんて……」


「無理よね、今の技術では」


 リズは率直に言った。


「第一、実験するだけでも、どれだけお金がかかるか」


「そうだな……失敗すれば、高価な材料が無駄になる」


「それに、新しい魔導具を作るには、ギルドの認可が必要でしょ?」


「認可……そんなものまで?」


「ええ。最近は特に厳しくなったの。〝伝統的でない魔法技術〟への規制が強化されてる」


「伝統的でない?」


「新しい魔導具とか、今までにない方法とか。〝魔法の品格を損なう〟って理由でね」


 ジョルジュは困惑した。


「でも、新しい技術で、もっと多くの人が魔法を使えるようになれば……」


「あら、それこそが問題視されてるのよ」


 リズは苦笑いを浮かべた。


「〝誰でも魔法を使える〟なんて、一部の人には受け入れられないの。魔法は選ばれた者のものだって考える人たちがいるから」


 ジョルジュの心は沈んでいった。


(誰でも魔法を使える世界……そんなの、夢物語だったのか)


 技術的な困難だけでなく、制度的な壁も立ちはだかっている。個人の力で、どうにかできるものではなかった。


「でも」


 リズが口を開いた。


「ガンドなら、何かアイデアがあるかもしれないわ」


「本当?」


「あの人、こういう風潮を嫌ってるのよ。ドワーフには『革新していくことが我らの伝統』っていう考えがあるから。昔、嫌というほど聞かされたわ」


「革新が伝統?」


「そう。新しい技術を生み出し続けることこそが、ドワーフの誇りなのよ。だから王都の『古いものを守る』って風潮とは真逆ね」


「それで王都を離れたのか?」


「そういうこと。『伝統を軽んじている』って言われて、『お前らの方が伝統を理解していない』って喧嘩になったらしいわ」


「彼らは、例えば……『なぜこの形でないといけないのか』とか、『もっと簡単な方法はないのか』とか。王都の職人たちが当たり前だと思ってることに、疑問を持つの」


 ジョルジュの目に希望の光が戻った。


「それに、ガンドの工房は王都から離れてるから、ギルドの規制もそれほど厳しくないしね」


「そうなの?」


「地方なら、実験程度なら大目に見てくれるわよ。ただし……」


 リズは意味深に笑った。


「あの偏屈爺さんが、あんたの話を聞いてくれればの話だけどね」


「頑張ってみるよ」


 ジョルジュは決意を新たにした。


「それより、あんたの買い物、まだ残ってるんでしょ?」


「あ、そうだった」


「じゃあ、明日はそれを片付けて、明後日には出発ね」


「ああ!」


 技術の壁は高く、制度の壁も厚い。けれど、ガンドという職人に会えば、きっと新しい道が見つかる。そう思うだけで、明日が少し待ち遠しくなった。

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