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第2話 銀髪と翡翠

 翌朝、王都魔導士ギルドへ向かう道すがら、ジョルジュはこれまで聞いた話を思い返していた。


 後継問題、規制への不満、制度の硬直化──政治に疎いジョルジュにも、王国が何らかの転換期にあることは感じられた。


 石畳の大通りを歩いていると、前方で騒ぎが起きているのに気づく。人だかりができて、誰かが大声を上げていた。


「待てぇ! 泥棒だ!」


 見ると、商人らしい男が血相を変えて追いかけている。その先を、黒い外套の小柄な影が人混みを縫って逃げていた。


 とっさにジョルジュも後を追う。しかし雑踏に慣れていない身では、すぐに見失ってしまった。


(どこに行ったんだ……)


 きょろきょろと辺りを見回していると、誰かとぶつかった。


「っと、すみません」


 反射的に頭を下げた次の瞬間、腰の革袋の軽さに気づいた。


(あっ──やられた!)


 とっさに振り向くと、人混みの中に黒い外套の小柄な影が走り去っていく。さっきの泥棒と同一人物か、それとも別の者か──


「待てぇ!」


 駆け出そうとした瞬間、目の前を光の輪が走った。


 それは生き物のように宙を舞い、意志を持つかのように影へ飛びかかる。美しく金色に輝く輪が空気を切り裂き、魔力の流れが見えるほどの精密な制御で迫った。


 輪は狙い違わず影に絡みつく。影はバランスを崩して転び、革袋が石畳の上を転がった。


「そいつ、あんたのだろ?」


 声の方を向くと、銀灰色の髪を肩で切りそろえた女性が立っていた。尖った耳の先が陽光に光り、翠色の瞳が穏やかに笑っている。──エルフだ。

 なめし皮のベストに細身のズボン、丈夫そうなブーツという軽装で、腰には短剣が一本。ひと目で場数を踏んだ冒険者とわかる気配があり、その魔法の腕前も只者ではなかった。


「あ……助かりました!」


 駆け寄って頭を下げると、女性は軽く首を振った。


「ああ、そんなのいいから。それより──あんた、他所から来たんだろ? 気を付けなよ。ぼーっとしてると、すぐやられるよ」


 そう言うと、女性は革袋を拾って放り投げ、名前も告げずに雑踏の中へ消えていった。


(お礼、ちゃんと言えなかった……)


「おい、離せよぉ」


 目の前では、光の輪が絡まった少年がもがいていた。


「このクソガキめ」


 ジョルジュが少年の頭をはたくと、まるでそんな仕組みかのように、光の輪が霧散した。少年は悔しさを見せながら舌打ちし、雑踏に消えた。


 革袋を胸に抱きしめると、じわりと汗がにじんでいるのに気づいた。


(……あの魔法、凄かった)


 光の輪の美しさもさることながら、あの制御は尋常ではない。魔力を出すだけなら誰でもできるが、あれほど精密に操るには相当な技量が要る。



 魔導士ギルドの本館は、威圧的なまでに立派だった。白い石造りの外壁に、魔法陣が彫り込まれた巨大な扉。地方のギルド分館とは比べものにならない規模で、ジョルジュは思わず足を止めた。


 受付で代理出席であることを告げると、事務員は一言だけ告げて名簿に記入した。


「代理の方ですね。承知しました。会場は奥になります」


 その冷たい対応に、居心地の悪さを覚えた。


 広い会議室に入ると、壇近くの席に銀灰色の髪が見えた。


(あれは……さっきの人?)


 声をかける間もなく、開会の鐘が鳴る。


 司会を務める老魔導士が立ち上がり、厳かな声で会合の開始を告げた。


「それでは、今期の魔導士ギルド定例会合を開始いたします」


 会合の主題は予算配分と魔石・魔導書の価格統制で、残る議案も書類の数字ばかり。魔法そのものに触れる言葉は、一言もなかった。


「今期の魔石流通量の状況ですが、前年同期比で二割減となっております」


「地方への配分を削れば問題ないでしょう」


「そもそも地方での需要など、たかが知れています」


 出てくる発言は、ジョルジュには理解しがたいものばかりだった。


「近年、まったくの素人に、魔導書や巻物を販売する事案が発生している」


「特に地方在住の魔導士の緩みが目立つ。王都の指導を強化すべきだ」


「魔法は資格ある者だけが扱うべきであり、我々が厳格に管理しなければならない」


 幹部たちの口から発せられる言葉に、ジョルジュはすっかり幻滅していた。


(これじゃ……誰でも魔法を使える世界なんて遠ざかる一方じゃないか)


 胸の奥がざわつく。師匠の忠告──「発言するな」──を思い出したが、つい立ち上がってしまった。


「でも……誰でも魔法を使える仕組みがあれば、もっと──そう、例えば、農村に魔導具を普及させたり、民間に治癒魔法を普及させれば、民衆の暮らしはもっと良くなるはずです!」


 会場が静まり返る。前方の席に並んでいた年配の魔導士たちが振り返り、眉をひそめた。


「誰だ、あれは」


「代理らしいが……どこの田舎者だ」


「若造が……身の程を知らんのか」


 ひそひそ声が波紋のように広がる。頬が熱くなった。


「代理の方でしたか。申し訳ないが、発言は正式な議員に限らせていただいている。控えていただけますか」


 司会の老人が冷たく言い放った。


「しかし、魔法をもっと多くの人に──」


「議事進行の妨げになります。お静かに」


 視線が痛いほど刺さる。顔を真っ赤にしたまま、席に沈み込むしかなかった。


 会合は退屈なまま閉会となった。各々が席を立ち、会場を後にする。ジョルジュは誰とも目を合わせることができず、うつむいて歩いた。


(やってしまった……師匠に何て報告すればいいんだ)


 失敗の重さが胃に沈み込むように重く、足が鉛のようだった──そこへ、軽く肩を叩く手があった。


「あんた、面白いこと言うね」


 振り返ると、先ほどの女性──銀灰色の髪のエルフが立っていた。

 悪戯っぽく細められた翠色の瞳が、朝と同じように、穏やかにこちらを見ていた。その立ち姿には余裕があり、先ほどの一件など気にも留めていないようだった。


「……あんたは、朝の」


「そう、朝の。あのスリんときのね」


 彼女はくすっと笑った。


「お偉いさんもいるのに、度胸あるね」


「……そんなんじゃ……ええと……」


「ああ、私はリズ。みんなそう呼んでるから、あんたもそう呼んで」


「リズ……俺はジョルジュっていいます。あの、朝はありがとう」


「もう、いいのよ」


「それよりも──ねえ、ジョルジュ。この後、予定ある?」


「いや、別に」


「だったら、飲みにでもいかない?」


「別にいいけど……どうして?」


 リズは肩をすくめ、澄んだ声で笑った。その笑みに、からかうような茶目っ気と、人を惹きつける快活さが同居していた。


「なんだか、あんたに興味湧いちゃった」


 ジョルジュが目を見開く。


「ええっ!?」


 こうして、ふたりは近くの酒場へと向かった。夕日が王都の街並みを黄金色に染める中、ジョルジュの心には新たな期待が芽生えていた。

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