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第21話 静寂の離宮

 王都鎮圧作戦から一週間が過ぎた森の奥で、ジョルジュは薄暗い隠れ家の中にいた。


 リズが用意したこの場所は、古い狩人小屋を改装したもので、外からは人の気配を感じさせない。小さな窓からは木漏れ日が差し込み、鳥のさえずりだけが静寂を破っていた。


 机の上には、リズがテュラン修道院から持ち帰った古文書が広げられている。『我らの言葉は、神との契約』──古代契約詠唱理論と記された羊皮紙の文字が、蝋燭の光で揺らめいていた。


「俺はもう、技術者として終わりだ」


 ジョルジュは顔を両手で覆った。賢者の塔の崩壊、瓦礫の下に埋もれた人々。自分の技術が引き起こした悲劇の光景が、何度も脳裏に蘇る。


「そんなことない。あんたの理想は間違ってなかった」


 リズは静かに茶を淹れながら答えた。


「でも結果は……」


「使われ方が間違っていたのよ。今度こそ、正しい方法で」


 リズは古文書の一頁を指差した。流れるような曲線で描かれた美しい魔法陣が、そこに記されている。


「この古代の技術なら、悪用されることはない。使う者の〝思い〟そのものも、魔法の発動条件になるから」


 ジョルジュは古文書を見つめた。確かに興味深い理論だが、まだ心の傷は深すぎた。技術への情熱を取り戻すには、もう少し時間が必要だった。



 ──同じ頃、王都から遥か西にある離宮では、静かな夜が更けていた。

 宰相の勧めにより、〝静養のため〟にここへ移された王は、侍医と護衛に囲まれて休んでいた。


「陛下、お薬の時間でございます」


 侍医が恭しく薬を差し出した。


「ああ……ご苦労」


 王は何の疑いもなく、それを口にした。

 深夜、離宮は静寂に包まれていた。王は一人、静かに眠りについた。


 ──翌朝


「陛下! 陛下!」


 侍医の慌てた声が廊下に響いた。駆けつけた護衛たちが部屋に入ると、王は既に息を引き取っていた。


「明け方に、急にお苦しみになって……我々が駆けつけた時には、既に……」


 近習が王の異変に気付き、慌てて侍医を呼んだが間に合わなかったとのこと──そう解釈された。


 王の訃報は、すぐに王都へ伝えられた。宰相は深い悲しみを浮かべながら、緊急の布告を発した。


「陛下が突然お隠れになり、王国は重大な危機に直面している」



 翌日、王城の大広間に集められた上位の貴族たちは、皆一様に驚きの表情を見せていた。しかし、その中には安堵の色を隠せない者も少なくなかった。規制強化に走った王の治世が終わったことに、密かに期待を抱く者が多かったのだ。


「大公殿下への連絡は?」


 ある貴族が尋ねた。


「既に使者を派遣しております」


 宰相は重々しく答えた。

 王の従兄弟にあたる公爵が、神妙な表情で応える。


「やはり、大公殿下に動いてもらう他あるまい」


 そう言うと、宰相の方をちらりと見た。

 宰相は深く頷いた。


 王位継承第一位の公爵の言葉に、最後まで公爵を推していた一部の貴族たちは顔を見合わせたが、大人しく従う他なかった。



 大公国に使者が到着したのは、昼食後の穏やかな時間だった。


「殿下、王都からの使者がお見えです」


「そうか、通してくれ」


 大公は書斎で、趣味の古典を読んでいた。四十代半ばの温厚そうな人物で、政治よりも学問や芸術に関心を持つ人物だった。


「殿下、王都より緊急の報告がございます」


 使者は深々と頭を下げた。


「陛下が……お隠れになりました」


「そうか、お隠れになったか……」


 大公は本を閉じ、静かに立ち上がった。特別な驚きも悲しみも表に出さず、儀礼的に受け止めている。


「殿下の王宮入りの準備は完了しております」


「そうか」


 大公の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。野心的な笑いではない。ついに自分の番が来たという、素朴な満足感だった。


「分かった。葬儀の準備については、王室の作法に則って行うように。私は、葬儀に合わせて王宮入りするとしよう」


「承知いたしました」


「宰相に、よしなに頼む、と伝えてもらいたい」


 使者は恭しく頭を下げて退出した。大公にとって、政治の細かいことは面倒な実務に過ぎない。それらは経験豊富な宰相に任せておけば十分だった。


 一週間後、葬儀はつつがなく執り行われた。しかし、王国全土が哀しみに包まれたとは言い難く、貴族同様、安堵と希望を持った者が多かったことも事実であった。


 王宮に入った大公であったが、戴冠式は喪が明けてからとなる。それまでは宰相が国政の最高責任者となった。


「政務については、これまで通り貴殿に任せる」


 大公は宰相との最初の会談で、あっさりとそう告げた。


「良きにはからえ」


 大公の予想通りの反応に、宰相はほくそ笑んだ。


 一方、ザルエスによる王都鎮圧の報せは王国中に広まり、各地の暴動は急速に沈静化し始めた。魔導兵士部隊の力を知った過激派たちは、無謀な抵抗を諦めたのだ。


 民衆の中には、若き指導者を求める声も少なくなかった。混乱を収束させた実力者として、ザルエスの名前が各地で語られるようになっていた。


 特に、東部の貴族たちは、手のひらを返すようにザルエスを評価した。中には、魔導兵士育成のカリキュラムを自身の部隊に取り入れたいという者、伯爵が後見していることもあり、ザルエスが次世代の東部の盟主で決まりだという者もいた。



 そして──まだ喪が明ける前の、主のいない王家へ、東部連合が分割自治を正式に申し入れた。


「何と……」


 宰相は〝さすがに驚愕〟の表情を浮かべた。周囲の貴族や官吏たちも、予想外の展開に動揺している。


「これは重大な案件です。即位予定の大公殿下にご相談せねば」


 宰相は慌てたように大公の私室へ向かった。


「伯爵や男爵をはじめとする東部貴族連合が、王国の安定化に多大な貢献をしたことは事実である」


 宰相は大公の反応に〝驚いた〟。


「おっしゃる通り、彼らの働きがなければ、もっと大きな混乱になっていたでしょう」


「そこで、彼らの貢献に報いるため、最大限の自治を認めてはいかがか。これ以上の混乱を避ける意味合いもある」


「殿下のご彗眼、感服いたしました」


 この非公式ながらも、次期王である大公の裁可は、事実上の独立を認めるものだった。


 中央の貴族の中には難色を示す者もいたが、圧倒的な気運の中、その声はかき消された。南部の侯爵家や、西部の伯爵家が賛成に回ったことも大きな要因だった。伯爵家と姻族である両家の賛成に、内心では疑念を抱く者もいたが、面と向かって異を唱える者はいなかった。


 こうして、王国分割への第一歩が踏み出された。表面上は平穏な政治的合意として、しかし実際は綿密に計算された政治工作の結果として──



 この間、リズは買出しのために、度々王都へ足を運んでいた。森の隠れ家にいるジョルジュは、リズの商人からの又聞きで、状況の変化を知った。


「男爵様が……東部の盟主になられるのか」


「そして、その力の源は……」


 ジョルジュは自分の技術のことを思った。宝珠による魔導兵士部隊こそが、この政治的転換を支える軍事的基盤になっている。


「俺の理想が、こんな形で国を動かすなんて」


 リズは古文書を閉じて、ジョルジュを見つめた。


「でも、まだ終わりじゃない。今度こそ、正しい方向へ導きましょう」


「正しい方向……」


 ジョルジュの目に、技術者としての新たな決意が宿り始めていた。


 窓の外では、夕日が森を金色に染めていた。新しい時代の始まりを告げるかのように。

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