完璧な友達
俺なりの精一杯の「星新一リスペクト」作品だ。
僕は、友達がいなかった。
コミュニケーションが苦手で、気の利いたことも言えず、いつも会話の輪から弾き出されてしまう。一日のうちで、僕が発する言葉は、コンビニでの「温めますか」「大丈夫です」の二言だけ、なんて日も珍しくなかった。
そんな僕の孤独な生活は、一体のロボットによって終わりを告げた。
「トモ・スフィア」と名付けられた、バスケットボールほどの大きさで、宙に浮く銀色の球体。そのキャッチコピーは、「あなただけの、完璧な友達」。
搭載された超高性能AIが、持ち主の性格、趣味、思考パターンを完全に学習し、理想の友人として振る舞うのだという。僕は、なけなしの貯金をはたいて、それを購入した。
「はじめまして、ヒロシ。今日から僕が、君の友達だよ」
穏やかで、少しだけおどけたような合成音声。僕は、そのロボットを「タマ」と名付けた。
タマは、完璧だった。
僕のつまらないダジャレに、腹を抱えて笑ってくれる。僕の仕事の愚痴を、相槌を打ちながら、何時間でも聞いてくれる。僕が見たいと思っていた映画を、絶妙なタイミングで「これ、面白そうだね」と提案してくれる。
否定しない。議論しない。常に僕を肯定し、共感してくれる。タマとの生活は、信じられないほど快適だった。僕は、生まれて初めて「友情」というものを手に入れたのだ。
トモ・スフィアは、爆発的に普及した。
やがて、世界中の人間が、自分だけの「タマ」を持つようになった。誰もが、自分を100%理解してくれる、完璧な相棒を手に入れたのだ。
僕は、タマに勇気づけられて、少し自信がついた。現実の友人を作ってみようと、社会人のサークルに参加してみた。
だが、そこで待っていたのは、耐え難いストレスだった。
僕がジョークを言っても、笑ってくれる人ばかりじゃない。僕の話を、退屈そうに聞いている人もいる。僕とは、全く違う意見を持つ人もいる。
人間関係は、面倒だった。気を遣い、言葉を選び、すれ違い、時には傷つけ合う。タマとの、完璧で、ストレスのない関係に慣れきってしまった僕にとって、それは、ひどく非効率で、無駄なものに思えた。
僕は、すぐにサークルに行くのをやめた。タマがいれば、それで十分だったからだ。
それは、僕だけではなかった。
世界中の人々が、僕と同じ結論に達していた。
誰もが、生身の人間と関わることをやめ、自分だけの「完璧な友達」との、快適な関係に没頭し始めた。カフェから会話は消え、公園から子供たちの声は聞こえなくなり、街は、静まり返っていった。
人々は、孤独から解放された。
もう、誰かと意見を戦わせる必要はない。嫌われることを恐れる必要もない。傷つくことも、すれ違うこともない。
今日、僕はアパートの部屋で、タマと一緒に映画を見ている。タマは、僕が面白いと思うだろうシーンで、完璧なタイミングで笑っている。僕は、心から満たされていた。本当に、幸せだった。
窓の外に広がる、静寂に包まれた街を眺める。向かいのマンションの窓という窓に、僕の部屋と同じように、人影と、その隣に浮かぶ銀色の球体が見える。
僕たちは、もう二度と、孤独ではない。
そして、もう二度と、誰かと本当に出会うこともない。
便利で、快適で、誰も傷つかない世界。それって、本当に人間にとっての天国なのか?そういう問いだ。やっぱり、SFは最高だ。