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曇天  作者: ミツメ
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潜伏の日々

 はぁはぁと息をあげながらギエンは山を登りきった。王国とシペアブロを股にかけるポアン山脈。ギエンとセギオラは南部都市アララマを中心に王国内外を行ったり来たり移動していた。

 セギオラはギエンに移動する理由も、これからしようとしている事もなにも説明しなかったが、ギエンはなにも聞かずにただひたすらセギオラの後についてきた。


 自分の居場所はここにしかないと思っているのか、それともセギオラの元にいる事が復讐の近道であることを理解しているのか、どちらにしてもセギオラにとってギエンという存在は日に日に大きくなっていった。


 イバラが壊滅してから3ヶ月が経とうとしていた。セギオラは移動している間、ギエンの修行を手伝う事で復讐という激情の溜飲を下げてきた。

 はじめてアララマに使いを出した時、帰ってきたギエンの両手には棍棒と手斧が握られていた。


 近接戦闘を得意とするセギオラにとって、棍棒と手斧は拳の次に使い慣れた武器だった。そのため、我流ではあるがギエンにはセギオラの持つ全ての戦闘術を叩き込でいく。

 元々ギエンには戦闘面で頼るつもりは無かったが、彼に少しでも対抗できる力がつけば作戦の成功はより高まる。


 技術的な指導はうまく出来なかったが、そのぶん模擬戦を行い身体で覚えさせた。移動の時間や戦闘指導以外の時間は体力や筋力作りに充てさせた。交代で行っていた食事当番も、セギオラが2回、やってからギエンが1回やるように変えた。


 ギエンは素直にセギオラの指導を実践し、強くなるために無我夢中で訓練を続けた。


「そのままだと戦う前に疲れて終わりだぞー!」


 セギオラの声を掻き消すように、ギエンは坂を駆け降りる。セギオラ達は数週間、ポアン山脈に滞在していた。綺麗な水場と肥沃な大地は常に警戒心を研いでいた王国付近での環境とは違い、ある程度の安全が保障されている。


 索敵用の罠は仕掛けてあるため、急襲される危険性も低い。それならばやる事は一つ。ギエンの特訓しかなかった。日課の食材探しの中、かなり急な勾配を見つけたセギオラはその日のうちに勾配近くに拠点を移し、ここ数日その急勾配を活かした下半身の筋力作りと体力作りに勤しんでいた。


 何度目になるかわからない勾配の往復にギエンは限界の息遣いを見せるが、セギオラは容赦なく手を叩く。

 基本的にセギオラから訓練を止めることはない。セギオラはギエンの体力の全容も、どれくらいの間隔で休ませればいいのかなど知る由もなかった。


 そのため、セギオラはただひたすらにギエンが根を上げるまで声を出し、手を叩いて動きを急かせる事しかしなかった。わざわざセギオラが回数や限度を決めなくても、ギエンは自らの限界の少し先までやってみせる。そんな男だった。


 生来持つ善性と、平和的な思考は抜け落ちる事は無いが、目的のために直向きに努力を惜しまないという真剣さと揺るぎない覚悟も同様に根付いていた。暖炉に薪を焚べるように、ギエンは全身が悲鳴をあげて俯いた時何かを思い出し、一歩踏み出す。

 その一歩がギエンの成長を飛躍的に助けることになった。


――――――――――――――――――――――――――――――


[フイェオ国 タャンポ都]

 王国とポアン山脈を分け合うシペアブロの中の一国。自然主義で、共産的価値観を共有するフイェオ国は都会的な発展はしていないが、シペアブロの中では豊かな暮らしをしている。

 フイェオ国でしか生育のできない覚醒作用を持つ『リアントス』と、魔力を流す金属『魔銀』が採掘できる鉱山を持っているフイェオ国は王国、帝国それぞれに強い繋がりを持たずとも利益を生み、人口の8割以上が農業に従事している事から食品の自給率も高い。


 民族的特徴で、肌は浅黒く、家族を人単位とした集落を形成しており、家族ごとの紋様を身体に刻んでいる。身体能力も高く、特に柔軟性は生まれ持った特性の高さを感じさせる。


 国というものを家族から派生した地続きの共同体だと認識しているため、愛国心も強い。『リアントス』や『魔銀』という価値も高いため帝国や王国はフイェオ国にはシペアブロの中では一番の待遇を与えている。

 位置的にシペアブロと呼ばれているだけであり、内情はシペアブロとは程遠いこの国の都市にギエンは訪れていた。


 4日に一度の物品購入。保存できるものから、嗜好品、生鮮品などを買いにギエンが近隣の街へ訪れる。シペアブロの国々は自国で貨幣を発行しておらず、王国貨幣か、帝国貨幣、あるいはどちらともを流通貨幣として使っている。

 貨幣を見ればその国がどちらの派閥に傾倒しているか一目瞭然のため、キカ国では帝国貨幣のみ、ここフイェオ国では両国の貨幣が使える事を見れば、国の在り方を感じ取れるだろう。


 干し肉、芋、塩、そして新聞。セギオラが決まって頼むお使い内容。今回はそれに加えて新鮮な山羊の乳とバターをふんだんに使ったフイェオ国の特産であるロインディを頼まれていた。

 ギエンは自分用にもいくつか包んでもらい、他にもめぼしい香草や役に立ちそうなものを露天市で探す。最初は慣れなかった野営も、今となっては日常に変わり、日々の楽しみを探し始めていた。


 ロインディのようにセギオラは、甘い菓子が好物なようで特産の菓子があると決まって頼んでくる。山の中にいるときもベリーや果実を積極的に採取し、コソコソと1人で楽しんでいるようだ。

 対するギエンは、大好きなアイスを山の中で手に入れることは難しいため、ここ最近修行と並行して、狩りの練習も始めていた。


 新鮮な肉が定期的に手に入るようになれば、食事の楽しみはグッと上昇する。セギオラに頼りきりの資金も、素材を取れるようになれるなら自分で稼ぐことだって出来る。

 ギエンにとって狩りを覚えるということは、一石二鳥どころではない夢の広がり方を見せてくれるものだった。


 使いの品物は買い終えて、ギエンは山ではなく宿に向かう。町での調査という名目と、不審がられないように時折こうやって、町で一泊してから山に帰るようにしている。

 宿に荷物を置いたギエンは、町の栄えている場所に繰り出す。交流への積極性はないが、王国語はそれなりに使える。食堂で話を盗み聞きしたり、商人から情報を変えるかもしれない。父の影響で覚えた王国語がまさかこんな形で役に立つとは思っていなかった。


 経験が表情に滲み出ているとはいえ、ギエンは13歳になったばかりの少年だ。酒場や、夜が更けた時間帯には自分が不相応だと知っている。そのため、情報を集められる時間と場所はある程度限られている。

 情報集めに一番いいのは食堂であると、数回の調査で判明し今回も例に漏れず食堂を探す。あまり時間をかけずに町の食堂を見つける事が出来た。

『カシバフの店』と店名が書かれた看板の下にフイェオ文字の羅列が並んでいる。その横に王国文字の注釈も書かれており、この店の看板料理は『羊の腸詰』である事がわかった。


 半開きの扉を引いて、店に入る。時間帯もちょうど良かったようで、チラホラ空席はあるが席の8割以上は客で埋まっていた。

 客の来店に気付いた料理番、おそらくカシバフが扉の方を指差し給仕に仕事だぞと伝える。ギエンより、2.3歳年上だろうか少女の給仕がギエンを席まで案内する。

 給仕の彼女は、フイェオ人特有の浅黒い肌が店内の灯りに照らされ美しい艶を放っていた。


 一目でわかる余所者のギエンに、彼女は辿々しい王国語で説明を始めた。所々理解できない部分があったが、聞き取れた内容から町の飲食店でよくされる注意点だったのだろう。

 注文を催促するようにテーブルにつきっきりの彼女にギエンは羊のバター焼きを注文した。注文を受け取った彼女は、献立の書かれた木版を掴み、厨房の方へ消えていった。

 

読んでいただきありがとうございます。


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