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曇天  作者: ミツメ
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ただ一歩

 ナム屋のばあちゃんは馬鹿に厳しい。計算に手間取っているといつの間にか値段を上げたり、呆れたように笑うから。

 八百屋のハシュクは美人に弱い。ブレドの姉ちゃんや、ニニマさんが野菜を買いに行くといっつも沢山オマケをあげてお母さんに叱られているから。

 海岸通りの衛兵さんはいつもサボっていた。王国や帝国からの観光客がスリをされても知らんぷり。けど僕は好きだった。時々、アイスを奢ってくれるから。


 パン屋のシジラさん達、近所のバイバラ、神父さん、友達、そして父さんと母さん、ジス。みんな僕の大切な人たち。イバラを出た事は旅行で何回かしかなかったけど、イバラが一番いい町だってどんな時も思ってた。


 ギエンは初めて声を枯らすほど喉を震わせた。崩れる建物、いまだに燃え続ける黒い煙、無理やり作られた広場には表情を殺した知ってる人たちが沢山集まっていた。

 知っている町のはずなのに、知っている景色はひとつもない。ギエンは知らない感情に自分が支配されていくのをゆっくりと感じ取っていた。


 町を一望できる三方に設置された高台。初めはキリリ-ザイバフを移動する商人のために作られた野営場だった。キリリとザイバフが発展していくにつれ、野営場の利用者は増えていき、税収獲得の好機と見た領主が続けて二つの野営場を作った。


 近くの平地は今後も発展する可能性があるため、野営地は全て少し離れた高台。そのおかげでイバラに煩わしい商人達とのトラブルは持ち込まれる事はほとんどなかった。


 ギエンはこれまで高台に来る事は一度もなかった。町の光景を上から見ても意味がないと思っていたからだ。町のことは自分が一番知っているし、わざわざ高いところから見る必要がないと。

 はじめて利用した高台からの光景は、ギエンの知っているどれとも違うが、そこにあるべきものが無くてもギエンは見えていた。


「あそこが、ブレドの家、あそこが、――」


 イバラの町の壊滅は一瞬にしてキカ国、そして小国群、帝国にまで広がった。これまでイバラという地名を知っていた人間はキカ国に留まっていただろうが、今回の件でイバラの名前は話題の中心となった。

 『イバラに火をつけたのは【ビュベロファミリー】』新聞は掛け言葉も混ぜて大々的に事を報じた。


 被害が及ばない第三者見れば、知らない町の壊滅など話題の一つか、酒の肴程度のものだった。そして、今後イバラは危機感を煽る装置として利用される事になるだろう。


――――――――――――――――――――――――――――――


 今日はご飯にありつく事が出来た。ご飯といっても今まで食べていたような麦パンとベーコン、ミルクスープみたいなものとは比べ物にならない食事擬き。

 有毒か無毒かわからないキノコと、腐りかけてた狼の死骸から取った肉を水溜まりの水で煮込んだ鍋。じいちゃんが昔教えてくれた野草もいくつか入っている。


「セギオラ、それ僕が取ったやつだから食べないでよ。」


「関係あるか。早い者勝ちだ。」


 ギエンがセギオラと行動を共にしてから1週間が経とうとしていた。イバラの悪夢はギエンの心に深い傷を与えると共に、復讐という活力を与えた。

 実際のところ、復讐するようにお膳立てをしたのはセギオラだったが、ギエン本人が望んでいるのだからこの際過程はなんでも良かった。


 セギオラは自分でも導き出した選択があまりにも稚拙で異常なものだと理解しながらも、これ以上の案が出るわけもないのでそのどうしようもない案と心中するしかなかった。

 作戦に必須条件だったのが裏切らない人員。お互いの利害が合致した結果ギエンとセギオラは共に行動していた。


「もう少しで街に入る。干し肉と香草は絶対だ。あとは適当に、新聞も必要だった。」


 買い出しはギエンが担当する。あの日の晩のうちにギエンとセギオラはキカ国を一時的に抜けて、現在は王国南部で、拠点を作らずいくつかの街を行き来している。

 詳しい話は聞かされていないギエンが、セギオラへ今後について何度も尋ねたが、その度に「まぁ時期わかるから焦るな」と諭した。


 全身を焼くような復讐心を抱いていたギエンもその発散の仕方や、実際武器を振り下ろせるかは未知数で、それでいて何も出来ていない自分という矛盾した感情を胸に潜ませているため、とりあえずセギオラに判断を仰ぐくらいしか取れる選択肢がなかった。


 怒りや悲しみといった感情は、現在なりを潜めており、それはギエンが自らをこれ以上傷つけないための防衛本能によるものだった。まだ飼い慣らすことの出来ない激情を、自らの血肉に変える日が来るまでギエンは気づかないふりを続けるかもしれない。


 セギオラにもらったハイポーションの効果で、自然治癒では修復不可能だった顔の傷も元通りになっている。その代償として、生涯セギオラのお使いをする事になったのだが、この程度の事ならばお釣りが出るだろう。


 はじめてセギオラを見た時は、絶対に勝てないという圧倒的恐怖感と、1人でも多く兄を仇を殺したいという憎悪が混ざり合い言葉になっていない慟哭を撒き散らしながらセギオラに飛び込んだ。

 武器も持たず、全身ボロボロで何も出来ないと分かっていながらもそうするしか自分を保てる方法はなかった。


 結果、虫を払うようにあしらわれ死を覚悟したが、その度胸や目に宿す黒い感情を気に入られこうして寝食を共にするようになった。兄や父とは違う大きな背中。セギオラは自分の事を話したがらない性格なので、何をしているのか、なぜ助けたのか一切知らないが一緒にいると不思議な安心感に包まれる事だけは知っていた。


――――――――――――――――――――――――――――――


 [王国南部アララマ]


 帝国に劣るとはいえ、ブロア大陸の中で帝国に次ぐ国土面積を持つ王国。王都や、四方に位置する聖都市は夜も眠る事なく輝き続ける。また、交易都市や防衛都市など城壁に囲まれた大きな都市は幾つも点在しており、ギエンの育ったキカ国とは比較の対象ですらなかった。


 南部アララマも南部の中では有数の発展を遂げており、ギエンは街をつなぐ門までの橋と、迎え入れる門の大きさに息を呑む。

 セギオラからもらったどこの誰かわからない身分証を引っ提げて、緊張の面持ちで一歩一歩進んでいく。


 商人達はとろとろ歩くギエンを追い抜き、近隣村からやってきた者達はギエンの緊張具合を見て揶揄い笑いを見せていた。


「はい、次、」


 ぎこちない歩き方でたどり着いた門では、セギオラの話通り街に入る審査が行われた。身分証がない者の場合、この審査に時間がかかったり、入町出来ない場合があるらしいがギエンはセギオラからもらっていた身分証を提示する。


 挙動不審な動きをしていた事もあり、門兵はギエンの様子と受け取った身分証をまじまじと見た後、そのままギエンを通した。緊張して挙動がおかしくなる者は、アララマという街にとってそこまで珍しい存在でもなかった。

 ジロジロ見られた時は終わったと思ったギエンだったが、案外すんなり街の中に入ることができ胸を撫で下ろした。


 年に数回、父に連れられキカ国内外訪れた経験はあった。しかし、ギエンはここまで大きな街を見たことがなかった。整備された中央通りは、門から一直線に中心部の城が目に入る。

 門から入ってすぐの場所にはアララマの街を詳しく図解した地図が載っていた。


 5本の大通りにはそれぞれ名前が付いており、その大通りに付随するように様々な小道が広がっている。まるで一本の大木から枝分かれしているように伸びていく道は、それぞれ特色を持ちどんな者にも居場所があるように感じさせる。

 ギエンは発展した街によく見られるお上りさんそのもので、街並み一つそのままに受け止めることが出来ず、きょろきょろと衝撃を受けて回っている。


 ゴーンと、時計台が街に時刻を知らせたタイミングでギエンはハッと意識の輪郭を取り戻した。呆然と圧倒されていたギエンだったが、アララマに来た本来の目的を思い出しその目的のために広くなっていた視野を集中させた。


「それなら50パールだな。」


 あぁ、えっとと、なれない王国貨幣での支払いを手こずりながらもこなしていき、残り一つ目的、武器屋に訪れていた。


 頼まれていた食料品と新聞は、近くの通りに幾つも隣接しており店を探す手間を省く事が出来た。セギオラから渡された革袋には300パールほど入っており、王国南部における一カ月分の平均給与の2倍の金額だった。

 王国の貨幣価値と金銭感覚を持たないギエンは、いつものお使いのように支払いをしているため、重さの変わらない革袋の感触を不思議に思うことはなく、むしろ自分のために使える小遣いが多くなったと喜んでいた。


 その結果、ギエンは武器屋へ向かうことになった。武器を前にした時の目の輝きは新たな玩具を与えられる子どものそれと変わらない。武器を持つという行為に含まれる意味と背景、使用する時の覚悟などを考えれば、その輝きがどう変化するかきちんと理解すべきだろうが今のギエンにとってそんな話は最も聞きたくない説教になるだろう。


 武器屋の親父は扉を叩いた少年に驚く素振りはなく、少年の星空のように煌めく瞳の輝きと、吸い込むような漆黒をただ見定めるだけだった。

読んでいただきありがとうございます。


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